長短経 / 定名
義者、宜也。明是非、立可否、謂之義。〔又曰、義者、人之所宜。賞善罰惡、以建功立事也。〕禮者、履也。進退有度、尊卑有分、謂之禮。〔又曰、禮者、人之所履、夙興夜寐、以成人君之序也。又曰、立善防惡、謂之禮也。〕智者、人之所知也。以定乎得失是非之情、謂之智。信者、人之所承也。發號施令、以一人心、謂之信。
新字:義者、宜也。明是非、立可否、謂之義。〔又曰、義者、人之所宜。賞善罰悪、以建功立事也。〕礼者、履也。進退有度、尊卑有分、謂之礼。〔又曰、礼者、人之所履、夙興夜寐、以成人君之序也。又曰、立善防悪、謂之礼也。〕智者、人之所知也。以定乎得失是非之情、謂之智。信者、人之所承也。発号施令、以一人心、謂之信。
書き下し
義なる者は、宜なり。是非を明らかにし、可否を立つる、之を義と謂う。〔又た曰く、義なる者は、人の宜しとする所なり。善を賞し悪を罰し、以て功を建て事を立つるなり。〕礼なる者は、履なり。進退度有り、尊卑分有る、之を礼と謂う。〔又た曰く、礼なる者は、人の履む所なり。夙に興き夜に寐ね、以て人君の序を成すなり。又た曰く、善を立て悪を防ぐ、之を礼と謂うなり。〕智なる者は、人の知る所なり。以て得失是非の情を定むる、之を智と謂う。信なる者は、人の承くる所なり。号を発し令を施し、以て人心を一にする、之を信と謂う。
現代語訳
義とは、宜しいことである。是非を明らかにし、可否を立てる、これを義という。〔また言う。義とは人が宜しいとするもので、善を賞し悪を罰して、功を立て事を成すことである。〕礼とは、履み行うことである。進むにも退くにも節度があり、尊卑に分がある、これを礼という。〔また言う。礼とは人が履み行うもので、朝早く起き夜遅く寝て、君主の秩序を成すことである。また言う。善を立て悪を防ぐ、これを礼という。〕智とは、人が知ることである。得失と是非の実情を定める、これを智という。信とは、人が受け止めることである。号令を発し命令を施して、人の心を一つにする、これを信という。
解説
続いて義・礼・智・信の定義です。義は是非を明らかにし可否を決めること、礼は進退に節度を持ち尊卑の分をわきまえること、智は得失と是非の実情を見定めること、信は号令によって人の心を一つにすること。とくに信を、個人の正直さではなく、発した言葉で人々の心をまとめる力として定義している点が興味深い。組織の中で信とは、上の言葉が現場で一つの方向として受け止められることなのです。
この章句が説くこと
定名義礼智信統率
関連する章句
-
論語・学而篇有子曰く、「信義に近ければ、言復む可きなり。恭礼に近ければ、恥辱に遠ざかるなり。因りて其の親を失わざれば、亦宗とす可きなり。」
-
『十善法語』巻第四・不妄語戒総テ世間ニモ出世間ニモ。名号ト云モノハ容易ナラヌコトシヤ。左伝ニカウシタコトカアル。晋ノ穆侯カ嫡子ヲ仇ト名ツケ。其弟ヲ成師トナヅク。大夫師服云ク。夫名以制義。義以出礼。礼以体政。政以正民。今君命大子曰仇。弟曰成師。始兆乱ト。其後晋国ニ乱有タト云コトシヤ。出世間ノ中ハ。仏菩薩ノ称号ミナ其徳ヲ表ス。法性ヨリ等流シ来テ衆生ノ福縁トナル。此名有テ。衆庶ソノ耻ヲ知ル。此名有テ庸人モ其行ヲ勤ル。理ヲ推シテ看ヨ。法爾加持ノ真言陀羅尼ニ其徳ノ有ヘク。万徳円満ノ仏名。一乗微妙ノ経目ニ其徳ノ有ヘク。音声言句ニ其徳ノ備ルヘキコトシヤ。
-
論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
-
呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
-
呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。
-
呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。