五行大義 / 第十八論情性
情好者。水。生申盛子。水性觸地而行。觸物而潤。多所好。故爲好。多所好則貪無厭。故爲貪狼。申子主之。情怒者。木。生亥盛卯。性受水氣而生。貫地而出。故爲怒。卯木生於子水。與卯還自相刑。亥又自刑。是以陰氣相賊。故爲陰賊。亥卯主之。貪狼必得陰賊而後動。陰賊必得貪狼而後用。二陰竝行。是以王者忌於子卯相刑之日也。情惡者。火。生寅盛午。火性炎猛。無所容受。故爲惡。其氣清明精耀。以禮自整。故爲廉貞。寅午主之。情喜者。金。生巳盛酉。金爲寶物。見之者喜。又喜以利刃加於萬物。故喜。利刃所加。無不寬廣。爲器。則多容受。故爲寬大。巳酉主之。二陽竝行。是以王者吉於午酉之日。情樂者。謂北與東。陽氣所萌生。故爲上。亦主中央。辰。爲水窮也。木落歸本。水流歸末。故木刑在未。水刑在辰。盛衰各得其所。故樂。水窮則無隟不入。木上出。窮則旁行爲斜。故爲奸邪。辰未主之。情哀者。謂南與西。陰氣所萌生。故爲下。戌。窮火也。丑。爲金窮也。金剛。火強。各歸其鄕。故火刑在午。金刑在酉。金火之盛。而被自刑。至窮無所歸。故曰哀。火性無私。金性剛斷。故曰公正。戌丑主之。故曰。五性居本。六情在末。情因性有。性而由情。情性相因。故以備釋。
新字:情好者。水。生申盛子。水性触地而行。触物而潤。多所好。故為好。多所好則貪無厭。故為貪狼。申子主之。情怒者。木。生亥盛卯。性受水気而生。貫地而出。故為怒。卯木生於子水。与卯還自相刑。亥又自刑。是以陰気相賊。故為陰賊。亥卯主之。貪狼必得陰賊而後動。陰賊必得貪狼而後用。二陰並行。是以王者忌於子卯相刑之日也。情悪者。火。生寅盛午。火性炎猛。無所容受。故為悪。其気清明精耀。以礼自整。故為廉貞。寅午主之。情喜者。金。生巳盛酉。金為宝物。見之者喜。又喜以利刃加於万物。故喜。利刃所加。無不寛広。為器。則多容受。故為寛大。巳酉主之。二陽並行。是以王者吉於午酉之日。情楽者。謂北与東。陽気所萌生。故為上。亦主中央。辰。為水窮也。木落帰本。水流帰末。故木刑在未。水刑在辰。盛衰各得其所。故楽。水窮則無隟不入。木上出。窮則旁行為斜。故為奸邪。辰未主之。情哀者。謂南与西。陰気所萌生。故為下。戌。窮火也。丑。為金窮也。金剛。火強。各帰其郷。故火刑在午。金刑在酉。金火之盛。而被自刑。至窮無所帰。故曰哀。火性無私。金性剛断。故曰公正。戌丑主之。故曰。五性居本。六情在末。情因性有。性而由情。情性相因。故以備釈。
書き下し
情の好とは、水なり。申に生じ子に盛んなり。水の性は地に触れて行き、物に触れて潤し、好む所多し、故に好と為す。好む所多ければ則ち貪りて厭くこと無し、故に貪狼と為す。申・子これを主る。情の怒とは、木なり。亥に生じ卯に盛んなり。性は水気を受けて生じ、地を貫きて出づ、故に怒と為す。卯の木は子の水より生じ、卯と還りて自ら相刑し、亥も又自ら刑す。是を以て陰気相賊(そこな)う、故に陰賊と為す。亥・卯これを主る。貪狼は必ず陰賊を得て後に動き、陰賊は必ず貪狼を得て後に用う。二陰並び行う。是を以て王者は子卯相刑の日を忌むなり。情の悪とは、火なり。寅に生じ午に盛んなり。火の性は炎猛にして、容受する所無し、故に悪と為す。その気は清明精耀にして、礼を以て自ら整う、故に廉貞と為す。寅・午これを主る。情の喜とは、金なり。巳に生じ酉に盛んなり。金は宝物たり、これを見る者喜ぶ。又喜んで利刃を以て万物に加う、故に喜なり。利刃の加うる所、寛広ならざるは無し。器たれば、則ち容受する所多し、故に寛大と為す。巳・酉これを主る。二陽並び行う。是を以て王者は午酉の日を吉とす。情の楽とは、北と東とを謂う。陽気の萌生する所、故に上と為す。亦た中央を主る。辰は水の窮まるなり。木は落ちて本に帰し、水は流れて末に帰す。故に木の刑は未に在り、水の刑は辰に在り。盛衰各々その所を得、故に楽しむ。水窮まれば則ち隙として入らざるは無く、木上に出でて窮まれば則ち旁らに行きて斜と為る、故に姦邪と為す。辰・未これを主る。情の哀とは、南と西とを謂う。陰気の萌生する所、故に下と為す。戌は窮まれる火なり。丑は金の窮まるたり。金は剛く火は強くして、各々その郷に帰す。故に火の刑は午に在り、金の刑は酉に在り。金火の盛んにして、自刑を被り、窮に至りて帰する所無し、故に哀と曰う。火の性は私無く、金の性は剛断なり、故に公正と曰う。戌・丑これを主る。故に曰く、五性は本に居り、六情は末に在り。情は性に因りて有り、性にして情に由る。情性相因る、故に以て備さに釈す。
現代語訳
情の好は水である。水は申で生まれ子で盛んになる。水の性質は地に沿って流れ、物に触れて潤し、好むものが多い。だから好とする。好むものが多ければ、むさぼって飽きることがない。だから貪狼とする。申と子がこれをつかさどる。情の怒は木である。木は亥で生まれ卯で盛んになる。その性質は水の気を受けて生まれ、地を貫いて出てくる(その勢いの激しさから)怒とする。卯の木は子の水から生まれるのに、子と卯はかえって互いに刑し合い(刑は十二支どうしが害し合う関係)、亥もまた自分自身を刑する。こうして陰の気が互いに害し合うので陰賊とする。亥と卯がこれをつかさどる。貪狼は必ず陰賊を得てから動き、陰賊は必ず貪狼を得てからはたらく。二つの陰がともに行われる。だから王者は、子と卯が刑し合う日を忌むのである。情の悪は火である。火は寅で生まれ午で盛んになる。火の性質は激しく猛々しく、何も受け入れるところがない。だから悪とする。その気は清らかに明るく精妙に輝き、礼によって自らを整える。だから廉貞とする。寅と午がこれをつかさどる。情の喜は金である。金は巳で生まれ酉で盛んになる。金は宝物であり、これを見る者は喜ぶ。また好んで鋭い刃を万物に加えるので喜である。鋭い刃を加えられたものは、どれも広く開かれる。器となれば、多くのものを受け入れる。だから寛大とする。巳と酉がこれをつかさどる。二つの陽がともに行われる。だから王者は午と酉の日を吉とする。情の楽は、北と東をいう。陽の気が芽生える所であるので上とする。また中央をもつかさどる。辰は水がきわまる所である。木は葉を落として根本に帰り、水は流れて末に帰る。だから木の刑は未にあり、水の刑は辰にある。盛りと衰えがそれぞれその所を得るので楽しむ。水がきわまればどんなすきまにも入り込み、木が上に伸びてきわまれば横に広がって斜めになる。だから姦邪とする。辰と未がこれをつかさどる。情の哀は、南と西をいう。陰の気が芽生える所であるので下とする。戌は火がきわまる所である。丑は金がきわまる所である。金は剛く火は強く、それぞれ自分の本拠に帰る。だから火の刑は午にあり、金の刑は酉にある。金と火は盛んでありながら自らを刑され、きわまって帰る所がない。だから哀という。火の性質は私心がなく、金の性質は剛く断ち切る。だから公正という。戌と丑がこれをつかさどる。だからこう言う。五つの性は本にあり、六つの情は末にある。情は性によって生まれ、性は情を通して現れる。情と性は互いに因り合っている。だからくわしく説明したのである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十八論情性『左伝』に、子産云う、「天の明に則る」と。天に三光有り、故に明と曰うなり。「地の性に因る」と。性は生なり。万物を生ず、故にその生ずる所に因りてこれを用う。「その六気を生じ、その五行を用う」と。五行とは五性たり、六気とは六情に通ずるなり。翼奉(よくほう)云う、「五行は人に在りては性と為り、六律は人に在りては情と為る。性とは、仁・義・礼・智・信なり。情とは、喜・怒・哀・楽・好・悪なり。五性は内に処りて陽を御す、喩うれば五蔵を収むるがごとし。六情は外に処りて陰を御す、喩うれば六体を収むるがごとし。故に情性に勝てば則ち乱れ、性情に勝てば則ち治まる。性は内より出で、情は外より来たる。情性の交わり、間に系(いと)を容れず」と。『説文』に曰く、「情は人の陰気にして、欲嗜有るなり。性は人の陽気にして、善なる者なり」と。『孝経援神契』に云う、「性は人の質にして、人の稟受して産するところなり。情は陰の数にして、内に伝え著し流れ、五蔵に通ず」と。故に性を本と為し、情を末と為す。性は安静を主り、恬然として常を守る。情は則ち動を主り、境に触れて変ず。動静相交わる、故に間は微密なり。『河上公章句』に云う、「五性の鬼を魂と曰い、雄たり。六情の鬼を魄と曰い、雌たり」と。此れ性の陽、情の陰なるを明らかにするなり。六情既に六気に通ず。今先ず服(ふく)の『左伝』に注するに依りて云う、「六気とは、陰・陽・風・雨・晦・明なり」と。陰は土と作り、陽と風とは木と作り、雨は金と作り、晦は水と作り、明は火と作る。唯だ天の陽のみ変ぜず。陰の土と為るは、土は是れ陰の義なり、故に陰凝りて土と為る。風の木と作るは、風は動なり。
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五行大義・第十八論情性然る所以は、水は金より生ず、金の体は陽に非ず。木は少陽たり、雨たるに応ぜず。土は地たり、地は本是れ陰なり。風は自ら是れ陰陽の気にして、独り土より生ぜず。服の木を以て風と為すは、巽木を取る、故に当たれりと為すなり。六気の六情に通ずるとは、好は陽たり、悪は陰たり、怒は風たり、喜は雨たり、哀は晦たり、楽は明たり。好の陽たるは、陽気は生を好む、是を以て好と為す。悪の陰たるは、陰気は殺を好む、是を以て悪と為す。怒の風たるは、楊泉云う、「風は陰陽の孔気、激発して起こる。猶お人の内気の、喜怒哀楽に因りて激発して起こるがごとし」と。曾子曰く、「陰陽怒りて風と為る」と。喜の雨たるは、曾子曰く、「陰陽和して雨と為る」と。和潤す、故に喜たるなり。哀の晦たるは、晦は闇なり。愁うれば則ち閉塞す、故に暗し、晦たる所以なり。楽の明たるは、楽しめば則ち情舒散す、故に明なり。『漢書』礼楽志に云う、「人は天地陰陽の気を含み、喜怒哀楽の情有り」と。『論衡』に曰く、「人の五蔵は、心を以て主と為す。心は智慧を発して、四蔵これに従う。肝はこれが為に喜び、肺はこれが為に怒り、腎はこれが為に哀しみ、脾はこれが為に楽しむ。故に聖人これを節す、性を傷つくるを恐るるなり」と。翼奉云う、「好めば則ち膀胱これを受く。水は前むを好む、故に好と曰う。怒れば則ち胆これを受く。少陽始めて盛んにして、万物前み萌すなり。悪めば則ち小腸これを受く。夏は万物を長養し、偽を悪む、故に悪と曰う。喜べば則ち大腸これを受く。金は珍物たり、故に皆喜ぶ。楽しめば則ち胃これを受く。土は万物を生養し、上下皆楽しむ。哀しめば則ち三焦これを受く。陰陽の府にして、陽昇り陰終わり、その宮室竭(つ)く、故に三焦と曰う。故に哀悽するなり」と。
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五行大義・第十八論情性『論衡』は四時を以て蔵を論じ、翼奉は風の六情に通ずるを以て府を論ず。脾・腎の二種は、蔵府是れ同じ。肝・肺の二蔵及び府の同じからざるは、蔵は肺に殺罰の性有るを以て、故に怒る。府は肺金の珍の用に合うを以て、故に喜ぶ。肝は則ち春気の生ずるを以て、故に喜ぶ。胆は則ち火の能く焚燎するに合うを以て、故に怒る。二理並びに通ず。又云う、「喜気は暖たり、春に当たる。怒気は晴たり、秋に当たる。楽気は陽たり、夏に当たる。哀気は陰たり、冬に当たる」と。此れ『論衡』の意と合う。翼奉云う、「東方は性仁にして情怒、怒は陰賊を行いてこれを主る。南方は性礼にして情悪、悪は廉貞を行いてこれを主る。下方は性信にして情哀、哀は公正を行いてこれを主る。西方は性義にして情喜、喜は寛大を行いてこれを主る。北方は性智にして情好、好は貪狼を行いてこれを主る。上方は性悪にして情楽、楽は姦邪を行いてこれを主る」と。貪狼は財物を求索するを主る。既に貪狼と云えば、理として然く来たり須(もと)む。陰賊はこれ劫盗を主る、此れも亦た疑わず。廉貞は上客の遷召を主る。寅は陽の始めたり、午は陽の盛んなるたり、故に上客と称す。既に廉貞の性有れば、理として自ら召任高遷す。寛大は酒食慶善を主る。寛大は容納する所多し、故に善慶有り。善慶あれば必ず酒食を置く。姦邪は疾病を主る。淫淫欺欺として、故に邪悪に因りて生ず。邪悪あれば必ず疾病を生ず。公正は執仇諍諫を主る。正しき故に能く争い、公なる故に能く仇讎を執るなり。
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五行大義・第十一論刑木落ちて本に帰す、故に亥卯未は木の位にして、刑は北方に在り。亥は自ら刑し、卯の刑は子に在り、未の刑は丑に在り。水流れて末に向かう、故に申子辰は水の位にして、刑は東方に在り。申の刑は寅に在り、子の刑は卯に在り、辰は自ら刑す。金は剛く火は強く、各々其の郷に還る、故に巳酉丑は金の位にして、刑は西方に在り。巳の刑は申に在り、酉は自ら刑し、丑の刑は戌に在り。寅午戌は火の位にして、刑は南方に在り。寅の刑は巳に在り、午は自ら刑し、戌の刑は未に在り、と。干の支を刑するとは、寅の刑は庚に在り、卯の刑は辛に在り、辰の刑は甲に在り、巳の刑は癸に在り、午の刑は壬に在り、未の刑は乙に在り、申の刑は丙に在り、酉の刑は丁に在り、戌の刑は甲に在り、亥の刑は己に在り、子の刑は戊に在り、丑の刑は乙に在り。支の干を刑するとは、甲の刑は申に在り、乙の刑は酉に在り、丙の刑は子に在り、丁の刑は亥に在り、戊の刑は寅に在り、己の刑は卯に在り、庚の刑は午に在り、辛の刑は巳に在り、壬の刑は辰戌に在り、癸の刑は丑未に在り。此れ並びに勝つ所を以て刑と為すなり。凡そ卜筮の用うる所、刑に遇うは善に非ず。然れども求むる所の事、刑に非ざれば獲ず。史蘇(しそ)の亀経に云う、当に成るべくして成らざるは、兆の相刑するを視よ、と。又問いて云う、六合は是れ吉なるに、巳申の相剋するは何ぞ、と。答えて曰く、金は水を帯びて火中に生ず。火は金の鬼為り、水は火の鬼為り。金は水と共に火中に生ずれば、則ち是れ鬼母子の身なり。申は是れ金の位にして、兼ねて復た水を懐く。巳は是れ火の位にして、復た生金有り。還りて相讎す、故に以て刑と為すなり。然れども刑に上下有り。寅の刑巳に在るは、巳を刑上と為し、寅を刑下と為す。余の例も悉く爾り。故に兵書に云う、刑上より風来たらば、坐する者は急ぎ起ち、行く者は急ぎ住(とど)まれ、と。即ち此の謂いなり。三刑と云うは、寅の刑巳に在り、巳の刑申に在るが如く、寅の日申の時、巳の上に風起こり、或いは巳の上に妖を見る、之を三刑と謂うなり。他も亦此に效(なら)う。別に気に従いて刑と為し、徳と相対する者有り。已に前に従いて解す、故に重ねて釈せず。
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五行大義・第十八論情性木も亦た動き、地に触れて出づ。箕星は東方の宿にして、風を主る。又、巽は木たり、風たるなり。雨の金と作るは、雨は水なり。水の性は銷釈し、金の性も亦た銷釈すべし。畢星は西方の宿なり、雨を主る。故に『詩』に云う、「月畢に離(かか)りて、滂沲(ぼうだ)たらしむ」と。故に雨は金と作るなり。晦の水と作るは、晦は闇なり。晦闇なれば則ち水生ず。闇は黒にして、水の色たるなり。明の火と作るは、明は物を照らす、故に火と為るなり。皆その類に従いて以てす。鄭玄の『礼記』に注して云う、「木は雨たり、金は陽たり、火は燠(いく)たり、土は風たり、水は寒たり」と。震は春分を主る。春分・穀雨に天兌を得れば、則ち万物畢(ことごと)く生ず。兌は西方の卦にして、是の時、日は昴に在り。昴は西方の宿なり。日の西方に在るを以て、故に天兌と謂う。貌順いて木得れば、則ち天兌和と為る。故に木は雨たり。『詩』に云う、「習習たる谷風、以て陰(くも)り以て雨ふる」と。金の陽たるは、秋の時、日は東方の房星の宿を行き、天震の気を得。言順いて金得れば、則ち天震和と為る。震は陽たるなり。秋の時は物成り、物を𤍜(かわ)かす所以、是れその和なり。金の気に逆らえば、則ち旱の罰と為る、故に金は陽たるなり。土の風たるは、伝に云う、「思心に失有れば、厥(そ)の罰は常風なり」と。言うこころは、風は土の気なり。『荘子』に曰く、「大塊(たいかい)気を噫(は)く、その名を風と曰う」と。土は君たり、君は教令を立つ、故に風たり。土は四季に立つ、故に令失すれば則ち風災いを為すなり。鄭は木を以て雨と為し、服は木を以て風と為す。服は金を以て雨と為し、鄭は金を以て陽と為す。鄭は土を以て風と為し、服は土を以て陰と為す。両説相反し、各々その意有り。今五行に就きて弁ずれば、服これに近し。
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五行大義・第三明数・第二論五行及生成数天の九は地四の偶たるなり。地の十は天五の匹たるなり。陰陽各おの合う有りて、然る後に気性相得て、施化行わるるなり。故に四時の運、五行に成る。土は四行を総べ、時の季に居りて、以て之を成すなり。五行伝及び白虎通、皆云う、「木は土に非ざれば生ぜず、根核茂栄す。火は土に非ざれば栄えず、木を得て形を著す。金は土に非ざれば成らず、範に入りて名を成す。水は土に非ざれば停まらず、隄防して盈つるを禁ず。土は微を扶け衰えを助け、其の道を成すに応ず」と。故に五行更互に土を須(ま)つ。土は四季に王として中央に居り、名を以て時を成さず。故に知る、同時に倶に起こり、但だ義を託して相生ずることを。伝に曰く、「五行並び起こり、各おの名を以て別つ」と。常に数に従う義に云う、北方の亥子は水なり、生数は一。丑は土なり、生数は五。一と五と相得て六と為る。故に水の成数は六なり。東方の寅卯は木なり、生数は三。辰は土なり、生数は五。三と五と相得て八と為る。故に木の成数は八なり。南方の巳午は火なり、生数は二。未は土なり、生数は五。二と五と相得て七と為る。故に火の成数は七なり。西方の申酉は金なり、生数は四。戌は土なり、生数は五。四と五と相得て九と為る。故に金の成数は九なり。中央の戊己は土なり、生数は五。又土の位は中に在り、其の数本五。両五相得て十と為る。故に土の成数は十なり。此れ陰陽両気各おの一周するなり。
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