五常訓 / 巻之三・仁之下
常に心を用ひて、天意にしたがひ、民をあはれみ、困苦をすくひ、政をおこし、仁をほどこさば、其功大にして、天道のむくいも亦限りなかるべし。富貴の人、多くは陰德の行ふべきことを知らず、勢に乘じて、下の苦をかへり見ず、人のつひえを厭はず、わが身ひとつの榮花をきはむれば、陰德なくして、天地のいかり、人民のうらみ積て、後はわざはひ出來、子孫にもむくふものなり。天道は、まことに畏るべきかな。又陰德をば行はずして、鬼神にへつらひ祈りて、福をもとめ、禍をのがれんとして、無益のことをなし、民をくるしめて、財をつひやす。是をたのんで、禍を免れんとせば、天地神明の御心にそむきて、かへりて禍あり。佛家にて、是を業福と云ふ。
新字:常に心を用ひて、天意にしたがひ、民をあはれみ、困苦をすくひ、政をおこし、仁をほどこさば、其功大にして、天道のむくいも亦限りなかるべし。富貴の人、多くは陰徳の行ふべきことを知らず、勢に乗じて、下の苦をかへり見ず、人のつひえを厭はず、わが身ひとつの栄花をきはむれば、陰徳なくして、天地のいかり、人民のうらみ積て、後はわざはひ出来、子孫にもむくふものなり。天道は、まことに畏るべきかな。又陰徳をば行はずして、鬼神にへつらひ祈りて、福をもとめ、禍をのがれんとして、無益のことをなし、民をくるしめて、財をつひやす。是をたのんで、禍を免れんとせば、天地神明の御心にそむきて、かへりて禍あり。仏家にて、是を業福と云ふ。
書き下し
常に心を用ひて、天意にしたがひ、民をあはれみ、困苦をすくひ、政をおこし、仁をほどこさば、其功大にして、天道のむくいも亦限りなかるべし。富貴の人、多くは陰徳の行ふべきことを知らず、勢に乗じて、下の苦をかへり見ず、人のつひえを厭はず、わが身ひとつの栄花をきはむれば、陰徳なくして、天地のいかり、人民のうらみ積て、後はわざはひ出来、子孫にもむくふものなり。天道は、まことに畏るべきかな。又陰徳をば行はずして、鬼神にへつらひ祈りて、福をもとめ、禍をのがれんとして、無益のことをなし、民をくるしめて、財をつひやす。是をたのんで、禍を免れんとせば、天地神明の御心にそむきて、かへりて禍あり。仏家にて、是を業福と云ふ。
現代語訳
常に心を用いて、天の意志にしたがい、民をあわれみ、困苦を救い、政治をおこし、仁を施せば、その功は大きく、天の道の報いもまた限りないでしょう。富貴の人の多くは、陰徳を行うべきことを知らず、勢いに乗じて下の者の苦しみを顧みず、人の費えをいとわず、自分の身ひとつの栄華をきわめるので、陰徳がなくて、天地の怒りと人民の恨みが積もり、後には禍が起こり、子孫にも報いが及ぶものです。天の道はまことに畏るべきものです。また陰徳は行わずに、鬼神にへつらい祈って、福を求め禍を逃れようとして、無益なことをし、民を苦しめて財を費やします。これを頼みにして禍を免れようとすれば、天地神明の御心にそむいて、かえって禍があります。仏家ではこれを業福といいます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之三・仁之下人のしへたげられたるをことわり、人の恨憤をとき、力あらば道橋を修理して、往来のなやみ無からしめ、又は禽獣虫魚をみだりに殺さず。草木をも時ならざれば妄にきらず。凡かやうの事を陰徳と云ふ。是人をあはれみ、物をめぐみて、天道につかへ奉る道なり。陰徳を行ひ、久しきをつめば、必其むくいを求めざれども、後日に必天道のめぐみありて、しばしば禍をのがれ、福寿をまし、其家をさかんにして、子孫に福あり。是亦天道の善にさいはひし給ふ常理にして、古今和漢のしるし多き事、あげて数へがたし。うたがふ可からず。貧賤の人すら、陰徳を行へば、其報かくの如し。いはんや、一郡一郷を領し、或は司位高き人は、下をやすんじ、民を養ふを以て職分とすること、是天より命じ給ふ所なり。
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孔子家語・六本孔子曰わく、「舟は水に非ざれば、行かず。水舟に入れば、則ち没す。君は民に非ざれば、治まらず。民上を犯せば、則ち傾く。是の故に君子は厳ならざる可からざるなり、小人は整一ならざる可からざるなり。」
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の楽をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひききも同じ人なれば、民の楽み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。
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『君子訓』巻之下一人を讒言する人は、人の小さき過をかざりて、大に言ひなすものなり。或は過なき人をもあやまりありと云ひ、君たる人能く察せずして其言を信ずるは、迷の甚しきなり。讒を聞きて善人を退くるは、其善人の災のみならず、万民の災なり。鄒の穆公といふ君、下に命じて鳧と雁とを飼ふに、米を飼はず、唯粃を以て餌となす。或時食に粃なし。民に買へば、折節粃少くして、米の価より高し。依て其司米をはましめんといふ。君用ひずして曰く、汝小利を知りて大損を知らず。百姓朝夕寒暑を厭はずして稲を作り出すは、鳥獣の為に非ず。且米は人の上食なり。何ぞ是を以て鳥を養はんや。蔵の米を出して、価高くとも臣の粃を買ひて鳥に飼ふべし、蔵の米を臣に与ふるは、則我が倉に在ると同じと言へり。
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『五常訓』巻之五・信是子貢にこたへ給へる意なるべし。又司馬温公の曰、信者人君の大宝なり。国は民に保ち、民は信にたもつ。信にあらざれば、民をつかふ事なく、民にあらざれば、国を守る事なし。故に古の王者は、四海を欺かずと云へり。夫国は民を以てたもつ。民したがはざれば、国ありても保ちがたし。民は信を以てたもつ。上より民を欺きいつはりて、信なければ、民上を信ぜずして、思ひつかず。民の心をたもちがたし。
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『五常訓』巻之二・仁之上是己をおす恕なり。又一には、仁を人に施すの道、我が心を以て人の心をおしはかるに、人も我も同じ心なれば、我が好む事は、人も亦必、好むものなり。我が心にきらふ事は、人も亦必きらふもの也。かくの如我が心を以て人の心にくらぶるは、つゆ違ふ事なし。不仁無礼を、人の我に施すは、我がきらふ所也。是を以て人の心をおしはかるに、人もまた不仁無礼をきらふ故に、人に不仁無礼を施さず。是恕なり。民を治むる道を以ていはば、わが身もし下にありて、困窮し饑ゑ寒え、妻を売り子を売りて、親子はなれ、兄弟妻子離散するにいたらば、我が甚きらふ事なるべし。其心を以て、民の心をおしはかるに、我がきらふ如く、民も亦きらふべき事を知りて、民の饑ゑず寒えず、困窮せず、妻子を売らざるやうに、あはれみて施すべし。
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