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五常訓 / 巻之四・礼

一禮記に、禮至れば不爭といへり。爭は君子の道にあらず。禮あれば爭なし。如何となれば、禮は讓をたつとぶ。讓は爭のうらなり。夫子も、君子は無所爭とのたまへり。爭ふとは、人に對して、わが才能、威勢、智力、權位、財利をあらそふの類なり。我に有る力を以てあらそふは、たとへば鳥獸の、牙を以てし、爪を以てし、角を以て爭ふが如し。人倫の法にあらず。是皆小人のわざなり。禮讓の道にあらず。且禍をとるの道なり。

新字:一礼記に、礼至れば不争といへり。争は君子の道にあらず。礼あれば争なし。如何となれば、礼は譲をたつとぶ。譲は争のうらなり。夫子も、君子は無所争とのたまへり。争ふとは、人に対して、わが才能、威勢、智力、権位、財利をあらそふの類なり。我に有る力を以てあらそふは、たとへば鳥獣の、牙を以てし、爪を以てし、角を以て争ふが如し。人倫の法にあらず。是皆小人のわざなり。礼譲の道にあらず。且禍をとるの道なり。

書き下し

一礼記に、礼至れば不争といへり。争は君子の道にあらず。礼あれば争なし。如何となれば、礼は譲をたつとぶ。譲は争のうらなり。夫子も、君子は無所争とのたまへり。争ふとは、人に対して、わが才能、威勢、智力、権位、財利をあらそふの類なり。我に有る力を以てあらそふは、たとへば鳥獣の、牙を以てし、爪を以てし、角を以て争ふが如し。人倫の法にあらず。是皆小人のわざなり。礼譲の道にあらず。且禍をとるの道なり。

現代語訳

『礼記』に「礼が至れば争わない」とあります。争いは君子の道ではありません。礼があれば争いはありません。なぜなら、礼は譲ることを尊ぶからです。譲ることは争いの裏です。孔子も「君子は争うところがない」とおっしゃいました。争うとは、人に対して、自分の才能・威勢・智力・権位・財利を争う類です。自分にある力によって争うのは、たとえば鳥獣が牙で、爪で、角で争うようなものです。人倫の法ではありません。みなこれは小人のしわざです。礼譲の道ではありません。しかも禍を取る道です。

解説

『礼記』楽記篇の「礼至れば則ち争はず」と『論語』八佾篇の「君子は争ふ所無し」を引き、礼は譲ることを尊ぶので争いがないと説いて、巻之四を結んでいます。才能や権力や財産を争うのは、鳥獣が牙や爪や角で争うのと同じで人の道ではなく、禍を招くと戒めます。競争が当たり前の現代社会でも、力で相手を打ち負かすより譲り合う方が結局は信頼を得て禍を避けられるという教えは、職場の人間関係や近所づきあいにも生かせる知恵です。

この章句が説くこと

礼譲争い論語礼記

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