導師導古典を学びたいすべての人に

五常訓 / 巻之二・仁之上

人倫をあつくするは、卽天地につかへ奉る道なり。人倫を愛するとて、わけも無く一やうに人を愛するは、道理にそむけり。墨子と云ひし人、仁を學びそこなひて、天下の人を一やうに兼愛する道を立てたり。是ひが事なり。人を愛するに、親しき疎きと、貴賤とによりて、自然の品あり。品なければ、親をも路人をも、一に見るなり。人倫の中に、とりわき親につかへ、孝を行ふを專一とするは、人倫の本をあつくするなり。次に兄弟、夫婦、朋友なり。君臣の義は、又父子の親みと同じく、尤おもし。親を愛するを本とするは、是わが生れつきたる仁愛の先おこる處、自然の道なり。しひて次第を立つるにはあらず。人倫を愛して、其次には鳥獸蟲魚草木まで愛するは、是又天地のあはれみ給へる御心にしたがひて、我もあはれむ也。

新字:人倫をあつくするは、即天地につかへ奉る道なり。人倫を愛するとて、わけも無く一やうに人を愛するは、道理にそむけり。墨子と云ひし人、仁を学びそこなひて、天下の人を一やうに兼愛する道を立てたり。是ひが事なり。人を愛するに、親しき疎きと、貴賤とによりて、自然の品あり。品なければ、親をも路人をも、一に見るなり。人倫の中に、とりわき親につかへ、孝を行ふを専一とするは、人倫の本をあつくするなり。次に兄弟、夫婦、朋友なり。君臣の義は、又父子の親みと同じく、尤おもし。親を愛するを本とするは、是わが生れつきたる仁愛の先おこる処、自然の道なり。しひて次第を立つるにはあらず。人倫を愛して、其次には鳥獣虫魚草木まで愛するは、是又天地のあはれみ給へる御心にしたがひて、我もあはれむ也。

書き下し

人倫をあつくするは、即天地につかへ奉る道なり。人倫を愛するとて、わけも無く一やうに人を愛するは、道理にそむけり。墨子と云ひし人、仁を学びそこなひて、天下の人を一やうに兼愛する道を立てたり。是ひが事なり。人を愛するに、親しき疎きと、貴賤とによりて、自然の品あり。品なければ、親をも路人をも、一に見るなり。人倫の中に、とりわき親につかへ、孝を行ふを専一とするは、人倫の本をあつくするなり。次に兄弟、夫婦、朋友なり。君臣の義は、又父子の親みと同じく、尤おもし。親を愛するを本とするは、是わが生れつきたる仁愛の先おこる処、自然の道なり。しひて次第を立つるにはあらず。人倫を愛して、其次には鳥獣虫魚草木まで愛するは、是又天地のあはれみ給へる御心にしたがひて、我もあはれむ也。

現代語訳

人々を厚く愛するのは、すなわち天地にお仕えする道です。人々を愛するといっても、わけもなく一様に人を愛するのは、道理にそむいています。墨子という人は、仁を学びそこなって、天下の人を一様に愛する兼愛の道を立てました。これは誤りです。人を愛するには、親しい疎いと貴賤とによって、自然の等級があります。等級がなければ、親も道行く人も同じに見ることになります。人々の中で、とりわけ親に仕え、孝を行うことを第一とするのは、人倫の本を厚くすることです。次に兄弟・夫婦・朋友です。君臣の義は、また父子の親しみと同じく最も重いものです。親を愛することを本とするのは、自分の生まれつきの仁愛がまず起こる所であって、自然の道です。無理に順序を立てるのではありません。人々を愛して、その次には鳥獣・虫魚・草木まで愛するのは、これもまた天地があわれまれる御心にしたがって、自分もあわれむのです。

解説

すべての人を等しく愛せよという墨子の「兼愛」を批判し、愛には親疎や貴賤による自然な順序があると説いています。親を最も厚く愛し、次に兄弟・夫婦・朋友、そして動植物へと広げていくのは、無理に定めた順序ではなく心の自然な動きだという主張です。孟子も墨子の兼愛を「父を無みする」と厳しく批判しました。身近な人を大切にできてこそ遠くの人にも本物の思いやりを向けられるという考えは、家族と仕事のどちらを優先するかに迷う人にも一つの答えを示します。

この章句が説くこと

仁兼愛墨子孝五倫

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る