五行大義 / 第二十四論禽虫・第二者論三十六禽
午爲天路。馬有駿足。涉遠之日。牝牡有時。故家語云。八九七十二。偶以承奇。奇主辰。辰爲月。月主馬。馬十二月生。丑衝未。未與午合。故在午。鹿蹄坼者。以象陰也。而居陽位者。象懷陰也。禮記。月令云。仲夏之月。鹿角解。易緯通卦驗云。鹿者。獸中陽也。夏至解角。家語云。四九三十六。六主律。律主鹿。故鹿六月生。未與午合。故亦在午。獐鹿同類。因而配之。問曰。八卦配禽。離不言馬。禽變乃以午爲馬者。何。荅曰。坤爲牝馬之貞。坤既在未。未與午合。故馬居午。問曰。乾亦稱馬。震亦稱馬。何不竝取其合。荅曰。行地莫過於馬。坤既是地。取其正用。乾天震木。非是地體。故不取合。問曰。若如所解。乾之六爻。皆稱爲龍。行天莫過於龍。龍德應乾。何忽居辰。荅曰。未若爲馬。誠如來難。馬既在午。正取其合。乾位居戌。戌衝在辰。所以龍配於辰。問云。坤既取合。乾忽用衝。此義難解。荅曰。坤爲陰也。取其柔順。從陽之義。故用合乾爲陽也。
新字:午為天路。馬有駿足。渉遠之日。牝牡有時。故家語云。八九七十二。偶以承奇。奇主辰。辰為月。月主馬。馬十二月生。丑衝未。未与午合。故在午。鹿蹄坼者。以象陰也。而居陽位者。象懐陰也。礼記。月令云。仲夏之月。鹿角解。易緯通卦験云。鹿者。獣中陽也。夏至解角。家語云。四九三十六。六主律。律主鹿。故鹿六月生。未与午合。故亦在午。獐鹿同類。因而配之。問曰。八卦配禽。離不言馬。禽変乃以午為馬者。何。荅曰。坤為牝馬之貞。坤既在未。未与午合。故馬居午。問曰。乾亦称馬。震亦称馬。何不並取其合。荅曰。行地莫過於馬。坤既是地。取其正用。乾天震木。非是地体。故不取合。問曰。若如所解。乾之六爻。皆称為竜。行天莫過於竜。竜徳応乾。何忽居辰。荅曰。未若為馬。誠如来難。馬既在午。正取其合。乾位居戌。戌衝在辰。所以竜配於辰。問云。坤既取合。乾忽用衝。此義難解。荅曰。坤為陰也。取其柔順。従陽之義。故用合乾為陽也。
書き下し
午は天路たり、馬に駿足有り、遠きを渉るの日なり。牝牡時有り。故に『家語』に云う、八九七十二、偶以て奇を承く。奇は辰を主り、辰は月たり、月は馬を主る。馬は十二月にして生まる、と。丑は未を衝き、未は午と合す、故に午に在り。鹿の蹄坼(さ)くるは、以て陰に象るなり。而して陽位に居るは、陰を懐くに象るなり。『礼記』月令に云う、仲夏の月、鹿角解(お)つ、と。『易緯通卦験』に云う、鹿は獣中の陽なり、夏至に角を解く、と。『家語』に云う、四九三十六、六は律を主り、律は鹿を主る、故に鹿は六月にして生まる、と。未は午と合す、故に亦た午に在り。獐は鹿と同類なり、因りて之に配す。問いて曰く、八卦の禽に配するに、離は馬と言わず。禽変乃ち午を以て馬と為すは何ぞや、と。答えて曰く、坤を牝馬の貞と為す。坤は既に未に在り、未は午と合す、故に馬は午に居る、と。問いて曰く、乾も亦た馬と称し、震も亦た馬と称す。何ぞ並びにその合を取らざる、と。答えて曰く、地を行くは馬に過ぐるは莫し。坤は既に是れ地なり、その正用を取る。乾は天、震は木にして、是れ地体に非ず、故に合を取らず、と。問いて曰く、若し解する所の如くならば、乾の六爻は、皆称して竜と為す。天を行くは竜に過ぐるは莫く、竜の徳は乾に応ず。何ぞ忽ち辰に居る、と。答えて曰く、未だ馬と為すに若かず、誠に来難の如し。馬は既に午に在りて、正にその合を取る。乾の位は戌に居り、戌の衝は辰に在り、所以に竜は辰に配す、と。問いて云う、坤は既に合を取り、乾は忽ち衝を用う、此の義解し難し、と。答えて曰く、坤は陰なり、その柔順にして陽に従うの義を取る、故に合を用う。乾は陽たるなり。
現代語訳
(午に馬を配するのは)午は天の道であり、馬には速い足があって、遠くへ行く日にあたるからである。雌雄の交わりにも時期がある。だから『孔子家語』はこう言う。八かける九は七十二、偶数が奇数を受ける。奇数は辰をつかさどり、辰は月であり、月は馬をつかさどる。馬は十二か月で生まれる、と。十二月の丑は未と衝の関係にあり、未は午と合の関係にあるので、馬は午にある。鹿のひづめが割れているのは陰にかたどる。それなのに陽の位置にいるのは、陽の中に陰を抱くことにかたどる。『礼記』月令に、仲夏の月(陰暦五月)、鹿の角が落ちる、とある。『易緯通卦験』は、鹿は獣の中の陽であり、夏至に角を落とす、と言う。『孔子家語』はこう言う。四かける九は三十六、六は音律をつかさどり、音律は鹿をつかさどる、だから鹿は六か月で生まれる、と。六月の未は午と合の関係にあるので、鹿もまた午にある。ノロは鹿と同類なので、それに従って配する。問う。八卦を禽に配するとき、離(午の卦)は馬とされていない。『禽変』が午を馬とするのはなぜか、と。答える。坤は牝馬の貞とされる。坤は未の方位にあり、未は午と合の関係にあるので、馬は午にいるのである、と。問う。乾も馬と称され、震も馬と称される。なぜそれらとの合を取らないのか、と。答える。地を行くものは馬にまさるものはない。坤はまさに地であるから、その本来の用いられ方を取る。乾は天、震は木で、地の本体ではないので、それらの合は取らないのである、と。問う。もしその解釈のとおりなら、乾の六つの爻はみな竜と称される。天を行くものは竜にまさるものはなく、竜の徳は乾に応じる。それなのにどうして竜は辰にいるのか、と。答える。竜の場合は馬と同じようにはいかない。まことにお尋ねのとおりである。馬はすでに午にあって、まさに合の関係を取った。乾の位置は戌にあり、戌と衝の関係にあるのは辰であるから、竜は辰に配されるのである、と。問う。坤では合を取りながら、乾では急に衝を用いるのは、その理屈がわかりにくい、と。答える。坤は陰であり、柔順で陽に従うという意味を取るので、合を用いる。乾は陽である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽狢は狐なり、狐・狢相類するなり。『本生経』に鶴と言うは、此れ音同じくして字誤れるなり。辰の竜・鮫・魚たるは、申は水の源たり、子は中流たり、辰は水の末たり。百川東に注ぎて、皆海に帰するが如し。竜は能く雲を興し雨を致し、水虫の長たり、海に非ざれば苞容すること能わず、故にその神にして大なり。鮫魚も亦た是れ水虫の長なる者なり、故に並びに辰に在り。巳の蛇・蟮・蚯蚓たるは、拭経に云う、巳に騰蛇の将有り、と。因りて之に配す。蛇は陽なり、本南に在り。亀は陰なり、本北に在り。蛇を以て亀に配し、玄武と為す。二虫共に一神と為り、陰偶を以て、故に数に従いて北方に在り。蟮及び蚯蚓は、皆形同じなり。『礼記』に云う、小満の節、蚯蚓出で見(あら)わる、と。慎子云う、騰蛇霧に遊ぶも、蚯蚓と同じ、と。黄帝に大螟(たいめい)有り蚯の如し、以て土徳に応ず。巳に寄生の土有り、故に並びに之に配す。『本生経』に土と言うは、火相合して土を生ずるを以てなり。衆書を検ずるに、蟮は或いは鼉(だ)と為し、鼉の字は復た蟬と作る。『本生経』に蟬を解して云う、常に水に蔵れ、羅網を畏れ、悲吟して言わず、且つ歌わんと欲す、と。その悲吟を言えば、蟬と相類す。その水蔵を論ずれば、鼉と相類す。その形状及び土気は、巳の蛇・蟮・蚯蚓と相類す。鼉と蟬と並ぶは、此れ非なり。又た『射覆経』に云う、蟬に遇う者は水虫なり、当に是れ蜆(けん)なるを知るべし、と。午の鹿・馬・麞たるは、午は太陽たり、馬に員蹄有り、陽に象るなり。
-
五行大義・第二十四論禽虫・第一者論五霊狗はその守禦を取る。兌は悦なり、言なり、羊はその草を悦ぶを取る。又た、乾は六竜に象り、その潜躍の義を取る。説卦に云う、馬はその強健の徳を取る。健なるを以ての故に良馬と称し、父なるを以ての故に老馬と称し、その乾乾として息まざるを以ての故に瘠馬(せきば)と称し、その変化の用有るを以ての故に駁馬(ばくば)と称す。然れども坤の卦も又た牝馬の貞と称す、此れ止だ順の義を取るのみ。馬の義たる、独り乾坤のみならず。震も又た善鳴の馬たり、震に雷声有るを以て、故に震雷の象なり。又た馵足(しゅそく)たり。馬を亦た白頭と曰い、的顙(てきそう)の馬たり、その顕耀の義を取る。坎は美脊の馬たり、居中の閏有るを以てなり。故に或いは卦に竜馬を以て配する者多し。以為(おもえ)らく、天を行くは竜に若くは莫く、地を行くは馬に過ぐるは莫し、故に象る所多きなり。坤の子母牛と称するは、その蕃息を重んずるなり。艮は既に狗たり、亦た鼠たり。狗に守備の能有り、狗は能く止むるもの、鼠は止めらるるものたり、並びに艮に属す。離は鼈・蟹・螺・蜯(ぼう)・亀たり、皆その甲有るを取り、外陽の義に象るなり。此れ皆五行の配合する所、故に此に於いて之を釈す。
-
五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽陽体は剛強なり、故にその衝を取る。未の羊・鷹・鴈たるは、拭経に云う、未は小吉たり、婚姻礼娉(れいへい)を主る、と。礼娉に羊・鴈の用有り。鄭玄の『婚礼謁文』に云う、鴈は陰陽を候(うかが)い、時を待ちて乃ち挙がる、と。『易』は坤を以て羊と為す、坤は未に在るなり。『礼記』月令に云う、季夏の月、鷹初めて学習す、と。此れ候に因りて之に配す。『本生経』に老木と云うは、未は木の墓たり、木は六月に至りて衰老するを以てなり。申の猴・猿・猫たるは、秋は殺気たり、万物衰老す。猴猿の貌は、並びに老人に似たり。七月、山果皆熟す。猴猿はその儲糧の時を以て王と為す。拭経に云う、金気盛んなる時、能く万物を老いしむ、猴猿の貌なり、と。『家語』に云う、五九四十五、五は音たり、音は猿を主る。猿は五月にして生まる、と。午の中に沐浴の金有り、殺気未だ壮んならず。申に至りて金王たり、殺気始めて強し。又た言う、火中に在りては未だ音声有らず、火を出でてその音方に成る、と。故に並びに申に在り。『本生経』に旦を玉と為すと言うは、玉に温潤鏗鏘(こうそう)の音有り、故にその旦を取る。暮を死石と為すは、石は是れ玉の類にして、亦た音声有り、その気の衰うるを言う、故に暮に在りて死と曰う。玉石は皆金の本なり、故に皆金位に配す。猫も亦た是れ同類なり、故に以て焉(これ)に配す。酉の雞・雉・烏たるは、酉は金たり、威武の用なり。雞に五徳有り、武を以て先と為す。敵を見れば必ず闘う、是れその本性なり。『説題辞』に云う、雞は積陽たり、南方の象なり。火は陽精の物にして炎上す、故に陽出づれば則ち雞鳴く、類を以て感ずるなり、と。
-
五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽禽虫の類は、名数甚だ多し。今三十六を解するは、蓋し六甲の数を取り、拭経(しょくけい)の用うる所なり。その十二属は十二支に配し、支に三禽有り、故に三十有六禽なり。支に三有る所以は、一日を分かちて三時と為す、旦及び昼・暮なり。若し意を以て求むれば、正に十二属並びに昼位に居るべく、或いは旦或いは暮なるべからず。今拭経の法に依り、気を以て取れば、孟は則ち暮に在り、仲は則ち中に在り、季は則ち旦に在り。是れ十二属の十二辰に当たるなり。余の二十四は既に是れ配禽にして、以て支位に当たらず。孟の暮に在る所以は、孟は是れ一時の首気にして、初めは則ち未だ盛んならず、仲に向かいて方に盛んなり、故に属するなり。近盛の気を取る、所以に暮に在るなり。仲の昼に在るは、その気盛んにして中に在るを以てなり。季の旦に在るは、季は一時の末たりて、その気已に衰うるも、初に当たりて仲に近く、尚お王勢有るを以て、故に旦に属するなり。式に於いて位に当たり、二つながら俱に失わず。王簡に云う、子は朝を䴏(えん)と為し、昼を鼠と為し、暮を伏翼(ふくよく)と為す。丑は朝を牛と為し、昼を蟹と為し、暮を鼈(べつ)と為す。寅は朝を狸と為し、昼を豹と為し、暮を虎と為す。『本生経』に云う、旦を生木と為す、と。又た云う、昼を虎と為し、暮を狸と為す、と。卯は朝を猬(い)と為し、昼を兎と為し、暮を貉(かく)と為す。一に云う、朝を狐と為す、と。『本生経』に云う、暮を鶴と為す、と。辰は朝を竜と為し、昼を蛟と為し、暮を魚と為す。巳は朝を蟮(せん)と為し、昼を蚯蚓(きゅういん)と為し、暮を魚蛇と為す。一に云う、暮を亀と為す、と。『本生経』に言う、旦を赤土と為し、昼を蛇と為し、暮を蟬と為す、と。午は朝を鹿と為し、昼を馬と為し、暮を獐(しょう)と為す。『本生経』に言う、旦を馬と為し、昼を鹿と為し、暮を麞(しょう)と為す、と。未は朝を羊と為し、昼を鷹と為し、暮を鴈と為す。『本生経』に云う、
-
五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽『考異郵』に云う、雞は火畜なり、鳴くこと寅に近し。寅は陽にして生火有り、喜ぶ故に鳴く、と。武事には必ず号令有り、故に西方に在り。巽を雞と為す、亦た号令たり。辰巳は並びに酉と合す、故に酉に在り。雉は是れ火鳥にして、武の威たり。『方伎伝』に云う、太白光を揚ぐれば則ち雞鳴き、熒惑燿(ひかり)を流せば則ち雉驚く、と。『易通卦験』に云う、雉は是れ陽なり、雄鳴けば則ち雌応ず、陽唱え陰和するの義なり。時に当たれば則ち雊(な)く、亦た号令の義なり、と。烏は陰の禽にして日中に居る。『元命苞』に云う、烏の日中に在るは、陽の陰を懐くに象るなり、と。その日中に在りて陽気を得るを以て、故に仁にして能く反哺す。酉に在るは、春の時、日兌・酉に臨む、是れ二八の門にして、日の入る処なり。その終わりを取るなり。故に並びに酉に配す。又た云う、暮を死石と為すは、その金気の衰うるを取るなり。『禽変』に曰く、暮を死土と為すは、土は金の末に至りて気衰敗するなり。『本生経』に云う、暮を鳶と為すは、亦た迅撃して武用有るなり。五徳無し、故に暮に在り。戌の狗・狼・豺たるは、戌は黄昏たり、乾は天門たり。戌は既に乾に属す、昏闇の時、以て警備するなり。京氏の『別対』に曰く、狗は主として行きて以て奸を防ぐ、と。『易』に曰く、艮を狗と為す、と。艮は既に是れ門闕なり、狗は以て守り防ぐなり。『家語』に云う、七九六十三、三は斗を主り、斗は狗を主る。狗は三月にして生まる、と。辰は戌を衝き、寅・戌は合す、故に戌に在り。『礼記』月令に云う、九月の時、豺乃ち獣を祭る、と。候に因りて之に配す。狼は形相似たり。『説文』に云う、
-
五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽豺は狼の属なり、と。故に並びに戌に居る。一に曰く、暮を死金と為すは、金は戌に至りて衰敗するが故なり。『禽変』に云う、暮を死火と為すは、戌は火の墓なればなり。亥の猪・豕・猚たるは、拭経に云う、亥は雑水たり、穢濁廁溷(しこん)の象なり、と。猪の居る所なり。猪の色玄なるは、水の色に象るなり。その蹄の分かるるは、陰の象なり。五更に必ず起きて、その常を失わざるは、水に潮有りて期に違わざるが如し。『家語』に云う、六九五十四、四は時を主り、時は豕を主る、豕は四月にして生まる、と。巳を衝く、故に亥に在り。豕は猪の小なる者なり。猚も亦たその類を取り、而して好んで夜行く、陰性なるを以てなり。故に並びに亥に在り。一に云う、旦を生木と為すは、木は亥に生ずればなり。暮を蛦蝓と為すは、㺄は応(まさ)に是れ𤠾なるべし、恐らくは字の誤りならん。又た云う、旦を㹠(とん)と為す、と。㹠と豕とは同じなり。一に云う、暮を朽木と為すは、木始めて生じ敷くも、水に因りて淹没す、故に腐朽するなり。問いて曰く、禽虫の例は数多し。何の故に麟・鳳を取りて属と為さず、乃ち蚯蚓・蛇・鼠の小虫を取る、と。答えて曰く、十二属を取るは、皆その時を知り気を候い、或いは色、或いは形、並びに陰陽に応ずるを以ての故なり。麟鳳は已に五霊に配す、是れ虚にして用いざるに非ず、と。又た問いて曰く、麟鳳は已に五霊に配するを以て更に取らずとせば、竜虎も亦た配す、何為(なんす)れぞ復た用うる、と。答えて曰く、竜動けば雲興り、虎嘯けば風起こる。此れ是れ陰陽の気に応ず、所以に須らく取るべし。麟鳳は霊なりと雖も、作動する所無し、故に重ねて用いず、と。その十二属は、並びに是れ斗星の気、散じて人の命と為り、北斗に係る。是の故に用いて以て属と為す。『春秋運斗枢』に曰く、枢星は散じて竜・馬と為り、旋星は散じて虎と為り、機星は散じて狗と為り、摧星は散じて蛇と為り、玉衡は散じて雞・兎・鼠と為り、闔陽は散じて羊・牛と為り、揺光は散じて猴・猿と為る、と。此れ等は皆上は天星に応じ、下は年命に属するなり。三十六禽は、各おの方位を作し、禽虫の長と為り、三百六十を領す。十にして之を倍し、三千六百に至る。並びに五行に配し、皆相貫領す。既に占候の用に非ず、復た具さには釈せず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る