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五行大義 / 第十四論雑配・第二論配声音

感於物而後動。審聲以知音。審音以知樂。審樂以知政。而治道備矣。故詩序曰。聲成文謂之音。治世之音安以樂。其政和。亂世之音怨以怒。其政乖。亡國之音哀以思。其民困。大戴禮。觀人篇云。誠在其中。必見諸外。以其見。占其隱。以其細。占其大。聲象其實。氣初生物。物生有聲。聲有剛柔清濁。好惡咸發于聲。故心氣嘩誕者。其聲流散。心氣順信者。其聲順節。心氣鄙戾者。其聲腥醜。心氣寬柔者。其聲溫和。故聖人聽其聲。觀其色。知其善惡。夫獨發者謂之聲。合和者謂之音。毛詩序云。聲成文謂之音。故因五聲而有八音。樂緯云。物以三成。以五立。三與五如八。故音以八。八音。金。石。絲。竹。土。木。匏。革。以發宮。商。角。徵。羽也。金爲鍾。石爲磬。絲爲絃。竹爲管。土爲塤。木爲柷圄。匏爲笙。革爲鼓。鼓主震。笙主巽。柷圄主乾。塤主艮。管主坎。絃主離。磬主坤。鍾主兌。樂緯。汁圖徵篇云。坎主冬至。宮者。君之象。人有君。然後萬物成。氣有黃鍾之宫。然後萬物調。所以始正天下也。

新字:感於物而後動。審声以知音。審音以知楽。審楽以知政。而治道備矣。故詩序曰。声成文謂之音。治世之音安以楽。其政和。乱世之音怨以怒。其政乖。亡国之音哀以思。其民困。大戴礼。観人篇云。誠在其中。必見諸外。以其見。占其隠。以其細。占其大。声象其実。気初生物。物生有声。声有剛柔清濁。好悪咸発于声。故心気嘩誕者。其声流散。心気順信者。其声順節。心気鄙戻者。其声腥醜。心気寛柔者。其声温和。故聖人聴其声。観其色。知其善悪。夫独発者謂之声。合和者謂之音。毛詩序云。声成文謂之音。故因五声而有八音。楽緯云。物以三成。以五立。三与五如八。故音以八。八音。金。石。糸。竹。土。木。匏。革。以発宮。商。角。徴。羽也。金為鍾。石為磬。糸為絃。竹為管。土為塤。木為柷圄。匏為笙。革為鼓。鼓主震。笙主巽。柷圄主乾。塤主艮。管主坎。絃主離。磬主坤。鍾主兌。楽緯。汁図徴篇云。坎主冬至。宮者。君之象。人有君。然後万物成。気有黄鍾之宮。然後万物調。所以始正天下也。

書き下し

物に感じて而る後に動く。声を審(つまび)らかにして以て音を知り、音を審らかにして以て楽を知り、楽を審らかにして以て政を知りて、治道備わる、と。故に詩序に曰く、声文を成す、之を音と謂う。治世の音は安らかにして以て楽しむ、其の政和すればなり。乱世の音は怨みて以て怒る、其の政乖(そむ)けばなり。亡国の音は哀しみて以て思う、其の民困しめばなり、と。大戴礼の観人篇に云う、誠其の中に在れば、必ず諸(これ)を外に見る。其の見(あらわ)るるを以て、其の隠るるを占い、其の細を以て、其の大を占う。声は其の実に象る。気初めて物を生じ、物生じて声有り。声に剛柔清濁有り、好悪咸(み)な声に発す。故に心気嘩誕(かたん)なる者は、其の声流散し、心気順信なる者は、其の声順節あり、心気鄙戻(ひれい)なる者は、其の声腥醜(せいしゅう)なり、心気寛柔なる者は、其の声温和なり。故に聖人は其の声を聴き、其の色を観て、其の善悪を知る、と。夫れ独り発する者は之を声と謂い、合和する者は之を音と謂う。毛詩序に云う、声文を成す、之を音と謂う、と。故に五声に因りて八音有り。楽緯に云う、物は三を以て成り、五を以て立つ。三と五とは八の如し、故に音は八を以てす、と。八音は、金・石・糸・竹・土・木・匏(ほう)・革なり。以て宮・商・角・徴・羽を発す。金は鍾為り、石は磬(けい)為り、糸は絃為り、竹は管為り、土は塤(けん)為り、木は柷圄(しゅくぎょ)為り、匏は笙為り、革は鼓為り。鼓は震を主り、笙は巽(そん)を主り、柷圄は乾を主り、塤は艮(ごん)を主り、管は坎(かん)を主り、絃は離を主り、磬は坤を主り、鍾は兌(だ)を主る。楽緯の汁図徴(きゅうとちょう)篇に云う、坎は冬至を主る。宮とは君の象なり。人に君有りて、然る後に万物成る。気に黄鍾(こうしょう)の宮有りて、然る後に万物調う。天下を始めて正す所以なり。

現代語訳

物に感じてから動くのである。声を詳しく聞き分けて音を知り、音を詳しく聞き分けて音楽を知り、音楽を詳しく聞き分けて政治を知る。そうして治める道が備わるのである」。だから『詩経』の序(詩序)には次のようにある。「声があやをなしたものを音という。よく治まった世の音は安らかで楽しげである。その政治が和やかだからである。乱れた世の音は怨みがこもって怒っている。その政治が道理にそむいているからである。滅びる国の音は悲しげで物思いに沈んでいる。その民が苦しんでいるからである」。『大戴礼』観人篇には次のようにある。「まことが心の中にあれば、必ずそれは外に現れる。現れたものによって隠れたものを推し量り、小さなものによって大きなものを推し量る。声はその実質をかたどる。気が初めて物を生み、物が生まれると声がある。声には剛柔や清濁があり、好き嫌いはすべて声に現れる。だから心の気がうわついて大げさな者は、その声が流れ散り、心の気が素直で誠実な者は、その声に節度があり、心の気がいやしくねじけた者は、その声が生臭くみにくく、心の気が寛やかで柔らかな者は、その声が温かく和やかである。だから聖人はその声を聴き、その顔色を観て、その人の善し悪しを知るのである」。そもそも一つだけ発するものを声といい、組み合わさって和するものを音という。『毛詩』の序に「声があやをなしたものを音という」とある。だから五つの声によって八つの音がある。『楽緯』には「物は三によってできあがり、五によって立つ。三と五とを合わせると八になる。だから音は八つとする」とある。八音とは、金・石・糸・竹・土・木・匏(ひょうたん)・革であり、これで宮・商・角・徴・羽を発する。金は鍾(つりがね)、石は磬(石の打楽器)、糸は絃楽器、竹は管楽器、土は塤(土笛)、木は柷圄(音楽の始めと終わりを告げる木の打楽器)、匏は笙、革は太鼓である。太鼓は震を、笙は巽を、柷圄は乾を、塤は艮を、管は坎を、絃は離を、磬は坤を、鍾は兌をつかさどる。『楽緯』の汁図徴篇には次のようにある。「坎は冬至をつかさどる。宮とは君の象である。人に君があって、はじめて万物が成り立つ。気に黄鍾(十二律の基音)の宮があって、はじめて万物が調う。これによって天下をはじめて正すのである。

解説

声と音の配当の続きで、音楽と政治、声と人柄、そして楽器と八卦の対応を扱う。『詩経』大序の「治世の音は安らかにして楽しむ」以下は、音楽に世の治乱が映るという儒家の音楽観を代表する名句である。『大戴礼』観人篇は、声の調子からその人の心の気を読み取る方法を説き、前の顔色の話と対をなす。後半では、一つの響きを声、組み合わさって和したものを音と区別したうえで、金・石・糸・竹・土・木・匏・革の八音を八卦に配する。八音は材料による楽器の分類で、中国の伝統的な楽器分類法として後世まで用いられた。これを冬至・立春・春分など一年の八つの節目を受け持つ八卦に当て、坎の冬至には管を用い、君の象である宮と黄鍾の音が天下を正すと説く。音律を暦や政治と一体のものとみる漢代の楽律思想の一端である。人の声や組織の空気の変化から、目に見えない内部の状態を察しようとする感覚は、今にも通じる。

この章句が説くこと

五行大義八音八卦詩序黄鍾

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