五常訓 / 巻之三・仁之下
幼きを慈むは、わが弟を愛するなり。凡天下の病者、かたわ、子なき老人、父なきみなし子、やもめなどの、貧窮にしてたよりなき者は、皆我が兄弟の内にて、不幸なる人なり。とりわき憐むべし。人たる者は天の子にして、天下の人は、皆わが兄弟なる事かくの如し。故におよそ人となる者は、天地につかへて、おそれつゝしみ、天地の道にしたがひ行はずんばあるべからず。人の子として、親に孝するが如くなるべし。天理にそむくは、子として父母にそむく、悖德の子の如し。仁を害するは、天のため賊子なり。賊子とは、親の仇敵となる子を云ふ。天につかふる道をつくして、天心にかなへる人は、子として舜の如き大孝の人なり。天災にあひて、難儀に及ぶといへども、つゝしみて天命を畏れしたがひ、天を怨みざるは、人の子としては、申生が繼母の讒にあひて、父獻公より殺されしかど、父母をうらみざるが如し。
新字:幼きを慈むは、わが弟を愛するなり。凡天下の病者、かたわ、子なき老人、父なきみなし子、やもめなどの、貧窮にしてたよりなき者は、皆我が兄弟の内にて、不幸なる人なり。とりわき憐むべし。人たる者は天の子にして、天下の人は、皆わが兄弟なる事かくの如し。故におよそ人となる者は、天地につかへて、おそれつゝしみ、天地の道にしたがひ行はずんばあるべからず。人の子として、親に孝するが如くなるべし。天理にそむくは、子として父母にそむく、悖徳の子の如し。仁を害するは、天のため賊子なり。賊子とは、親の仇敵となる子を云ふ。天につかふる道をつくして、天心にかなへる人は、子として舜の如き大孝の人なり。天災にあひて、難儀に及ぶといへども、つゝしみて天命を畏れしたがひ、天を怨みざるは、人の子としては、申生が継母の讒にあひて、父献公より殺されしかど、父母をうらみざるが如し。
書き下し
幼きを慈むは、わが弟を愛するなり。凡天下の病者、かたわ、子なき老人、父なきみなし子、やもめなどの、貧窮にしてたよりなき者は、皆我が兄弟の内にて、不幸なる人なり。とりわき憐むべし。人たる者は天の子にして、天下の人は、皆わが兄弟なる事かくの如し。故におよそ人となる者は、天地につかへて、おそれつつしみ、天地の道にしたがひ行はずんばあるべからず。人の子として、親に孝するが如くなるべし。天理にそむくは、子として父母にそむく、悖徳の子の如し。仁を害するは、天のため賊子なり。賊子とは、親の仇敵となる子を云ふ。天につかふる道をつくして、天心にかなへる人は、子として舜の如き大孝の人なり。天災にあひて、難儀に及ぶといへども、つつしみて天命を畏れしたがひ、天を怨みざるは、人の子としては、申生が継母の讒にあひて、父献公より殺されしかど、父母をうらみざるが如し。
現代語訳
幼い者をいつくしむのは、自分の弟を愛することです。およそ天下の病人、体の不自由な人、子のない老人、父のない孤児、やもめなどの、貧窮で頼るもののない者は、みな自分の兄弟の中の不幸な人です。とりわけあわれむべきです。人である者は天の子であって、天下の人はみな自分の兄弟であることはこのとおりです。ゆえにおよそ人となる者は、天地に仕えて、畏れ慎み、天地の道にしたがい行わなければなりません。人の子として親に孝行するようにすべきです。天理にそむくのは、子として父母にそむく、徳にもとる子のようなものです。仁を害するのは、天にとって賊子です。賊子とは、親の仇敵となる子をいいます。天に仕える道を尽くして天の心にかなう人は、子として舜のような大孝の人です。天災にあって難儀に及んでも、慎んで天命を畏れしたがい、天を恨まないのは、人の子としては、申生が継母の讒言にあって、父の献公に殺されたけれども、父母を恨まなかったようなものです。
解説
この章句が説くこと
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『囲炉夜話』第九十六則・木訥は仁に近く巧令は仁鮮し易に居て命を俟ち、危を見て命を授く。命を言ふ者は、總て其の正を順受するに外ならず。 木訥は仁に近く、巧令は仁鮮し。仁を求むる者は、即ち從りて入るの方を知るべし。
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『童子問』卷中問ふ。程子曰く、修養の年を引く所以、国祚の天に祈りて命を永くする所以、常人の聖人に至る所以は、皆工夫這裏に到らば、則ち此の応有り、と。夫れ修養の年を引き、資質の変化するは、皆勉めて至るべし。天に祈りて命を永くする所以に至りては、則ち独り天に係りて、人力の能く致す所に非ず。何の術か能く之を致すべき。曰く、天に祈りて命を永くするは、豈に他有らんや。亦仁と曰ふのみ。夫れ天は心無く、民の心を以て心と為す。民の心悦べば、則ち天の心悦ぶ。民の心厭へば、則ち天の心厭ふ。書に曰く、天の視るは我が民の視るに自り、天の聴くは我が民の聴くに自る、と。民の好む所を好み、民の悪む所を悪めば、民の心悦豫して、則ち以て天に祈りて命を永くすべし。
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