導師導古典を学びたいすべての人に

五行大義 / 第七論徳

爲德在門。刑復會於門。建戌之月。乾九五爻變爲陰。剝卦用事。陽氣將盡。陰氣上達。萬物枯悴。殺害盛行。爲德在庭。而刑在巷。建亥之月。乾上九爻變爲陰。純坤復位。陽氣消除。陰氣大盛。萬物收藏。未見刑犯。爲德在堂。而刑在街。此刑德二事。出入向趣。皆以用之。彌忘拙鑿。遇德則吉。逢刑則凶。故於此釋。

新字:為徳在門。刑復会於門。建戌之月。乾九五爻変為陰。剥卦用事。陽気将尽。陰気上達。万物枯悴。殺害盛行。為徳在庭。而刑在巷。建亥之月。乾上九爻変為陰。純坤復位。陽気消除。陰気大盛。万物収蔵。未見刑犯。為徳在堂。而刑在街。此刑徳二事。出入向趣。皆以用之。弥忘拙鑿。遇徳則吉。逢刑則凶。故於此釈。

書き下し

徳は門に在りと為し、刑も復た門に会す。建戌(けんじゅつ)の月は、乾の九五の爻変じて陰と為り、剝(はく)卦事を用う。陽気将に尽きんとし、陰気上達し、万物枯悴(こすい)し、殺害盛んに行わる。徳は庭に在りて、刑は巷に在りと為す。建亥(けんがい)の月は、乾の上九の爻変じて陰と為り、純坤位に復す。陽気消除し、陰気大いに盛んにして、万物収蔵し、未だ刑犯を見ず。徳は堂に在りて、刑は街に在りと為す。此の刑徳の二事は、出入向趣、皆以て之を用う。弥(いよいよ)拙鑿(せっさく)を忘る。徳に遇えば則ち吉、刑に逢えば則ち凶。故に此に於て釈す。

現代語訳

(八月は)徳が門にあるとし、刑もまた門で徳と出会う。北斗の柄が戌を指す九月には、乾の卦の第五爻(九五)が変じて陰となり、剝(はく)の卦がその月をつかさどる。陽の気は今にも尽きようとし、陰の気は上にまで達し、万物は枯れしぼみ、殺し損なうはたらきが盛んに行われる。この月は徳が庭にあり、刑が巷(ちまた)にあるとする。北斗の柄が亥を指す十月には、乾の最上の爻(上九)も変じて陰となり、六爻すべて陰の坤の卦が本来の位置にもどる。陽の気は消えうせ、陰の気が大いに盛んになり、万物はしまい込まれて、まだ刑が犯すところは見えない。この月は徳が堂にあり、刑が街にあるとする。この刑と徳の二つのことは、出るか入るか、どちらへ向かいどこへ赴くかについて、みなこれを用いる。拙いこじつけの詮索はいよいよ忘れるべきである。徳に出会えば吉、刑に出会えば凶である。だからここで解き明かしておく。

解説

「論徳」の結びで、一年十二か月にわたって徳と刑がどこにあるかを述べてきた記述の最後の部分である。徳は生かし育てるはたらき、刑は殺し退けるはたらきで、陽と陰の消長に重ねられている。ここでは九月・十月を、易の十二消息卦で説明する。十二消息卦とは、陽の爻が一本ずつ増え、また一本ずつ陰に変わってゆく十二の卦を一年に割り当てたもので、九月は陽が上に一本だけ残る剝、十月は全部が陰の坤にあたる。陽が尽きれば徳は奥の堂へ退き、刑は外の街へ出る、という配置は、家の奥から外へと向かう空間の比喩で気の出入りを示したものである。締めくくりに、刑徳は行動の向きや出処進退を占うのに用い、徳に遇えば吉、刑に逢えば凶と述べて、理論を占いの実用へつなげている。この刑徳の考え方は兵法や選日の術に広く取り込まれた。季節の気の満ち引きに合わせて、出るときと退くときを見分けようとする態度が、ここの根にある。

この章句が説くこと

五行大義刑徳消息卦剥坤

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る