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五行大義 / 第七論徳

子以巳爲德者。子。水也。以土爲夫。巳中有生土。丑以午爲德者。丑。土也。以木爲夫。午中有死木。寅以未爲德者。寅。木也。以金爲夫。未中有冠帶金。卯以申爲德者。卯。木也。以金爲夫。申中有相金。辰以酉爲德者。辰。土也。以木爲夫。酉中有胎木。巳以戌爲德者。巳。火也。以水爲夫。戌中有冠帶水。午以亥爲德者。午。火也。以水爲夫。亥中有相水。未以子爲德者。未。土也。以木爲夫。子中有沐浴木。申以丑爲德者。申。金也。以火爲夫。丑中有養火。酉以寅爲德者。酉。金也。以火爲夫。寅中有生火。戌以卯爲德者。戌。土也。以木爲夫。卯中有王木。亥以辰爲德者。亥。水也。以土爲夫。辰中有死土。或問云。從夫之義。生者有德。能相和養。故從。死者離背。不能和從。何以死猶爲德。答曰。婦無再醮。一降適人。便稱夫氏。雖死猶從其族。豈得生而稱之。死便捨弃。故陰之從陽。生死常存。支干合德者。子德在甲。丑德在辛。寅德在丙。卯德在丁。辰德在庚。巳徳在己。午德在戊。未德在辛。申德在壬。酉德在癸。戌德在庚。亥德在乙。此皆從子爲德也。

新字:子以巳為徳者。子。水也。以土為夫。巳中有生土。丑以午為徳者。丑。土也。以木為夫。午中有死木。寅以未為徳者。寅。木也。以金為夫。未中有冠帯金。卯以申為徳者。卯。木也。以金為夫。申中有相金。辰以酉為徳者。辰。土也。以木為夫。酉中有胎木。巳以戌為徳者。巳。火也。以水為夫。戌中有冠帯水。午以亥為徳者。午。火也。以水為夫。亥中有相水。未以子為徳者。未。土也。以木為夫。子中有沐浴木。申以丑為徳者。申。金也。以火為夫。丑中有養火。酉以寅為徳者。酉。金也。以火為夫。寅中有生火。戌以卯為徳者。戌。土也。以木為夫。卯中有王木。亥以辰為徳者。亥。水也。以土為夫。辰中有死土。或問云。従夫之義。生者有徳。能相和養。故従。死者離背。不能和従。何以死猶為徳。答曰。婦無再醮。一降適人。便称夫氏。雖死猶従其族。豈得生而称之。死便捨弃。故陰之従陽。生死常存。支干合徳者。子徳在甲。丑徳在辛。寅徳在丙。卯徳在丁。辰徳在庚。巳徳在己。午徳在戊。未徳在辛。申徳在壬。酉徳在癸。戌徳在庚。亥徳在乙。此皆従子為徳也。

書き下し

子の巳を以て徳と為すは、子は水なり、土を以て夫と為す。巳中に生土有り。丑の午を以て徳と為すは、丑は土なり、木を以て夫と為す。午中に死木有り。寅の未を以て徳と為すは、寅は木なり、金を以て夫と為す。未中に冠帯の金有り。卯の申を以て徳と為すは、卯は木なり、金を以て夫と為す。申中に相金有り。辰の酉を以て徳と為すは、辰は土なり、木を以て夫と為す。酉中に胎木有り。巳の戌を以て徳と為すは、巳は火なり、水を以て夫と為す。戌中に冠帯の水有り。午の亥を以て徳と為すは、午は火なり、水を以て夫と為す。亥中に相水有り。未の子を以て徳と為すは、未は土なり、木を以て夫と為す。子中に沐浴の木有り。申の丑を以て徳と為すは、申は金なり、火を以て夫と為す。丑中に養火有り。酉の寅を以て徳と為すは、酉は金なり、火を以て夫と為す。寅中に生火有り。戌の卯を以て徳と為すは、戌は土なり、木を以て夫と為す。卯中に王木有り。亥の辰を以て徳と為すは、亥は水なり、土を以て夫と為す。辰中に死土有り。或るひと問いて云う、夫に従うの義、生くる者は徳有り、能く相和養す、故に従う。死する者は離背して、和従すること能わず。何を以て死するも猶お徳と為すや、と。答えて曰く、婦は再醮(さいしょう)無し。一たび降りて人に適(ゆ)けば、便ち夫の氏を称す。死すと雖も猶お其の族に従う。豈に生きては之を称し、死しては便ち捨棄するを得んや。故に陰の陽に従うは、生死常に存す、と。支干合徳とは、子の徳は甲に在り、丑の徳は辛に在り、寅の徳は丙に在り、卯の徳は丁に在り、辰の徳は庚に在り、巳の徳は己に在り、午の徳は戊に在り、未の徳は辛に在り、申の徳は壬に在り、酉の徳は癸に在り、戌の徳は庚に在り、亥の徳は乙に在り。此れ皆子に従いて徳と為すなり。

現代語訳

子が巳を徳とするのは、子は水で、土を夫とするからである。巳の中には生まれたばかりの土がある。丑が午を徳とするのは、丑は土で、木を夫とするからである。午の中には死んだ木がある。寅が未を徳とするのは、寅は木で、金を夫とするからである。未の中には冠帯(成人した段階)の金がある。卯が申を徳とするのは、卯は木で、金を夫とするからである。申の中には相(王に次ぐ勢い)の金がある。辰が酉を徳とするのは、辰は土で、木を夫とするからである。酉の中には胎に宿った木がある。巳が戌を徳とするのは、巳は火で、水を夫とするからである。戌の中には冠帯の水がある。午が亥を徳とするのは、午は火で、水を夫とするからである。亥の中には相の水がある。未が子を徳とするのは、未は土で、木を夫とするからである。子の中には沐浴(生まれて産湯を使う段階)の木がある。申が丑を徳とするのは、申は金で、火を夫とするからである。丑の中には養われている火がある。酉が寅を徳とするのは、酉は金で、火を夫とするからである。寅の中には生まれたばかりの火がある。戌が卯を徳とするのは、戌は土で、木を夫とするからである。卯の中には盛んな木がある。亥が辰を徳とするのは、亥は水で、土を夫とするからである。辰の中には死んだ土がある。ある人が問うた。「夫に従うという意味なら、生きている者には徳があり、互いに和して養い合えるから従うのだろう。死んだ者は離れ背いて、和して従うことができない。どうして死んでもなお徳とするのか」。答えて言う。「妻は再婚しない。ひとたび嫁いで人のもとへ行けば、夫の姓を名乗る。夫が死んでもなおその一族に従う。どうして生きているときは名乗り、死んだらすぐ捨ててしまうことがあろうか。だから陰が陽に従うことは、生死を通じて常に変わらないのである」。支干合徳とは次のとおりである。子の徳は甲にあり、丑の徳は辛にあり、寅の徳は丙にあり、卯の徳は丁にあり、辰の徳は庚にあり、巳の徳は己にあり、午の徳は戊にあり、未の徳は辛にあり、申の徳は壬にあり、酉の徳は癸にあり、戌の徳は庚にあり、亥の徳は乙にある。これはみな子(自分が生むもの)に従って徳としたものである。

解説

十二支の支徳について、なぜその支に徳があるのかを一つずつ説明し、続いて支干合徳を挙げる段である。支徳の理屈は、各支の五行にとって「夫」にあたる五行、つまり自分を剋する五行が、徳の置かれた支の中でどういう段階にあるかによる。子は水で、夫は土、巳の中には生まれたばかりの土がある、というように、十二運の段階を使って説明している。ただ、丑の徳の午には死んだ木、亥の徳の辰には死んだ土しかないため、死んだ夫になお徳があるのかという問いが立てられ、妻は夫の死後もその家に従うという当時の婦道の理屈で答えている。支干合徳では、各支が自分の生む五行の干に徳を置き、陰陽も合わせて組み合わせている。五行の関係を夫婦・親子の倫理で語る手法がここでも徹底しているが、その倫理自体は隋代の家族観に根ざしたもので、今の感覚とはずれがある。問答の形で自説の弱点をみずから取り上げて答えるところに、体系を筋の通ったものにしようとする著者の姿勢がよく表れている。

この章句が説くこと

五行大義支徳合徳十二支十二運

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