五行大義 / 第十二論害
相害者。逆行相逢於十二辰。兩兩相害。名爲六害。戌與酉。亥與申。子與未。丑與午。寅與巳。卯與辰。是六害也。是殺傷之義。今此六害。或是君臣父子。或是夫妻。理不應害。孝經云。不愛其親。而愛他人者。謂之悖德。既違其慈愛之性。故有怒戮之理。五行所惡。其在破衝。今之相害。以與破衝合。故父失其慈。子違其孝。妻不敬順。夫弃和同。竝合讎忿。理成相害。至如命待熊蹯。飢探雀𪆪重耳外奔。申生賜盡。河內則夫婦相殘。塞外則君臣殺奪。此豈非害乎。辰卯爲害者。卯與戌合。戌破於辰。辰土爲卯木妻。戌辰爲讎。卯與戌合。便是棄辰。與酉合。酉衝破卯。辰爲卯妻。酉爲卯讎。辰與酉合。酉能剋卯。婦姧外夫。殺本夫之象也。巳與申合。申衝於寅。巳爲寅子。申能剋寅。巳與申合。子有逆行。丑午相害者。丑與子合。子衝破午。午與未合。未破於丑。亦是父子相害義也。未子相害者。未與午合。午衝破子。未土爲君。子水爲臣。午火爲子水之財。君以財害臣之象也。
新字:相害者。逆行相逢於十二辰。両両相害。名為六害。戌与酉。亥与申。子与未。丑与午。寅与巳。卯与辰。是六害也。是殺傷之義。今此六害。或是君臣父子。或是夫妻。理不応害。孝経云。不愛其親。而愛他人者。謂之悖徳。既違其慈愛之性。故有怒戮之理。五行所悪。其在破衝。今之相害。以与破衝合。故父失其慈。子違其孝。妻不敬順。夫弃和同。並合讎忿。理成相害。至如命待熊蹯。飢探雀𪆪重耳外奔。申生賜尽。河内則夫婦相残。塞外則君臣殺奪。此豈非害乎。辰卯為害者。卯与戌合。戌破於辰。辰土為卯木妻。戌辰為讎。卯与戌合。便是棄辰。与酉合。酉衝破卯。辰為卯妻。酉為卯讎。辰与酉合。酉能剋卯。婦姧外夫。殺本夫之象也。巳与申合。申衝於寅。巳為寅子。申能剋寅。巳与申合。子有逆行。丑午相害者。丑与子合。子衝破午。午与未合。未破於丑。亦是父子相害義也。未子相害者。未与午合。午衝破子。未土為君。子水為臣。午火為子水之財。君以財害臣之象也。
書き下し
相害とは、逆行して十二辰に相逢い、両両相害す、名づけて六害と為す。戌と酉、亥と申、子と未、丑と午、寅と巳、卯と辰、是れ六害なり。是れ殺傷の義なり。今此の六害は、或いは是れ君臣父子、或いは是れ夫妻にして、理として応に害すべからず。孝経に云う、其の親を愛せずして、他人を愛する者は、之を悖徳(はいとく)と謂う、と。既に其の慈愛の性に違う、故に怒戮(どりく)の理有り。五行の悪む所は、其れ破衝に在り。今の相害は、破衝と合するを以て、故に父は其の慈を失い、子は其の孝に違い、妻は敬順ならず、夫は和同を弃(す)つ。並びに讎忿(しゅうふん)に合し、理として相害を成す。命は熊蹯(ゆうはん)を待ち、飢えて雀𪆪(じゃくこう)を探り、重耳(ちょうじ)外に奔り、申生(しんせい)尽くるを賜い、河内には則ち夫婦相残(そこな)い、塞外には則ち君臣殺奪するが如きに至りては、此れ豈に害に非ずや。辰卯の害を為すとは、卯は戌と合し、戌は辰に破らる。辰土は卯木の妻為り、戌辰は讎為り。卯の戌と合するは、便ち是れ辰を棄つるなり。酉と合し、酉は卯を衝破す。辰は卯の妻為り、酉は卯の讎為り。辰は酉と合し、酉は能く卯を剋す。婦の外夫に姧(かん)して、本夫を殺すの象なり。巳は申と合し、申は寅を衝く。巳は寅の子為り、申は能く寅を剋す。巳は申と合す、子に逆行有り。丑午の相害とは、丑は子と合し、子は午を衝破す。午は未と合し、未は丑を破る。亦是れ父子相害の義なり。未子の相害とは、未は午と合し、午は子を衝破す。未土は君為り、子水は臣為り、午火は子水の財為り。君の財を以て臣を害するの象なり。
現代語訳
相害とは、十二支の中で逆向きに進んで出会い、二つずつ互いに害し合うもので、これを六害と名づける。戌と酉、亥と申、子と未、丑と午、寅と巳、卯と辰、これが六害である。これは殺し傷つけるという意味である。ところがこの六害の組は、あるものは君臣や父子であり、あるものは夫婦であって、道理からいえば害し合うはずがない。『孝経』には「自分の親を愛さずに他人を愛する者、これを徳にそむく者という」とある。慈しみ愛するという本性にそむいてしまうから、怒って殺し合う道理が生じるのである。五行が嫌うものは、破と衝にある。いまの相害は、破や衝と結びついている。だから父はその慈しみを失い、子はその孝にそむき、妻は敬い従わず、夫は和合を捨てる。どれも恨みや怒りと結びついて、道理として害し合うことになる。楚の成王が死を前に熊の掌を煮るのを待たせてほしいと願い(子に殺された)、趙の武霊王が飢えて雀のひなを探して食べ(子らの争いの中で餓死し)、晋の重耳が国外に逃れ、太子申生が死を賜ったこと、また河内では夫婦がそこない合い、塞外では君臣が殺し奪い合ったことなどは、どうして害でないことがあろうか。辰と卯が害となるのは次のようなわけである。卯は戌と合するが、戌は辰によって破られる。辰の土は卯の木の妻であり、戌と辰とは仇どうしである。卯が戌と合するのは、つまり妻の辰を捨てることである。(辰は)酉と合するが、酉は卯を衝き破る。辰は卯の妻であり、酉は卯の仇である。辰が酉と合し、酉は卯を剋すことができる。これは妻がよその男と通じて本来の夫を殺す象である。(寅と巳の害は、)巳は申と合するが、申は寅を衝く。巳は寅の子であり、申は寅を剋すことができる。巳が申と合するのは、子に道に逆らう行いがあることである。丑と午が害し合うのは、丑は子と合するが、子は午を衝き破り、午は未と合するが、未は丑を破るからである。これもまた父子が害し合うという意味である。未と子が害し合うのは、未は午と合するが、午は子を衝き破るからである。未の土は君であり、子の水は臣であり、午の火は子の水にとっての財である。君が財によって臣を害する象である。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十二論害子は丑と合し、丑は未に破らる。丑も又是れ土なり。子は丑と合し、外君を引きて、共に其の主を害せんと欲す。此れ則ち臣に逃亡の象有るなり。申亥の相害とは、亥は寅と合し、寅は申を衝く。申は巳と合し、巳は亥を衝く。亦是れ父子相害の義なり。夫れ相生は必ずしも相生ぜず、相害は必ずしも相害せず。猶お火は能く物を焼くも、遂に炎洲の火有りて、物を焼くこと能わず、水は能く潤長するも、洪潦(こうろう)暴かに至れば、亦草樹をして芸黄(うんこう)ならしむるがごとし。此れは是れ相生反って相害するなり。相害反って相生ずとは、木を鑽(き)りて火を出だし、而して雲雨電を掣(ひ)く、相因りて有り。此れは是れ相害反って相生ずるなり。水は本火を害するも、膏油漬注すれば、灯火益々明らかなり。亦是れ相害反って相生ずるなり。陰陽五行は、万物の存する所にして、吉凶の応、各々其の類を以て之を言う。或いは吉中に凶有り、凶中に吉有り。凶なれば則ち其の救う所を視、吉なれば則ち其の害する所を観る。凶にして救い有らば、禍に至らず。吉にして害有らば、慶に及ばず。純凶なれば則ち禍大いに、純吉なれば則ち福深し。丑午の相害の如きは、子を以て午を衝破す。子に王水有り、此れを純凶と為す。未の丑を破るは、丑に相たらんと欲するの木有りて、能く未土を制す、救い有りと為す。未子の相害は、午子を衝破す。子は是れ王水にして、水は午火を制す、凶中に吉有りと為す。子は丑と合し、丑土反って子水を制す、即ち是れ吉中に凶有り。生害の義、例皆斯の如し。
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五行大義・第十一論刑木落ちて本に帰す、故に亥卯未は木の位にして、刑は北方に在り。亥は自ら刑し、卯の刑は子に在り、未の刑は丑に在り。水流れて末に向かう、故に申子辰は水の位にして、刑は東方に在り。申の刑は寅に在り、子の刑は卯に在り、辰は自ら刑す。金は剛く火は強く、各々其の郷に還る、故に巳酉丑は金の位にして、刑は西方に在り。巳の刑は申に在り、酉は自ら刑し、丑の刑は戌に在り。寅午戌は火の位にして、刑は南方に在り。寅の刑は巳に在り、午は自ら刑し、戌の刑は未に在り、と。干の支を刑するとは、寅の刑は庚に在り、卯の刑は辛に在り、辰の刑は甲に在り、巳の刑は癸に在り、午の刑は壬に在り、未の刑は乙に在り、申の刑は丙に在り、酉の刑は丁に在り、戌の刑は甲に在り、亥の刑は己に在り、子の刑は戊に在り、丑の刑は乙に在り。支の干を刑するとは、甲の刑は申に在り、乙の刑は酉に在り、丙の刑は子に在り、丁の刑は亥に在り、戊の刑は寅に在り、己の刑は卯に在り、庚の刑は午に在り、辛の刑は巳に在り、壬の刑は辰戌に在り、癸の刑は丑未に在り。此れ並びに勝つ所を以て刑と為すなり。凡そ卜筮の用うる所、刑に遇うは善に非ず。然れども求むる所の事、刑に非ざれば獲ず。史蘇(しそ)の亀経に云う、当に成るべくして成らざるは、兆の相刑するを視よ、と。又問いて云う、六合は是れ吉なるに、巳申の相剋するは何ぞ、と。答えて曰く、金は水を帯びて火中に生ず。火は金の鬼為り、水は火の鬼為り。金は水と共に火中に生ずれば、則ち是れ鬼母子の身なり。申は是れ金の位にして、兼ねて復た水を懐く。巳は是れ火の位にして、復た生金有り。還りて相讎す、故に以て刑と為すなり。然れども刑に上下有り。寅の刑巳に在るは、巳を刑上と為し、寅を刑下と為す。余の例も悉く爾り。故に兵書に云う、刑上より風来たらば、坐する者は急ぎ起ち、行く者は急ぎ住(とど)まれ、と。即ち此の謂いなり。三刑と云うは、寅の刑巳に在り、巳の刑申に在るが如く、寅の日申の時、巳の上に風起こり、或いは巳の上に妖を見る、之を三刑と謂うなり。他も亦此に效(なら)う。別に気に従いて刑と為し、徳と相対する者有り。已に前に従いて解す、故に重ねて釈せず。
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