五行大義 / 第四論相生・二者論生死所
五行。土出利以給天下。龜經云。土。木動爲辰土。火動爲未土。金動爲戌土。水動爲丑土。又云。甲乙寅卯爲辰土。丙丁巳午爲未土。庚辛申酉爲戌土。壬癸亥子爲丑土。凡五行之王。各七十二日。土居四季。季十八日。并七十二日。以明土有四方。生死不同。此蓋卜筮所用。若論定位王相。及生死之處。皆以季夏六月爲土王之時。禮記云。中央土在季夏之後。此則歲之半。處四時之中央。天社。地神。人鬼。又竝在未。坤亦在未卦。主於土。故云。土德於未。終於丑。易曰。西南得朋。東北喪朋。此則明土王定在於未。墓定在辰也。五行皆以父母臨官中生者。取其盛壯能生養義。唯金在火中生者。巳中有方壯之土。能生金也。金非火不革其形。故金在火位中生。又云。金生鬼中者。金父土戊己。寄治丙丁。父不能獨養。要須母也。金在南方值己火。金得火方化。金化而水生。戊己土有化生之水。則金不畏火。己含水氣。則金之繼母也。五行皆以葬後之月而受氣者。以其死還復生。神氣不絕故也。
新字:五行。土出利以給天下。亀経云。土。木動為辰土。火動為未土。金動為戌土。水動為丑土。又云。甲乙寅卯為辰土。丙丁巳午為未土。庚辛申酉為戌土。壬癸亥子為丑土。凡五行之王。各七十二日。土居四季。季十八日。并七十二日。以明土有四方。生死不同。此蓋卜筮所用。若論定位王相。及生死之処。皆以季夏六月為土王之時。礼記云。中央土在季夏之後。此則歳之半。処四時之中央。天社。地神。人鬼。又並在未。坤亦在未卦。主於土。故云。土徳於未。終於丑。易曰。西南得朋。東北喪朋。此則明土王定在於未。墓定在辰也。五行皆以父母臨官中生者。取其盛壮能生養義。唯金在火中生者。巳中有方壮之土。能生金也。金非火不革其形。故金在火位中生。又云。金生鬼中者。金父土戊己。寄治丙丁。父不能独養。要須母也。金在南方値己火。金得火方化。金化而水生。戊己土有化生之水。則金不畏火。己含水気。則金之継母也。五行皆以葬後之月而受気者。以其死還復生。神気不絶故也。
書き下し
五行は、土、利を出だして以て天下に給す、と。亀経に云う、土は、木動けば辰の土と為り、火動けば未の土と為り、金動けば戌の土と為り、水動けば丑の土と為る、と。又云う、甲乙寅卯は辰の土と為り、丙丁巳午は未の土と為り、庚辛申酉は戌の土と為り、壬癸亥子は丑の土と為る、と。凡そ五行の王は、各七十二日。土は四季に居り、季ごとに十八日、并せて七十二日なり。以て土に四方有り、生死同じからざるを明らかにす。此れ蓋し卜筮の用うる所なり。若し定位の王相、及び生死の処を論ずれば、皆季夏六月を以て土王の時と為す。礼記に云う、中央の土は季夏の後に在り、と。此れ則ち歳の半ば、四時の中央に処る。天社・地神・人鬼、又竝びに未に在り。坤も亦未に在りて卦たり、土を主る。故に云う、土は未に徳あり、丑に終わる、と。易に曰く、西南は朋を得、東北は朋を喪う、と。此れ則ち土の王は定んで未に在り、墓は定んで辰に在るを明らかにするなり。五行皆父母の臨官の中に生ずるは、其の盛壮にして能く生養するの義を取る。唯だ金のみ火中に生ずるは、巳の中に方壮の土有り、能く金を生ずればなり。金は火に非ざれば其の形を革めず、故に金は火の位の中に生ず。又云う、金の鬼中に生ずるは、金の父は土の戊己、丙丁に寄治す。父独り養うこと能わず、要ず母を須(ま)つなり。金は南方に在りて己の火に値う。金は火を得て方に化し、金化して水生ず。戊己の土に化生の水有れば、則ち金は火を畏れず。己は水気を含む、則ち金の継母なり。五行皆葬後の月を以て気を受くるは、其の死して還りて復た生じ、神気絶えざるを以ての故なり。
現代語訳
「五行のうち、土は利益を生み出して天下に供給する」。『亀経』(亀卜の書)にはこうある。「土は、木が動けば辰の土となり、火が動けば未の土となり、金が動けば戌の土となり、水が動けば丑の土となる」。またこうもいう。「甲・乙・寅・卯は辰の土となり、丙・丁・巳・午は未の土となり、庚・辛・申・酉は戌の土となり、壬・癸・亥・子は丑の土となる」。およそ五行が盛んになる期間はそれぞれ七十二日である。土は四季の終わりに位置し、それぞれの季節に十八日、合わせて七十二日である。これによって、土には四方があり、生まれる所と死ぬ所が同じではないことを明らかにする。これはおそらく占いで用いるものである。もし定まった位置での王相(盛んなことと、それに次ぐこと)や、生と死の場所を論じるなら、みな季夏六月を土が盛んな時とする。『礼記』月令には「中央の土は季夏の後にある」とある。これは一年の半ばで、四季の真ん中にあたる。天の社、地の神、人の霊もまたみな未にある。坤もまた未の位置にある卦で、土をつかさどる。だから「土は未で徳を得て、丑で終わる」という。『易』には「西南では朋(なかま)を得て、東北では朋を失う」とある。これは、土が盛んになる所は未に定まり、墓は辰に定まることを明らかにしているのである。五行がみな父母が臨官する場所の中で生まれるのは、父母が盛んで壮んなので生み養うことができるという意味をとったものである。ただ金だけが火の中で生まれるのは、巳の中にまさに壮んな土があって、金を生むことができるからである。金は火でなければその形を改めることがない。だから金は火の位置の中で生まれるのである。またこうもいう。金が鬼(自分を剋するもの、すなわち火)の中で生まれるのは、金の父は土の戊・己であり、丙・丁(火)に身を寄せて治めているからである。父だけでは養えず、必ず母を必要とする。金は南方にあって己の火に出会う。金は火を得てはじめて変化し、金が変化して水が生じる。戊・己の土に変化して生じた水があれば、金は火を恐れない。己は水の気を含んでいるので、金の継母なのである。五行がみな葬られた後の月で気を受けるのは、死んでもまた生き返り、霊妙な気が絶えないからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
五行大義・第四論相生・二者論生死所五行は体別なり、生死の処同じからず。遍く十二月・十二辰有りて出没す。木は、気を申に受け、酉に胎し、戌に養われ、亥に生じ、子に沐浴し、丑に冠帯し、寅に臨官し、卯に王たり、辰に衰え、巳に病み、午に死し、未に葬らる。火は、気を亥に受け、子に胎し、丑に養われ、寅に生じ、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に王たり、未に衰え、申に病み、酉に死し、戌に葬らる。金は、気を寅に受け、卯に胎し、辰に養われ、巳に生じ、午に沐浴し、未に冠帯し、申に臨官し、酉に王たり、戌に衰え、亥に病み、子に死し、丑に葬らる。水は、気を巳に受け、午に胎し、未に養われ、申に生じ、酉に沐浴し、戌に冠帯し、亥に臨官し、子に王たり、丑に衰え、寅に病み、卯に死し、辰に葬らる。土は、気を亥に受け、子に胎し、丑に養われ、寅に寄行し、卯に生じ、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に王たり、申に衰病し、酉に死し、戌に葬らる。戌は是れ火の墓、火は是れ其の母、母子は葬を同じくせず。進みて丑に行く。丑は是れ金の墓、金は是れ其の子、義又合わず。還りて未に於いてせんと欲す。未は是れ木の墓、木は土の鬼たり、畏れて敢えて入らず。進み休みて辰に就く。辰は是れ水の墓、水は其の妻たり、義に於いて合と為す。遂に辰に葬らる。昔、舜は蒼梧(そうご)に葬られ、二妃従わず。故に知る、合葬は古に非ざるを。然れども季武子云う、
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数天の九は地四の偶たるなり。地の十は天五の匹たるなり。陰陽各おの合う有りて、然る後に気性相得て、施化行わるるなり。故に四時の運、五行に成る。土は四行を総べ、時の季に居りて、以て之を成すなり。五行伝及び白虎通、皆云う、「木は土に非ざれば生ぜず、根核茂栄す。火は土に非ざれば栄えず、木を得て形を著す。金は土に非ざれば成らず、範に入りて名を成す。水は土に非ざれば停まらず、隄防して盈つるを禁ず。土は微を扶け衰えを助け、其の道を成すに応ず」と。故に五行更互に土を須(ま)つ。土は四季に王として中央に居り、名を以て時を成さず。故に知る、同時に倶に起こり、但だ義を託して相生ずることを。伝に曰く、「五行並び起こり、各おの名を以て別つ」と。常に数に従う義に云う、北方の亥子は水なり、生数は一。丑は土なり、生数は五。一と五と相得て六と為る。故に水の成数は六なり。東方の寅卯は木なり、生数は三。辰は土なり、生数は五。三と五と相得て八と為る。故に木の成数は八なり。南方の巳午は火なり、生数は二。未は土なり、生数は五。二と五と相得て七と為る。故に火の成数は七なり。西方の申酉は金なり、生数は四。戌は土なり、生数は五。四と五と相得て九と為る。故に金の成数は九なり。中央の戊己は土なり、生数は五。又土の位は中に在り、其の数本五。両五相得て十と為る。故に土の成数は十なり。此れ陰陽両気各おの一周するなり。
-
五行大義・第四論相生・二者論生死所周公より已来(このかた)、未だ之を改むること有らず、と。詩に云う、穀(い)きては則ち室を異にし、死しては則ち穴を同じくす、と。蓋し以て其の義合を敦くし、骨肉同じく帰するなり。水土墓を共にするは、正に此を取るなり。又四季を以て理むる所を釈するも、斯に帰す。高堂隆は、土は未に生じ、戌に盛んに、丑に壮んに、辰に終わるを以て、長く水土の墓と為す。故に辰の日には哭せず、辰の日は喪を重ぬるを以ての故なり、と。袒踊(たんよう)の哀しみ、豈に日を移すを待たんや。高堂の説く所は、蓋し浮浅たり。其の生王の意は、又別に是れ一家なり。五行書に云う、土は火郷に寄王すること有りて、巳に生じ辰に葬らると雖も、然れども土は四季に分王し、各生死の所有り、と。辰の土は、気を申酉に受け、戌に胎し、亥に養われ、子に生じ、丑に沐浴し、寅に冠帯し、卯に臨官し、辰に王たり、巳に衰病し、午に死し、未に葬らる。未の土は、気を亥子に受け、丑に胎し、寅に養われ、卯に生じ、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に王たり、申に衰病し、酉に死し、戌に葬らる。戌の土は、気を寅卯に受け、辰に胎し、巳に養われ、午に生じ、未に沐浴し、申に冠帯し、酉に臨官し、戌に王たり、亥に衰病し、子に死し、丑に葬らる。丑の土は、気を巳午に受け、未に胎し、申に養われ、酉に生じ、戌に沐浴し、亥に冠帯し、子に臨官し、丑に王たり、寅に衰病し、卯に死し、辰に葬らる。孝経援神契に云う、
-
五行大義・第一釈名・第一釈五行名其の時は季夏。季は老なり。万物此に於いて成就し、方(まさ)に老ゆ。四時の季に王たり、故に老と曰うなり。其の位は内に処る。内は通なり。礼斗威儀(れいとい ぎ)に云う、「皇極の正気を得、黄中の徳を含み、能く万物を苞(つつ)む」と。許慎云う、「金は禁なり。陰気始めて起こり、万物禁止するなり。土、金を生ず、字は土に従い、左右の注は、金の土中に在るの形に象るなり」と。其の時は秋なり。礼記に云う、「秋の言たる愁なり。之を愁えしむるに時を以て察し、義を守る者なり」と。尸子云う、「秋は粛なり。万物粛敬恭荘せざる莫し。礼の主なり」と。説文に曰く、「天地、物を反すを秋と為す」と。其の位は西方。尚書大伝に云う、「西は鮮なり。鮮は訊なり。訊とは始めて入るの貌なり」と。釈名・広雅・白虎通、皆曰く、「水は準なり。万物を平準す」と。元命苞に曰く、「水の言たる演なり。陰化して淖濡(とうじゅ)し、流施して潜行するなり」と。故に字を立つるに、両人交わり、一の中より出づる者を水と為す。一は数の始めなり。両人は男女に譬う。陰陽交わりて以て一を起こすなり。水は五行の始め、元気の湊液(そうえき)なり。管子に云う、「水は地の血気、筋脈の通流する者なり」と。故に水と曰う。許慎云う、「其の字は泉の並び流るるに象り、中に微陽の気有り」と。其の時は冬。尸子云う、「冬は終なり。万物此に至りて終わり蔵(かく)るるなり」と。礼記に云う、「冬の言たる中なり。中は蔵なり」と。其の位は北方。尸子云う、「北は伏なり。万物冬に至りて皆伏し、貴賤一の若きなり」と。五行の時及び方位、故に分かちて之を釈す。
-
五行大義・第四論相生・一者論相生第四、相生を論ず。此に就きて分かちて三段と為す。一は相生を論じ、二は生死の所を論じ、三は四時の休王(きゅうおう)を論ず。 経に云う、天は一を生じ、北方の水に始まる。地は二を生じ、南方の火に始まる。人は三を生じ、東方の木に始まる。時は四を生じ、西方の金に始まる。五行は五を生じ、中央の土に始まる、と。又曰く、天始めて一を生ずとは、一に因りて天を生ずるなり、天、一を生ずるに非ざるなり。故に云う、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず、と。地、二を生ずとは、亦二に因りて地を生じ、三に因りて人を生じ、四に因りて時を生ず。五行は皆一に由りて生じ、数五に至りて、土最も後に在り、五を得て五行を生ずるなり。五行同じく出でて時を異にするは、出でて其の親を離れ、配偶する所有り。譬えば人の生の如し。亦同じく元気にして生じ、各一家より出で、配して夫妻と為り、子息を化生す。故に五行は皆相須(ま)ちて成るなり。五行は胎を同じくして居を異にし、先後有るのみ。夫れ五行は皆陰陽の気に資(よ)りて生ず。故に云う、濡気は水を生じ、温気は火を生じ、強気は木を生じ、剛気は金を生じ、和気は土を生ず、と。故に知る、五行は同時に起こり、義を託して相生ずるを。伝に曰く、五行竝び起こり、各名を以て別つ、と。然れども五行既に名を以て別たれ、更互に事を用い、輪転して休王す、故に相生ずるなり。潁容(えいよう)云う、凡そ五行の相生は、異類相化するを謂う。男女の姓を異にして、能く繁殖に至るが如し。若し水を以て水を済(ととの)うれば、嘉味を生ぜず、と。河間献王、温城の董君に問いて曰く、孝は天の経、地の義なりとは、何の謂いぞや、と。対えて曰く、天に五行有り、木・火・土・金・水是れなり。
-
五行大義・第四論相生・一者論相生木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。木は春たり。春は生を主り、夏は長養を主り、秋は収を主り、冬は蔵を主る。蔵は冬の成す所なり。是の故に父の生ずる所、其の子之を長じ、父の長ずる所、其の子之を養い、父の養う所、其の子之を成す。敢えて父の意を致さずんばあらず、人の道を尽くすなり。故に五行は五常なり、と。白虎通に云う、木、火を生ずとは、木の性は温暖にして、火其の中に伏し、鑽灼(さんしゃく)して出づ、故に木、火を生ず。火、土を生ずとは、火は熱し、故に能く木を焚く。木焚けて灰と成る、灰は即ち土なり。故に火、土を生ず。土、金を生ずとは、金は石に居り、山に依りて津潤して生ず。土を聚めて山と成し、山は必ず石を生ず。故に土、金を生ず。金、水を生ずとは、少陰の気は潤沢にして、津を流し金を銷(と)かせば、亦水と為る。所以に山雲りて潤いに従う。故に金、水を生ず。水、木を生ずとは、水の潤いに因りて能く生ず、故に水、木を生ずるなり、と。元命苞に云う、陽は吐き陰は化す、故に水、木を生ずるなり、と。春秋繁露に云う、東方は木、木は農の本なり。司農は仁を尚ぶ。五穀畜積し、司馬之を食む。故に木、火を生ず。火は本朝の司馬、知を尚ぶ。天の時の形兆未だ萌さざるに、昭然として独り見る。天下既に寧く、以て君臣を安んず。故に火、土を生ずるなり。土は君、信を尚ぶ。時の威武強御に因りて、以て大理司徒を成す。故に土、金を生ず。金は大理司徒、義を尚ぶ。辺境安寧にして、寇賊発せず、邑に獄訟無ければ、則ち執法司寇安し。故に金、水を生ず。水は執法司寇、礼を尚ぶ。君臣位有り、長幼序有り、百工維れ時あり、以て歳用を成す。器械既に成りて、以て司農田官に給す。故に水、木を生ず、と。両説、事義別なりと雖も、相生は是れ同じ。五行各形を定むるに、唯だ火のみ鑽灼して方に出づるは、火は是れ大陽の気、温まる故に乃ち生ず。木を鑽りて出づるは、還りて万物に寄託するのみ。聖人は名無くして、能く万物を理め、還りて万物を以て名と為すが如し。陽気は至神なり、故に隠顕有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る