五常訓 / 巻之三・仁之下
一尙書曰、天道は善にさいはひし、淫にわざはひす。又曰、善をなせばこれに百の祥をくだし、不善をなせばこれに百の殃をくだす。又老子曰、天道好還。是皆天道の、善をこのみ惡をにくみ給ひて、善人にさいはひし、惡人にわざはひして、善惡の報をかへし給ふ理をいへり。此理、古今和漢其證多ければ、必うたがふべからず。愚者は此理を知らで、天道をおそれず、唯眼前の利をむさぼりて、後のわざはひを知らず。豈ただ義理にくらきのみならんや。我が身の禍福損得をもわきまへず。かなしむべし。不仁の至なり。
新字:一尚書曰、天道は善にさいはひし、淫にわざはひす。又曰、善をなせばこれに百の祥をくだし、不善をなせばこれに百の殃をくだす。又老子曰、天道好還。是皆天道の、善をこのみ悪をにくみ給ひて、善人にさいはひし、悪人にわざはひして、善悪の報をかへし給ふ理をいへり。此理、古今和漢其証多ければ、必うたがふべからず。愚者は此理を知らで、天道をおそれず、唯眼前の利をむさぼりて、後のわざはひを知らず。豈ただ義理にくらきのみならんや。我が身の禍福損得をもわきまへず。かなしむべし。不仁の至なり。
書き下し
一尚書曰、天道は善にさいはひし、淫にわざはひす。又曰、善をなせばこれに百の祥をくだし、不善をなせばこれに百の殃をくだす。又老子曰く、天道は還すを好む。是皆天道の、善をこのみ悪をにくみ給ひて、善人にさいはひし、悪人にわざはひして、善悪の報をかへし給ふ理をいへり。此理、古今和漢其証多ければ、必うたがふべからず。愚者は此理を知らで、天道をおそれず、唯眼前の利をむさぼりて、後のわざはひを知らず。豈ただ義理にくらきのみならんや。我が身の禍福損得をもわきまへず。かなしむべし。不仁の至なり。
現代語訳
『書経』に「天の道は善に幸いし、淫に禍する」とあります。また「善をなせばこれに百の吉祥を下し、不善をなせばこれに百の災いを下す」とあります。また老子は「天の道は報いを返すことを好む」といいました。これらはみな、天の道が善を好み悪を憎まれて、善人に幸いし悪人に禍して、善悪の報いを返される理をいったものです。この理は、昔も今も日本も中国もその証拠が多いので、決して疑ってはなりません。愚かな者はこの理を知らずに、天の道を恐れず、ただ目の前の利をむさぼって、後の禍を知りません。ただ義理に暗いだけでしょうか。自分の身の禍福や損得をもわきまえていないのです。悲しむべきことです。不仁の極みです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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『囲炉夜話』第二百十一則・天道は還るを好む聰明を誤用するは、何ぞ一生拙を守るに若かん。濫りに朋友に交はるは、終日書を讀むに如かず。 伍子胥は父兄の仇に報いて郢都滅び、申包胥は君上の難を救ひて楚國存す、人心の恃むに足るを知る可きなり。 秦始皇東周を滅ぼすの歲にして劉季生まれ、梁武帝南齊を滅ぼすの年にして侯景降る、天道の還るを好むを知る可きなり。
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『囲炉夜話』第三十五則・天道は最も公なり德澤太だ薄ければ、家に好事有るも、未だ必ずしも是れ好事ならず。意を得る者は、何ぞ自ら矜るべけんや。 天道は最も公なり、人能く苦心すれば、斷じて苦心に負かず。善を為す者は、須らく當に自ら信ずべし。
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『驢鞍橋』卷上扨亦心の改まる事は、因果の道理を守りたるか好き也。喩へば人我を憎むとも、我人を恨むへからす。なにが無理に人我を憎むべし、我に此因果こそ有るらん。まだ如何なる因果か有らんと思ふて我を責むべし。万事因果次第也と守つて、分別の仕置すべからず。扨も分別の仕置用に立たぬ物也。去年忠弥正雪の悪党共分別さへ能くすれは、分別の儘に成ると心得、呑込んだやうに思ひ、謀叛を企て、忽ち殺されたり。なにが天道が許してこそ。総して物毎分別次第に成る物に非す、皆天道次第に成る物也。好く是れを守れは大に心の改まる事也。
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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