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五常訓 / 巻之二・仁之上

故に人にまじはりては、あはれみの心自ら止む事なし。されども其中につきて、まづ父母を愛し、次に兄弟一族を愛するが、仁愛の內にていと大なる理なり。故に親をしたしむを大なりとすといへり。親とは親類なり。先親類をしたしみて後、他人を愛す。是仁を行ふ次第なり。人なりと說き、人の心也と說ける字訓、尤親切にして、仁の理によくかなへるなるべし。周子は德愛を仁と云ふといへり。愛はあはれむ也。仁は心の德にて、人をあはれむを云ふ。愛を以て仁を說くは、是仁の大用を說けり。仁の用をなすは、あはれみを人に施すにあり。故に愛を仁と云ふ。夫仁は性なり。性は心に生れつきたる、理なり、體なり。愛は情なり。情とは、性の外物に感じて、動きあらはれたる心を云ふ。

新字:故に人にまじはりては、あはれみの心自ら止む事なし。されども其中につきて、まづ父母を愛し、次に兄弟一族を愛するが、仁愛の内にていと大なる理なり。故に親をしたしむを大なりとすといへり。親とは親類なり。先親類をしたしみて後、他人を愛す。是仁を行ふ次第なり。人なりと説き、人の心也と説ける字訓、尤親切にして、仁の理によくかなへるなるべし。周子は徳愛を仁と云ふといへり。愛はあはれむ也。仁は心の徳にて、人をあはれむを云ふ。愛を以て仁を説くは、是仁の大用を説けり。仁の用をなすは、あはれみを人に施すにあり。故に愛を仁と云ふ。夫仁は性なり。性は心に生れつきたる、理なり、体なり。愛は情なり。情とは、性の外物に感じて、動きあらはれたる心を云ふ。

書き下し

故に人にまじはりては、あはれみの心自ら止む事なし。されども其中につきて、まづ父母を愛し、次に兄弟一族を愛するが、仁愛の内にていと大なる理なり。故に親をしたしむを大なりとすといへり。親とは親類なり。先親類をしたしみて後、他人を愛す。是仁を行ふ次第なり。人なりと説き、人の心也と説ける字訓、尤親切にして、仁の理によくかなへるなるべし。周子は徳愛を仁と云ふといへり。愛はあはれむ也。仁は心の徳にて、人をあはれむを云ふ。愛を以て仁を説くは、是仁の大用を説けり。仁の用をなすは、あはれみを人に施すにあり。故に愛を仁と云ふ。夫仁は性なり。性は心に生れつきたる、理なり、体なり。愛は情なり。情とは、性の外物に感じて、動きあらはれたる心を云ふ。

現代語訳

ゆえに人と交わっては、あわれみの心はおのずからやむことがありません。けれどもその中で、まず父母を愛し、次に兄弟一族を愛するのが、仁愛のうちでもたいへん大きな理です。ゆえに「親を親しむことを大事とする」といいます。親とは親類のことです。まず親類を親しんでから、他人を愛します。これが仁を行う順序です。「仁は人なり」と説き、「人の心なり」と説いた字の読みは、きわめて親切で、仁の理によくかなっているのでしょう。周子(周敦頤)は、徳の愛を仁というといいました。愛はあわれむことです。仁は心の徳であって、人をあわれむことをいいます。愛によって仁を説くのは、仁の大きな働きを説いたものです。仁の働きをなすのは、あわれみを人に施すことにあります。ゆえに愛を仁というのです。そもそも仁は性です。性は心に生まれつき備わった理であり、本体です。愛は情です。情とは、性が外の物に感じて、動き現れた心をいいます。

解説

仁を行う順序はまず父母、次に兄弟一族、それから他人だという『中庸』の「親を親しむを大と為す」を説明し、続いて仁と愛の違いに入ります。周敦頤の『通書』には「徳は愛を仁と曰ふ」とあり、愛で仁を説くのは働きの面から説明したものだと述べます。仁は心に生まれつきある性、愛はそれが外に感じて動いた情だという区別は、朱子学の性と情の理論の基本です。近い人から順に大切にするという考えは、家族を大切にできない人が他人に本当に優しくなれるかを問いかけます。

この章句が説くこと

仁愛性情周子

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