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五行大義 / 第二十二論諸官

自古已來。官數起自於三。極八十一者。陽成於三。極於九。故三公而九卿。九九八十一。黃鐘律之極數也。故尊官取其初數。卑官者取其末數。所以不云一者。一是元氣。屬於天子。故號天子爲元首。以其一無二也。尚書曰。元首明哉。臣非元一。故自三而起。周止六卿者。以爲通六合。因六無。而設六府也。此乃時代異。故非越五行。又三代命官。皆止於九。故士有三等。下士一命。中士二命。上士三命。大夫三等。下大夫四命。中大夫五命。上大夫六命。卿已上亦三。少卿七命。大卿八命。公則九命。三三而九。亦以陽之正數也。末代以命爲品。亦不過九。但以一爲尊官。九爲卑官。取命。是出自上命。秩下官名。故以多者爲重。品是品其次第。一既居先。故以一爲貴。此竝方位及數配五行。今次爲論支干爲官者。洪範五行傳云。甲爲倉曹。共農賦。乙爲戶曹。共口數。丙爲辭曹。共訟訴。丁爲賦曹。共獄捕。戊爲功曹。共除吏。己爲田曹。共群畜。庚爲金曹。共錢布。辛爲尉曹。共本使。壬爲時曹。共政教。癸爲集曹。共納輸。子爲傳舍。出入敬忌。丑爲司空。守將班治。寅爲市官。平準賣買。卯爲鄉官。親事五教。辰爲少府。

新字:自古已来。官数起自於三。極八十一者。陽成於三。極於九。故三公而九卿。九九八十一。黄鐘律之極数也。故尊官取其初数。卑官者取其末数。所以不云一者。一是元気。属於天子。故号天子為元首。以其一無二也。尚書曰。元首明哉。臣非元一。故自三而起。周止六卿者。以為通六合。因六無。而設六府也。此乃時代異。故非越五行。又三代命官。皆止於九。故士有三等。下士一命。中士二命。上士三命。大夫三等。下大夫四命。中大夫五命。上大夫六命。卿已上亦三。少卿七命。大卿八命。公則九命。三三而九。亦以陽之正数也。末代以命為品。亦不過九。但以一為尊官。九為卑官。取命。是出自上命。秩下官名。故以多者為重。品是品其次第。一既居先。故以一為貴。此並方位及数配五行。今次為論支干為官者。洪範五行伝云。甲為倉曹。共農賦。乙為戸曹。共口数。丙為辞曹。共訟訴。丁為賦曹。共獄捕。戊為功曹。共除吏。己為田曹。共群畜。庚為金曹。共銭布。辛為尉曹。共本使。壬為時曹。共政教。癸為集曹。共納輸。子為伝舎。出入敬忌。丑為司空。守将班治。寅為市官。平準売買。卯為郷官。親事五教。辰為少府。

書き下し

古より已来、官数三より起こり、八十一に極まるは、陽は三に成り、九に極まればなり。故に三公にして九卿、九九八十一は、黄鐘(こうしょう)の律の極数なり。故に尊官はその初数を取り、卑官はその末数を取る。一と云わざる所以は、一は是れ元気にして、天子に属す。故に天子を号して元首と為す。その一にして二無きを以てなり。尚書に曰く、元首明らかなるかな、と。臣は元一に非ず、故に三より起こる。周の六卿に止まるは、以為(おもえ)らく六合に通じ、六無に因りて、六府を設くるなり。此れ乃ち時代異なる、故に五行を越ゆるに非ず。又三代の命官は、皆九に止まる。故に士に三等有り、下士は一命、中士は二命、上士は三命。大夫三等、下大夫は四命、中大夫は五命、上大夫は六命。卿已上も亦三、少卿は七命、大卿は八命、公は則ち九命。三三にして九、亦陽の正数を以てなり。末代は命を以て品と為し、亦九を過ぎず。但だ一を以て尊官と為し、九を卑官と為す。命を取るは、是れ上命より出で、下の官名に秩す。故に多き者を以て重しと為す。品は是れその次第を品す。一既に先に居る、故に一を以て貴しと為す。此れ並びに方位及び数を五行に配す。今次いで支干を官と為す者を論ず。洪範五行伝に云う、甲は倉曹たり、農賦を共(きょう)す。乙は戸曹たり、口数を共す。丙は辞曹たり、訟訴を共す。丁は賦曹たり、獄捕を共す。戊は功曹たり、除吏を共す。己は田曹たり、群畜を共す。庚は金曹たり、銭布を共す。辛は尉曹たり、本使を共す。壬は時曹たり、政教を共す。癸は集曹たり、納輸を共す。子は伝舎たり、出入敬忌す。丑は司空たり、守将班治す。寅は市官たり、売買を平準す。卯は郷官たり、五教を親事す。辰は少府たり、

現代語訳

昔から官職の数が三から始まり、八十一で極まるのは、陽は三で成り、九で極まるからである。だから三公があって九卿があり、九の九倍の八十一は、黄鐘の律の極まりの数(黄鐘の管の長さ八十一分)である。だから尊い官は初めの数を取り、卑しい官は終わりの数を取る。一といわない理由は、一は元気(万物の根本の気)であって天子に属するからである。だから天子を元首と号する。それが一であって二つとないからである。『尚書』に「元首は明らかなるかな」という。臣は元一ではないから、三から始まるのである。周が六卿で止めたのは、六合(天地と四方)に通じ、六という数に因って六府を設けたと考えられる。これは時代が異なるからであって、五行を越えたのではない。また夏・殷・周の三代の任官は、どれも九命で止まる。だから士には三等があり、下士は一命、中士は二命、上士は三命である。大夫も三等で、下大夫は四命、中大夫は五命、上大夫は六命である。卿以上もまた三等で、少卿は七命、大卿は八命、公は九命である。三の三倍で九となり、これもまた陽の正しい数によっている。後の時代には命を品(官品)とし、これも九を越えない。ただ一を尊い官とし、九を卑しい官とする。命を取るのは、それが上の命から出て、下の官名に秩次をつけるものだから、数の多い者を重んじる。品はその序列を品定めするもので、一が先頭にいるから、一を貴いとするのである。これらはどれも、方位と数を五行に配したものである。次に、十干・十二支を官に当てるものを論じる。『洪範五行伝』にいう。甲は倉曹で、農業の租税を受け持つ。乙は戸曹で、人口を受け持つ。丙は辞曹で、訴訟を受け持つ。丁は賦曹で、牢獄と捕縛を受け持つ。戊は功曹で、役人の任命を受け持つ。己は田曹で、家畜を受け持つ。庚は金曹で、銭と布を受け持つ。辛は尉曹で、本使(使者の派遣)を受け持つ。壬は時曹で、政治と教化を受け持つ。癸は集曹で、物資の納入と輸送を受け持つ。子は伝舎(宿駅の宿舎)で、出入りをつつしみ忌む。丑は司空で、守りの将として分けて治める。寅は市場の官で、売買の値を平らにする。卯は郷の官で、自ら五つの教えに当たる。辰は少府(宮中の財物の官)で、

解説

官職の数と等級を陽数の理で説き、続いて十干十二支に官を当てる説に移る。三公・九卿・八十一元士と、官の数が三に始まり九・八十一に極まるのは、陽が三で成り九で極まるからであり、八十一は十二律の基準である黄鐘の管の長さの数でもある。一を使わないのは、一が元気であり天子だけに属するからだという。周の爵命が一命から九命まで三等ずつに分かれていることも、三を三つ重ねた陽の正数で説明される。面白いのは、周の命数では数が大きいほど尊いのに、後世の官品では一品が最も尊いという逆転を取り上げ、命は上から下る秩次、品は順位づけだから数え方が逆になるのだと整理しているところである。魏晋以来の九品の官制を念頭に置いた記述であろう。後半の『洪範五行伝』では、甲の倉曹から癸の集曹まで十干に郡県の役所の部局を当て、十二支には宿舎・市場・郷官などを当てている。数の大小の意味づけが制度によって逆になることに気づき、その理由を説明しようとする姿勢は、指標を読むときの注意として今も役に立つ。

この章句が説くこと

五行大義官品陽数黄鐘十干

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