十善法語 / 巻第五・不綺語戒
萬般コトコトク志ヲ專一ニ用フル處ニ神ノ助ヲ得ル。神助アレハ妙處ニ到ル。妙處ニ到レハ其德漸次ニ成スル。下ツテ茶香ノ遊ヒニ至マテ。ミナ道ヲ寓スルコトモアルペシ。此塲處ニ至テ。小道ト雖トモ觀ツヘキコトアルシヤ。子タル者ハ。其父母我天命ノアル處シヤ。孝養我福智ノ成スル處シヤ。晨昏定省ノ中ニ誠ノ樂アツテ存スル。父母ノ顏色ヲ視ル。父母ノ音聲ヲ聽ク。コトコトク我福智ノ增長スル處シヤ。律中ニ波斯匿王カ其父ノ言ヲ稱シテ。先王ノ詔ハ是梵王ノ令。是帝釋ノ令ト。經中ニ若人其父母ニ孝アレハ。大梵天王常ニ其家ニ在ス。帝釋天王常ニ其家ニ在ストアル。
新字:万般コトコトク志ヲ専一ニ用フル処ニ神ノ助ヲ得ル。神助アレハ妙処ニ到ル。妙処ニ到レハ其徳漸次ニ成スル。下ツテ茶香ノ遊ヒニ至マテ。ミナ道ヲ寓スルコトモアルペシ。此塲処ニ至テ。小道ト雖トモ観ツヘキコトアルシヤ。子タル者ハ。其父母我天命ノアル処シヤ。孝養我福智ノ成スル処シヤ。晨昏定省ノ中ニ誠ノ楽アツテ存スル。父母ノ顔色ヲ視ル。父母ノ音声ヲ聴ク。コトコトク我福智ノ增長スル処シヤ。律中ニ波斯匿王カ其父ノ言ヲ称シテ。先王ノ詔ハ是梵王ノ令。是帝釈ノ令ト。経中ニ若人其父母ニ孝アレハ。大梵天王常ニ其家ニ在ス。帝釈天王常ニ其家ニ在ストアル。
書き下し
万般コトコトク志ヲ専一ニ用フル処ニ神ノ助ヲ得ル。神助アレハ妙処ニ到ル。妙処ニ到レハ其徳漸次ニ成スル。下ツテ茶香ノ遊ヒニ至マテ。ミナ道ヲ寓スルコトモアルペシ。此塲処ニ至テ。小道ト雖トモ観ツヘキコトアルシヤ。子タル者ハ。其父母我天命ノアル処シヤ。孝養我福智ノ成スル処シヤ。晨昏定省ノ中ニ誠ノ楽アツテ存スル。父母ノ顔色ヲ視ル。父母ノ音声ヲ聴ク。コトコトク我福智ノ增長スル処シヤ。律中ニ波斯匿王カ其父ノ言ヲ称シテ。先王ノ詔ハ是梵王ノ令。是帝釈ノ令ト。経中ニ若人其父母ニ孝アレハ。大梵天王常ニ其家ニ在ス。帝釈天王常ニ其家ニ在ストアル。
現代語訳
万事ことごとく、志を専一に用いるところに神の助けを得る。神の助けがあれば妙処に至る。妙処に至ればその徳は次第に成就する。下って茶や香の遊びに至るまで、みな道を託することもあるはずである。この場所に至っては、小さな道といえども見るべきことがあるのである。子である者にとっては、その父母が自分の天命のあるところである。孝養は自分の福と智の成就するところである。朝夕の挨拶や寝所を整える孝行の中に、まことの楽しみがあって存する。父母の顔色を見る、父母の声を聞く、ことごとく自分の福と智の増長するところである。律の中に、波斯匿王がその父の言葉を称えて、先王の詔はこれ梵天王の命令、これ帝釈天の命令である、と言った。経の中に、もし人がその父母に孝であれば、大梵天王が常にその家におられ、帝釈天王が常にその家におられる、とある。
解説

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史記 五帝本紀堯子丹朱の不肖にして、天下を授くるに足らざるを知る。是に於て乃ち権りて舜に授く。舜に授くれば、則ち天下其の利を得て丹朱病む。丹朱に授くれば、則ち天下病みて丹朱其の利を得。堯曰く、「終に天下の病を以て一人を利せず」と。而して卒に舜に授くるに天下を以てす。堯崩じ、三年の喪畢はり、舜丹朱に譲りて南河の南に辟く。諸侯の朝覲する者は丹朱に之かずして舜に之き、獄訟する者は丹朱に之かずして舜に之き、謳歌する者は丹朱を謳歌せずして舜を謳歌す。舜曰く、「天なるかな」と。而る後に中国に之きて天子の位を践む。是を帝舜と為す。虞舜は、名を重華と曰ふ。重華の父を瞽叟と曰ひ、瞽叟の父を橋牛と曰ひ、橋牛の父を句望と曰ひ、句望の父を敬康と曰ひ、敬康の父を窮蟬と曰ひ、窮蟬の父を帝顓頊と曰ひ、顓頊の父を昌意と曰ふ。以て舜に至るまで七世なり。窮蟬より以て帝舜に至るまで、皆微にして庶人為り。舜の父瞽叟は盲にして、舜の母死し、瞽叟更に妻を娶りて象を生む。象は傲なり。瞽叟後妻の子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜避け逃る。小過有るに及べば、則ち罪を受く。父及び後母と弟とに順事し、日に以て篤謹にして、懈ること有る匪し。舜は、冀州の人なり。舜歴山に耕し、雷沢に漁し、河浜に陶し、什器を寿丘に作り、時に負夏に就く。舜の父瞽叟は頑、母は嚚、弟象は傲にして、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子の道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず。即ち求むれば、嘗に側に在り。舜年二十にして孝を以て聞こゆ。三十にして帝堯用ゐる可き者を問ふに、四嶽咸虞舜を薦めて、可なりと曰ふ。
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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。
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『君子訓』巻之下一或処に頑民あり、しばしば其父を打つ。奉行聞きて其罪を糺し、君に告げて是を刑戮す。頑民殺さるる時まで尚其罪に服せずしていふ、我もし他人の父を打ち候はばこそ罪せらるべけれ、我が父をこそ打ち候へ、左程罪とは覚え候はず。かかる無理なる刑にあふ事、不幸の至りなりとて、上を怨みけるとなん。或士是を聞きて、彼の民の言ひしも一理ありといへり。此の士不学にして、孝の道の重きを知らず、五刑の属三千にして、罪不孝より大なるはなしといふ事を聞かずして、かくは言ひけるならし。然れば、四民ともに人倫の教なくんばあるべからず。村里に仏堂を建て、僧法師の輩、朝暮仏法を勧むる程にこそなるまじけれ、せめて其所の司時々来りて、耕作を勤め、父母を養ひ、君長をうやまひ、法令を守り、廉潔をはげまし、正直にして偽なく、人と争ふ事なきやうに教へ戒めば、風俗正しく、万民和順にして、使ひ易かるべし。殊に農人は、世事になれず、悪習に染まず、其心朴なり。道理を以て教へ導かば、善に遷り易くして、古の淳朴なる風にも立帰るべし。
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」