五常訓 / 巻之三・仁之下
人のしへたげられたるをことわり、人の恨憤をとき、力あらば道橋を修理して、往來のなやみ無からしめ、又は禽獸蟲魚をみだりに殺さず。草木をも時ならざれば妄にきらず。凡かやうの事を陰德と云ふ。是人をあはれみ、物をめぐみて、天道につかへ奉る道なり。陰德を行ひ、久しきをつめば、必其むくいを求めざれども、後日に必天道のめぐみありて、しばしば禍をのがれ、福壽をまし、其家をさかんにして、子孫に福あり。是亦天道の善にさいはひし給ふ常理にして、古今和漢のしるし多き事、あげて數へがたし。うたがふ可からず。貧賤の人すら、陰德を行へば、其報かくの如し。いはんや、一郡一鄕を領し、或は司位高き人は、下をやすんじ、民を養ふを以て職分とすること、是天より命じ給ふ所なり。
新字:人のしへたげられたるをことわり、人の恨憤をとき、力あらば道橋を修理して、往来のなやみ無からしめ、又は禽獣虫魚をみだりに殺さず。草木をも時ならざれば妄にきらず。凡かやうの事を陰徳と云ふ。是人をあはれみ、物をめぐみて、天道につかへ奉る道なり。陰徳を行ひ、久しきをつめば、必其むくいを求めざれども、後日に必天道のめぐみありて、しばしば禍をのがれ、福寿をまし、其家をさかんにして、子孫に福あり。是亦天道の善にさいはひし給ふ常理にして、古今和漢のしるし多き事、あげて数へがたし。うたがふ可からず。貧賤の人すら、陰徳を行へば、其報かくの如し。いはんや、一郡一郷を領し、或は司位高き人は、下をやすんじ、民を養ふを以て職分とすること、是天より命じ給ふ所なり。
書き下し
人のしへたげられたるをことわり、人の恨憤をとき、力あらば道橋を修理して、往来のなやみ無からしめ、又は禽獣虫魚をみだりに殺さず。草木をも時ならざれば妄にきらず。凡かやうの事を陰徳と云ふ。是人をあはれみ、物をめぐみて、天道につかへ奉る道なり。陰徳を行ひ、久しきをつめば、必其むくいを求めざれども、後日に必天道のめぐみありて、しばしば禍をのがれ、福寿をまし、其家をさかんにして、子孫に福あり。是亦天道の善にさいはひし給ふ常理にして、古今和漢のしるし多き事、あげて数へがたし。うたがふ可からず。貧賤の人すら、陰徳を行へば、其報かくの如し。いはんや、一郡一郷を領し、或は司位高き人は、下をやすんじ、民を養ふを以て職分とすること、是天より命じ給ふ所なり。
現代語訳
人が虐げられているのを弁護し、人の恨みや憤りを解き、力があれば道や橋を修理して往来の悩みをなくし、または禽獣や虫魚をみだりに殺さず、草木をも時でなければみだりに伐りません。およそこのようなことを陰徳といいます。これは人をあわれみ、物を恵んで、天の道にお仕えする道です。陰徳を行い、久しく積めば、必ずその報いを求めなくても、後日に必ず天の道の恵みがあって、しばしば禍を逃れ、福や寿命を増し、その家を盛んにして、子孫に福があります。これもまた天の道が善に幸いされる常の理であって、昔も今も日本も中国も、そのしるしの多いことは数えきれません。疑ってはなりません。貧賤の人でさえ、陰徳を行えばその報いはこのとおりです。まして一郡一郷を治め、あるいは官職や位の高い人は、下を安んじ、民を養うことを職分とすることは、天が命じられたところです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之三・仁之下常に心を用ひて、天意にしたがひ、民をあはれみ、困苦をすくひ、政をおこし、仁をほどこさば、其功大にして、天道のむくいも亦限りなかるべし。富貴の人、多くは陰徳の行ふべきことを知らず、勢に乗じて、下の苦をかへり見ず、人のつひえを厭はず、わが身ひとつの栄花をきはむれば、陰徳なくして、天地のいかり、人民のうらみ積て、後はわざはひ出来、子孫にもむくふものなり。天道は、まことに畏るべきかな。又陰徳をば行はずして、鬼神にへつらひ祈りて、福をもとめ、禍をのがれんとして、無益のことをなし、民をくるしめて、財をつひやす。是をたのんで、禍を免れんとせば、天地神明の御心にそむきて、かへりて禍あり。仏家にて、是を業福と云ふ。
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
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