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五行大義 / 第八論合

鶉火者。陽氣盛大。火星昬中在七星朱鳥之處也。 鶉首者。南方之宿。其形象鳥。以井爲冠。以柳爲口也。 實沈者。陰氣沈重。降實於物也。 大梁者。強也。白露已降。萬物堅強也。 降婁者。降。下也。婁。曲也。陰氣上侵。萬物萎曲也。 諏訾者。陰盛陽伏。萬物愁哀也。 凡陰陽相配。善惡理均。凶不全凶。吉不獨吉。吉終則凶。凶終則吉。故合不專合。復有離義。就支干配日辰。乃有五合五離。

新字:鶉火者。陽気盛大。火星昏中在七星朱鳥之処也。 鶉首者。南方之宿。其形象鳥。以井為冠。以柳為口也。 実沈者。陰気沈重。降実於物也。 大梁者。強也。白露已降。万物堅強也。 降婁者。降。下也。婁。曲也。陰気上侵。万物萎曲也。 諏訾者。陰盛陽伏。万物愁哀也。 凡陰陽相配。善悪理均。凶不全凶。吉不独吉。吉終則凶。凶終則吉。故合不専合。復有離義。就支干配日辰。乃有五合五離。

書き下し

鶉火とは、陽気盛大にして、火星昏(ゆうべ)に七星朱鳥の処に中するなり。 鶉首とは、南方の宿、其の形は鳥に象り、井(せい)を以て冠と為し、柳(りゅう)を以て口と為すなり。 実沈とは、陰気沈重にして、実を物に降すなり。 大梁とは、強なり。白露已に降り、万物堅強なり。 降婁とは、降は下なり、婁(ろう)は曲なり。陰気上に侵し、万物萎曲(いきょく)するなり。 諏訾とは、陰盛んにして陽伏し、万物愁哀するなり。 凡そ陰陽相配するに、善悪理均し。凶は全くは凶ならず、吉は独り吉ならず。吉終われば則ち凶、凶終われば則ち吉。故に合は専ら合せず、復た離の義有り。支干に就きて日辰に配すれば、乃ち五合五離有り。

現代語訳

鶉火という名について。陽の気が盛大で、火の星(大火)が夕暮れに、七星(星宿)すなわち朱鳥の場所で南中するからである。 鶉首という名について。南方の星宿で、その形は鳥にかたどられ、井宿を冠とし、柳宿を口とするからである。 実沈という名について。陰の気が沈み重くなり、実りを物に降ろすからである。 大梁という名について。梁とは強いということである。白露がすでに降り、万物が堅く強くなるのである。 降婁という名について。降は下ること、婁は曲がることである。陰の気が上にまで侵し、万物がしおれ曲がるのである。 諏訾という名について。陰が盛んで陽が伏し、万物が愁い悲しむのである。 およそ陰と陽とが組み合わさるとき、善と悪の道理は釣り合っている。凶はまったくの凶ではなく、吉はそれだけで吉であるわけではない。吉が極まれば凶となり、凶が極まれば吉となる。だから合はひたすら合うばかりではなく、また離れるという意味もある。十干と十二支について、それを日と時にあてはめると、五つの合と五つの離がある。

解説

十二次の名の解釈を終え、「合」には必ず「離」が伴うという話へ転じる部分である。鶉火・鶉首は南方の朱雀を鳥の姿に見立てた星座の名で、井宿を冠、柳宿を口とするという具体的な見立てが示される。実沈・大梁・降婁・諏訾は、秋から冬へ向かう季節の気の重さ、堅さ、しおれ、愁いといった様子を名に読み込んでいる。後半の「凶は全くは凶ならず、吉は独り吉ならず。吉終われば則ち凶、凶終われば則ち吉」は、陰陽思想の要をつく言葉である。陰が極まれば陽が生じ、陽が極まれば陰が生じるという循環の考え方は『易』にも『老子』にも通じ、「禍福はあざなえる縄のごとし」という言い回しとも響き合う。だから合は合うばかりでなく離れる面も持つと述べて、次の五合五離の説へ橋渡しをする。良いことの中に次の悪いことの芽を、悪いことの中に次の良いことの芽を見る見方は、目の前の出来事に一喜一憂しすぎないための知恵として今も生きている。

この章句が説くこと

五行大義十二次吉凶合離陰陽

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