五行大義 / 第四論相生・一者論相生
第四論相生就此分爲三段:一者論相生、二者論生死所、三者論四時休王。 經云。天生一。始於北方水。地生二。始於南方火。人生三。始於東方木。時生四。始於西方金。五行生五。始於中央土。又曰。天始生一者。因一而生天。非天生一也。故云。一生二。二生三。三生萬物。地生二者。亦因二而生地。因三生人。因四生時。五行皆由一而生。數至於五。土最在後。得五而生五行也。五行同出而異時者。出離其親。有所配偶。譬如人生。亦同元氣而生。各出一家。配爲夫妻。化生子息。故五行皆相須而成也。五行同胎而異居。有先後耳。夫五行皆資陰陽氣而生。故云。濡氣生水。溫氣生火。強氣生木。剛氣生金。和氣生土。故知五行同時而起。託義相生。傳曰。五行竝起。各以名別。然五行既以名別。而更互用事。輪轉休王。故相生也。穎容云。凡五行相生。謂異類相化。如男女異姓。能至繁殖。若以水濟水。不生嘉味。河閒獻王問溫城董君曰。孝者。天之經。地之義也。何謂也。對曰。天有五行。木火土金水是也。
新字:第四論相生就此分為三段:一者論相生、二者論生死所、三者論四時休王。 経云。天生一。始於北方水。地生二。始於南方火。人生三。始於東方木。時生四。始於西方金。五行生五。始於中央土。又曰。天始生一者。因一而生天。非天生一也。故云。一生二。二生三。三生万物。地生二者。亦因二而生地。因三生人。因四生時。五行皆由一而生。数至於五。土最在後。得五而生五行也。五行同出而異時者。出離其親。有所配偶。譬如人生。亦同元気而生。各出一家。配為夫妻。化生子息。故五行皆相須而成也。五行同胎而異居。有先後耳。夫五行皆資陰陽気而生。故云。濡気生水。温気生火。強気生木。剛気生金。和気生土。故知五行同時而起。託義相生。伝曰。五行並起。各以名別。然五行既以名別。而更互用事。輪転休王。故相生也。穎容云。凡五行相生。謂異類相化。如男女異姓。能至繁殖。若以水済水。不生嘉味。河閒献王問温城董君曰。孝者。天之経。地之義也。何謂也。対曰。天有五行。木火土金水是也。
書き下し
第四、相生を論ず。此に就きて分かちて三段と為す。一は相生を論じ、二は生死の所を論じ、三は四時の休王(きゅうおう)を論ず。 経に云う、天は一を生じ、北方の水に始まる。地は二を生じ、南方の火に始まる。人は三を生じ、東方の木に始まる。時は四を生じ、西方の金に始まる。五行は五を生じ、中央の土に始まる、と。又曰く、天始めて一を生ずとは、一に因りて天を生ずるなり、天、一を生ずるに非ざるなり。故に云う、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず、と。地、二を生ずとは、亦二に因りて地を生じ、三に因りて人を生じ、四に因りて時を生ず。五行は皆一に由りて生じ、数五に至りて、土最も後に在り、五を得て五行を生ずるなり。五行同じく出でて時を異にするは、出でて其の親を離れ、配偶する所有り。譬えば人の生の如し。亦同じく元気にして生じ、各一家より出で、配して夫妻と為り、子息を化生す。故に五行は皆相須(ま)ちて成るなり。五行は胎を同じくして居を異にし、先後有るのみ。夫れ五行は皆陰陽の気に資(よ)りて生ず。故に云う、濡気は水を生じ、温気は火を生じ、強気は木を生じ、剛気は金を生じ、和気は土を生ず、と。故に知る、五行は同時に起こり、義を託して相生ずるを。伝に曰く、五行竝び起こり、各名を以て別つ、と。然れども五行既に名を以て別たれ、更互に事を用い、輪転して休王す、故に相生ずるなり。潁容(えいよう)云う、凡そ五行の相生は、異類相化するを謂う。男女の姓を異にして、能く繁殖に至るが如し。若し水を以て水を済(ととの)うれば、嘉味を生ぜず、と。河間献王、温城の董君に問いて曰く、孝は天の経、地の義なりとは、何の謂いぞや、と。対えて曰く、天に五行有り、木・火・土・金・水是れなり。
現代語訳
第四、相生(五行が次々に次のものを生むこと)を論じる。ここでは三つの段に分ける。一は相生を論じ、二は生と死の場所を論じ、三は四季の休王(季節ごとの五行の盛衰)を論じる。 経にこうある。「天は一を生み、北方の水に始まる。地は二を生み、南方の火に始まる。人は三を生み、東方の木に始まる。時は四を生み、西方の金に始まる。五行は五を生み、中央の土に始まる」。またこうもいう。「天が始めて一を生むとは、一によって天が生まれるのであって、天が一を生むのではない。だから『一は二を生み、二は三を生み、三は万物を生む』という」。地が二を生むというのも、やはり二によって地が生まれるのであり、三によって人が生まれ、四によって時が生まれる。五行はみな一から生じ、数が五に至って、土が最も後になり、五を得て五行が生まれるのである。五行が同じところから出て、それぞれ時を異にするのは、出てきて親元を離れ、連れ合いを得るからである。たとえば人の生のようなものである。人もみな同じ元気(万物のもとの気)から生まれ、それぞれ一つの家から出て、組み合わさって夫婦となり、子を生み育てる。だから五行はみな互いを必要として成り立つのである。五行は同じ胎から生まれて住まいを異にし、先と後があるだけである。そもそも五行はみな陰陽の気によって生じる。だから「湿った気は水を生み、温かい気は火を生み、強い気は木を生み、剛い気は金を生み、和やかな気は土を生む」という。だから、五行は同時に起こり、意味づけのうえで互いに生むとしているのだとわかる。伝に「五行はそろって起こり、それぞれ名によって区別される」とある。しかし五行は名で区別されたうえで、かわるがわる用いられ、輪のようにめぐって休んだり盛んになったりする。だから互いに生むというのである。潁容(後漢の学者)はこういう。「およそ五行の相生とは、異なる類のものが互いに変化しあうことをいう。姓の異なる男女が結ばれて子孫が栄えるようなものである。もし水に水を足して調えても、よい味は生まれない」。河間献王(前漢の皇族で学問を好んだ)が温城の董君(董仲舒)に問うた。「『孝は天の常道であり、地の義である』とはどういう意味か」。董仲舒は答えた。「天には五行がある。木・火・土・金・水がそれである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
五行大義・第四論相生・一者論相生木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。木は春たり。春は生を主り、夏は長養を主り、秋は収を主り、冬は蔵を主る。蔵は冬の成す所なり。是の故に父の生ずる所、其の子之を長じ、父の長ずる所、其の子之を養い、父の養う所、其の子之を成す。敢えて父の意を致さずんばあらず、人の道を尽くすなり。故に五行は五常なり、と。白虎通に云う、木、火を生ずとは、木の性は温暖にして、火其の中に伏し、鑽灼(さんしゃく)して出づ、故に木、火を生ず。火、土を生ずとは、火は熱し、故に能く木を焚く。木焚けて灰と成る、灰は即ち土なり。故に火、土を生ず。土、金を生ずとは、金は石に居り、山に依りて津潤して生ず。土を聚めて山と成し、山は必ず石を生ず。故に土、金を生ず。金、水を生ずとは、少陰の気は潤沢にして、津を流し金を銷(と)かせば、亦水と為る。所以に山雲りて潤いに従う。故に金、水を生ず。水、木を生ずとは、水の潤いに因りて能く生ず、故に水、木を生ずるなり、と。元命苞に云う、陽は吐き陰は化す、故に水、木を生ずるなり、と。春秋繁露に云う、東方は木、木は農の本なり。司農は仁を尚ぶ。五穀畜積し、司馬之を食む。故に木、火を生ず。火は本朝の司馬、知を尚ぶ。天の時の形兆未だ萌さざるに、昭然として独り見る。天下既に寧く、以て君臣を安んず。故に火、土を生ずるなり。土は君、信を尚ぶ。時の威武強御に因りて、以て大理司徒を成す。故に土、金を生ず。金は大理司徒、義を尚ぶ。辺境安寧にして、寇賊発せず、邑に獄訟無ければ、則ち執法司寇安し。故に金、水を生ず。水は執法司寇、礼を尚ぶ。君臣位有り、長幼序有り、百工維れ時あり、以て歳用を成す。器械既に成りて、以て司農田官に給す。故に水、木を生ず、と。両説、事義別なりと雖も、相生は是れ同じ。五行各形を定むるに、唯だ火のみ鑽灼して方に出づるは、火は是れ大陽の気、温まる故に乃ち生ず。木を鑽りて出づるは、還りて万物に寄託するのみ。聖人は名無くして、能く万物を理め、還りて万物を以て名と為すが如し。陽気は至神なり、故に隠顕有り。
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数天の九は地四の偶たるなり。地の十は天五の匹たるなり。陰陽各おの合う有りて、然る後に気性相得て、施化行わるるなり。故に四時の運、五行に成る。土は四行を総べ、時の季に居りて、以て之を成すなり。五行伝及び白虎通、皆云う、「木は土に非ざれば生ぜず、根核茂栄す。火は土に非ざれば栄えず、木を得て形を著す。金は土に非ざれば成らず、範に入りて名を成す。水は土に非ざれば停まらず、隄防して盈つるを禁ず。土は微を扶け衰えを助け、其の道を成すに応ず」と。故に五行更互に土を須(ま)つ。土は四季に王として中央に居り、名を以て時を成さず。故に知る、同時に倶に起こり、但だ義を託して相生ずることを。伝に曰く、「五行並び起こり、各おの名を以て別つ」と。常に数に従う義に云う、北方の亥子は水なり、生数は一。丑は土なり、生数は五。一と五と相得て六と為る。故に水の成数は六なり。東方の寅卯は木なり、生数は三。辰は土なり、生数は五。三と五と相得て八と為る。故に木の成数は八なり。南方の巳午は火なり、生数は二。未は土なり、生数は五。二と五と相得て七と為る。故に火の成数は七なり。西方の申酉は金なり、生数は四。戌は土なり、生数は五。四と五と相得て九と為る。故に金の成数は九なり。中央の戊己は土なり、生数は五。又土の位は中に在り、其の数本五。両五相得て十と為る。故に土の成数は十なり。此れ陰陽両気各おの一周するなり。
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数尚書洪範篇に曰く、「五行、一に曰く水、二に曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土」と。皆其の生数なり。礼記月令篇に云う、「木の数は八、火の数は七、金の数は九、水の数は六、土の数は五」と。皆其の成数なり。唯だ土のみ生数を言う。天は一を以て水を北方に生ず、君子の位なり。陽気微かに黄泉の下に動く。始めて動くに二無し。天数と陽と合して一と為る。水は陰物と雖も、陽内に在り。陽の始めに従う、故に水の数は一なり。陽極まりて陰を生ず、陰は午に始まる。始めも亦た二無し。陰陽二気、各おの其の始め有れば、正に応に一と言うべし。而るに二と云う者は、陽の尊きを以ての故なり。尊きもの既に始めを括(くく)れば、陰は卑しくして賛和し、配するが故に能く生ず。而して陽数偶にして陰火の中に在り。火は陽物と雖も、義は陰に従い、陰の始めに配合す。故に始めに従いて義を立つ。故に火の数は二なり。老子云う、「天は一を得て以て清く、地は一を得て以て寧し」と。是れ皆一の義有り、唱和始めを同じくするを知る。是を以て云う、木は陽の動くに配して、左に東方に長ず。長ずれば則ち滋繁し、滋繁すれば則ち数増す。故に木の数は三なり。陰は陽の消ゆるを佐け、陰道右転して西に居る。陽の後に在りて、理として等しき義無し。故に金の数は四なり。陰陽の数、一周に始まり、然る後に陽中に達し、四行を総括す。苞(つつ)めば則ち弥(いよいよ)多し。故に土の数は五なり。此れ並びに生数にして、皆始めに拠ると云う。未だ成数を明らかにせず。数既に未だ成らざれば、亦た未だ用を為す能わず。穎容(えいよう)の春秋釈例に云う、
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数行を五と言うは、万物多しと雖も、数五を過ぎざるを明らかにす。故に天に在りては五星と為り、其の神は五帝と為る。孔子曰く、「昔、丘諸(これ)を老聃に聞く。云う、天に五行有り、木・金・水・火・土。其の神之を五帝と謂う」と。地に在りては五方と為り、其の鎮は五岳と為る。物理論に云う、「之を鎮むるに五岳を以てす」と。人に在りては五蔵と為り、其の候は五官なり。黄帝素問に云う、「五蔵の候は五官に在り。眼・耳・口・鼻・舌なり」と。五行は逓(たが)いに相負載し、休王相生して、万物を生成し、運用休まず、故に行と云うなり。春秋繁露に云う、「天地の気、列して五行と為る。夫れ五行は行なり」と。易の上繋に曰く、「天数は五」と。王曰く、「一・三・五・七・九を謂うなり」と。韓曰く、「五は奇なり」と。「地数は五」と。王曰く、「二・四・六・八・十を謂うなり」と。韓曰く、「五は偶なり」と。「五位相得て」と。王曰く、「五位は、金・木・水・火・土なり」と。「而して各おの合う有り」と。王曰く、「水を謂う。天に在りては一と為り、地に在りては六と為り、六と一と北に合う。火は、天に在りては七と為り、地に在りては二と為り、二と七と南に合う。金は、天に在りては九と為り、地に在りては四と為り、四と九と西に合う。木は、天に在りては三と為り、地に在りては八と為り、三と八と東に合う。土は、天に在りては五と為り、地に在りては十と為り、五と十と中に合う。故に曰く、五位相得て、各おの合う有り」と。謝曰く、「陰陽相応じ、奇偶相配し、各おの合う有るなり」と。韓曰く、「天地の数、各おの五有り。五数相配して、以て金・木・水・火・土を合成するなり」と。
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数共に一周すれば、則ち生数と為り、各おの一周すれば、則ち成数と為る。陽は軽清を以て上りて天と為り、陰は重濁を以て下りて地と為る。而して陽は第五に至りて中に入る者は、其の体躁疾なり、故に共に一周して中に入る。陰は第十に至りて方(まさ)に中に入る者は、其の体遅殿なり、故に各おの一周して始めて入るのみ。然れども五行は皆中気を得て後に成る。土は中に居りて四季に王たり、并せて須らく土以て之を成すべきなり。洪範は是れ上古創制の書なり、故に生数を言う。礼記月令は是れ時候の書なり、貴ぶ所は事業を成就するに在り、故に成数を言う。唯だ土のみ生数を言うは、土は能く生ずるを以て貴しと為し、且つ以て四行を成す、之を簡ぶに足ればなり。是れ其の能く生じ能く成すの義なり。鄭玄曰く、「天地相配するを以て、陰陽の理を取る」と。常に従うは支干の数を以て和合し、日辰を取りて用と為す。両説別なりと雖も、大意は還って同じ。終に易経の天一より地十に至るの義に会す。孝経援神契に言う、「一を以て立ち、二を以て謀り、三を以て出で、四を以て孳(ふ)え、五を以て合い、六を以て嬉(たの)しみ、七を以て変じ、八を以て舒び、九を以て列し、十を以て鈞(ひと)し」と。五行は一を以て水を立つ。一は生数たり。五を以て一に配するは、水の成数なり。故に一立ちて六嬉ぶと言う。嬉は是れ興の義なり。二は是れ火の生数、七は是れ火の成数なり。故に二謀ると言う。火は変化を以て能と為す、故に七変ずと曰う。謀るとは、其の変の始めたるを以てなり。三は木の生数、八は木の成数なり。五行は東方に始まる、故に云う、
-
五行大義・第三明数・第二論五行及生成数「五行の生数は、未だ変化して、各おの其の事を成す能わず。水は凝りて未だ流行する能わず、火は形有るも未だ炎光を生ぜず、木は精破れて体剛し、金は強くして斫(き)り、土は鹵(ろ)にして斥なり。是に於いて天は五を以て民に臨み、君之を化す。伝に曰く、五を以て成に配す」と。五を用うる所以は、天の中数なればなり。是に於いて水は五を得て、其の数六、用て能く潤下す。火は五を得て、其の数七、用て能く炎上す。木は五を得て、其の数八、用て能く曲直す。金は五を得て、其の数九、用て能く従革す。土は五を得て、其の数十、用て能く稼穡す。鄭玄云う、「数若し止だ五のみならば、則ち陽に匹偶無く、陰に配義無し。故に之を合わせて数を成すなり。奇は、陽始めを唱え、制を為し度を為す。偶は、陰の本、陽を得て乃ち成る。故に天は一を以て始めて水を北方に生じ、地は其の六を以て之を成し、其れをして流潤せしむるなり。地は二を以て火を南方に生じ、天は七を以て之を成し、其れをして光曜せしむるなり。天は三を以て木を東方に生じ、地は其の八を以て之を成し、其れをして舒長盛大ならしむるなり。地は四を以て金を西方に生じ、天は九を以て之を成し、其れをして剛利にして文章有らしむるなり。天は五を以て気を中央に合わせ、土を生じ、地は十を以て之を成し、以て天地の間の有る所の物を備うるなり。之を合わすれば、則ち地の六は天一の匹たるなり。天の七は地二の偶たるなり。地の八は天三の匹たるなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る