五行大義 / 第四論相生・二者論生死所
五行體別。生死之處不同。遍有十二月。十二辰。而出沒。木。受氣於申。胎於酉。養於戌。生於亥。沐浴於子。冠帶於丑。臨官於寅。王於卯。衰於辰。病於巳。死於午。葬於未。火。受氣於亥。胎於子。養於丑。生於寅。沐浴於卯。冠帶於辰。臨官於巳。王於午。衰於未。病於申。死於酉。葬於戌。金。受氣於寅。胎於卯。養於辰。生於巳。沐浴於午。冠帶於未。臨官於申。王於酉。衰於戌。病於亥。死於子。葬於丑。水。受氣於巳。胎於午。養於未。生於申。沐浴於酉。冠帶於戌。臨官於亥。王於子。衰於丑。病於寅。死於卯。葬於辰。土。受氣於亥。胎於子。養於丑。寄行於寅。生於卯。沐浴於辰。冠帶於巳。臨官於午。王於未。衰病於申。死於酉。葬於戌。戌是火墓。火是其母。母子不同葬。進行於丑。丑是金墓。金是其子。義又不合。欲還於未。未是木墓。木爲土鬼。畏不敢入。進休就辰。辰是水墓。水爲其妻。於義爲合。遂葬於辰。昔舜葬蒼梧。二妃不從。故知合葬非古。然季武子云。
新字:五行体別。生死之処不同。遍有十二月。十二辰。而出没。木。受気於申。胎於酉。養於戌。生於亥。沐浴於子。冠帯於丑。臨官於寅。王於卯。衰於辰。病於巳。死於午。葬於未。火。受気於亥。胎於子。養於丑。生於寅。沐浴於卯。冠帯於辰。臨官於巳。王於午。衰於未。病於申。死於酉。葬於戌。金。受気於寅。胎於卯。養於辰。生於巳。沐浴於午。冠帯於未。臨官於申。王於酉。衰於戌。病於亥。死於子。葬於丑。水。受気於巳。胎於午。養於未。生於申。沐浴於酉。冠帯於戌。臨官於亥。王於子。衰於丑。病於寅。死於卯。葬於辰。土。受気於亥。胎於子。養於丑。寄行於寅。生於卯。沐浴於辰。冠帯於巳。臨官於午。王於未。衰病於申。死於酉。葬於戌。戌是火墓。火是其母。母子不同葬。進行於丑。丑是金墓。金是其子。義又不合。欲還於未。未是木墓。木為土鬼。畏不敢入。進休就辰。辰是水墓。水為其妻。於義為合。遂葬於辰。昔舜葬蒼梧。二妃不従。故知合葬非古。然季武子云。
書き下し
五行は体別なり、生死の処同じからず。遍く十二月・十二辰有りて出没す。木は、気を申に受け、酉に胎し、戌に養われ、亥に生じ、子に沐浴し、丑に冠帯し、寅に臨官し、卯に王たり、辰に衰え、巳に病み、午に死し、未に葬らる。火は、気を亥に受け、子に胎し、丑に養われ、寅に生じ、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に王たり、未に衰え、申に病み、酉に死し、戌に葬らる。金は、気を寅に受け、卯に胎し、辰に養われ、巳に生じ、午に沐浴し、未に冠帯し、申に臨官し、酉に王たり、戌に衰え、亥に病み、子に死し、丑に葬らる。水は、気を巳に受け、午に胎し、未に養われ、申に生じ、酉に沐浴し、戌に冠帯し、亥に臨官し、子に王たり、丑に衰え、寅に病み、卯に死し、辰に葬らる。土は、気を亥に受け、子に胎し、丑に養われ、寅に寄行し、卯に生じ、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に王たり、申に衰病し、酉に死し、戌に葬らる。戌は是れ火の墓、火は是れ其の母、母子は葬を同じくせず。進みて丑に行く。丑は是れ金の墓、金は是れ其の子、義又合わず。還りて未に於いてせんと欲す。未は是れ木の墓、木は土の鬼たり、畏れて敢えて入らず。進み休みて辰に就く。辰は是れ水の墓、水は其の妻たり、義に於いて合と為す。遂に辰に葬らる。昔、舜は蒼梧(そうご)に葬られ、二妃従わず。故に知る、合葬は古に非ざるを。然れども季武子云う、
現代語訳
五行はそれぞれ本体が別であり、生まれる所と死ぬ所が同じではない。十二か月、十二支のすべてにわたって、現れたり消えたりする。木は、申で気を受け、酉で胎に宿り、戌で養われ、亥で生まれ、子で産湯を使い(沐浴)、丑で成人して冠と帯をつけ(冠帯)、寅で官に就き(臨官)、卯で最も盛んになり(王)、辰で衰え、巳で病み、午で死に、未で葬られる。火は、亥で気を受け、子で胎に宿り、丑で養われ、寅で生まれ、卯で沐浴し、辰で冠帯し、巳で臨官し、午で王となり、未で衰え、申で病み、酉で死に、戌で葬られる。金は、寅で気を受け、卯で胎に宿り、辰で養われ、巳で生まれ、午で沐浴し、未で冠帯し、申で臨官し、酉で王となり、戌で衰え、亥で病み、子で死に、丑で葬られる。水は、巳で気を受け、午で胎に宿り、未で養われ、申で生まれ、酉で沐浴し、戌で冠帯し、亥で臨官し、子で王となり、丑で衰え、寅で病み、卯で死に、辰で葬られる。土は、亥で気を受け、子で胎に宿り、丑で養われ、寅に身を寄せて行き、卯で生まれ、辰で沐浴し、巳で冠帯し、午で臨官し、未で王となり、申で衰えて病み、酉で死に、戌で葬られるはずである。ところが戌は火の墓であり、火は土の母である。母と子は同じ所に葬られない。そこで進んで丑に行く。丑は金の墓であり、金は土の子であるから、これもまた道理に合わない。引き返して未に葬られようとする。未は木の墓であり、木は土にとって鬼(自分を剋するもの)であるから、恐れて入ろうとしない。さらに進んで辰に落ち着く。辰は水の墓であり、水は土の妻(土が剋するもの)であるから、道理のうえで合う。こうして辰に葬られるのである。昔、舜は蒼梧に葬られたが、二人の妃(娥皇と女英)は同じ所に葬られなかった。だから合葬は古くからのことではないとわかる。しかし季武子(春秋時代の魯の大夫)はこう言っている。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第四論相生・二者論生死所五行は、土、利を出だして以て天下に給す、と。亀経に云う、土は、木動けば辰の土と為り、火動けば未の土と為り、金動けば戌の土と為り、水動けば丑の土と為る、と。又云う、甲乙寅卯は辰の土と為り、丙丁巳午は未の土と為り、庚辛申酉は戌の土と為り、壬癸亥子は丑の土と為る、と。凡そ五行の王は、各七十二日。土は四季に居り、季ごとに十八日、并せて七十二日なり。以て土に四方有り、生死同じからざるを明らかにす。此れ蓋し卜筮の用うる所なり。若し定位の王相、及び生死の処を論ずれば、皆季夏六月を以て土王の時と為す。礼記に云う、中央の土は季夏の後に在り、と。此れ則ち歳の半ば、四時の中央に処る。天社・地神・人鬼、又竝びに未に在り。坤も亦未に在りて卦たり、土を主る。故に云う、土は未に徳あり、丑に終わる、と。易に曰く、西南は朋を得、東北は朋を喪う、と。此れ則ち土の王は定んで未に在り、墓は定んで辰に在るを明らかにするなり。五行皆父母の臨官の中に生ずるは、其の盛壮にして能く生養するの義を取る。唯だ金のみ火中に生ずるは、巳の中に方壮の土有り、能く金を生ずればなり。金は火に非ざれば其の形を革めず、故に金は火の位の中に生ず。又云う、金の鬼中に生ずるは、金の父は土の戊己、丙丁に寄治す。父独り養うこと能わず、要ず母を須(ま)つなり。金は南方に在りて己の火に値う。金は火を得て方に化し、金化して水生ず。戊己の土に化生の水有れば、則ち金は火を畏れず。己は水気を含む、則ち金の継母なり。五行皆葬後の月を以て気を受くるは、其の死して還りて復た生じ、神気絶えざるを以ての故なり。
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五行大義・第四論相生・二者論生死所周公より已来(このかた)、未だ之を改むること有らず、と。詩に云う、穀(い)きては則ち室を異にし、死しては則ち穴を同じくす、と。蓋し以て其の義合を敦くし、骨肉同じく帰するなり。水土墓を共にするは、正に此を取るなり。又四季を以て理むる所を釈するも、斯に帰す。高堂隆は、土は未に生じ、戌に盛んに、丑に壮んに、辰に終わるを以て、長く水土の墓と為す。故に辰の日には哭せず、辰の日は喪を重ぬるを以ての故なり、と。袒踊(たんよう)の哀しみ、豈に日を移すを待たんや。高堂の説く所は、蓋し浮浅たり。其の生王の意は、又別に是れ一家なり。五行書に云う、土は火郷に寄王すること有りて、巳に生じ辰に葬らると雖も、然れども土は四季に分王し、各生死の所有り、と。辰の土は、気を申酉に受け、戌に胎し、亥に養われ、子に生じ、丑に沐浴し、寅に冠帯し、卯に臨官し、辰に王たり、巳に衰病し、午に死し、未に葬らる。未の土は、気を亥子に受け、丑に胎し、寅に養われ、卯に生じ、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に王たり、申に衰病し、酉に死し、戌に葬らる。戌の土は、気を寅卯に受け、辰に胎し、巳に養われ、午に生じ、未に沐浴し、申に冠帯し、酉に臨官し、戌に王たり、亥に衰病し、子に死し、丑に葬らる。丑の土は、気を巳午に受け、未に胎し、申に養われ、酉に生じ、戌に沐浴し、亥に冠帯し、子に臨官し、丑に王たり、寅に衰病し、卯に死し、辰に葬らる。孝経援神契に云う、
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五行大義・第三明数・第二論五行及生成数天の九は地四の偶たるなり。地の十は天五の匹たるなり。陰陽各おの合う有りて、然る後に気性相得て、施化行わるるなり。故に四時の運、五行に成る。土は四行を総べ、時の季に居りて、以て之を成すなり。五行伝及び白虎通、皆云う、「木は土に非ざれば生ぜず、根核茂栄す。火は土に非ざれば栄えず、木を得て形を著す。金は土に非ざれば成らず、範に入りて名を成す。水は土に非ざれば停まらず、隄防して盈つるを禁ず。土は微を扶け衰えを助け、其の道を成すに応ず」と。故に五行更互に土を須(ま)つ。土は四季に王として中央に居り、名を以て時を成さず。故に知る、同時に倶に起こり、但だ義を託して相生ずることを。伝に曰く、「五行並び起こり、各おの名を以て別つ」と。常に数に従う義に云う、北方の亥子は水なり、生数は一。丑は土なり、生数は五。一と五と相得て六と為る。故に水の成数は六なり。東方の寅卯は木なり、生数は三。辰は土なり、生数は五。三と五と相得て八と為る。故に木の成数は八なり。南方の巳午は火なり、生数は二。未は土なり、生数は五。二と五と相得て七と為る。故に火の成数は七なり。西方の申酉は金なり、生数は四。戌は土なり、生数は五。四と五と相得て九と為る。故に金の成数は九なり。中央の戊己は土なり、生数は五。又土の位は中に在り、其の数本五。両五相得て十と為る。故に土の成数は十なり。此れ陰陽両気各おの一周するなり。
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五行大義・第四論相生・三者論四時休王趙怡(ちょうい)云う、五行の位、其の方を得るを盛と為し、其の畏るる所を得るを終と為す。故に木は金を畏る。甲は女弟乙を以て庚に妻(めあわ)す。庚は木の気を得、故に木は金郷に胎して、水中に生じ、其の方に盛んに、火郷に衰う。火中に生金有り、故に未に終わる。西方に至りて木終わるは、金王たるを以てなり。丙は女弟丁を以て壬に妻す。壬は火の気を得、故に火は水郷に胎し、木中に生じ、其の方に盛んに、金の位に衰え、北方に至りて終わるは、水王たるを以てなり。戊は女弟己を以て甲に妻す。甲は土の気を得、故に土は木郷に胎して、火中に生じ、其の位に盛んに、水郷に衰え、東方に至りて終わるは、木王たるを以てなり。庚は女弟辛を以て丙に妻す。丙は金の気を得、故に金は火郷に胎し、火の位に生じ、其の方に盛んに、水郷に衰え、東方に至りて終わるは、生火有ればなり。壬は女弟癸を以て戊に妻す。戊は水の気を得、故に水は土郷に胎し、金中に生じ、其の方に盛んに、木郷に衰え、南方に至りて終わるは、強土有ればなり。更互に相生じ相畏れ、終始絶えざるの義なり。
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五行大義・第四論相生・一者論相生第四、相生を論ず。此に就きて分かちて三段と為す。一は相生を論じ、二は生死の所を論じ、三は四時の休王(きゅうおう)を論ず。 経に云う、天は一を生じ、北方の水に始まる。地は二を生じ、南方の火に始まる。人は三を生じ、東方の木に始まる。時は四を生じ、西方の金に始まる。五行は五を生じ、中央の土に始まる、と。又曰く、天始めて一を生ずとは、一に因りて天を生ずるなり、天、一を生ずるに非ざるなり。故に云う、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず、と。地、二を生ずとは、亦二に因りて地を生じ、三に因りて人を生じ、四に因りて時を生ず。五行は皆一に由りて生じ、数五に至りて、土最も後に在り、五を得て五行を生ずるなり。五行同じく出でて時を異にするは、出でて其の親を離れ、配偶する所有り。譬えば人の生の如し。亦同じく元気にして生じ、各一家より出で、配して夫妻と為り、子息を化生す。故に五行は皆相須(ま)ちて成るなり。五行は胎を同じくして居を異にし、先後有るのみ。夫れ五行は皆陰陽の気に資(よ)りて生ず。故に云う、濡気は水を生じ、温気は火を生じ、強気は木を生じ、剛気は金を生じ、和気は土を生ず、と。故に知る、五行は同時に起こり、義を託して相生ずるを。伝に曰く、五行竝び起こり、各名を以て別つ、と。然れども五行既に名を以て別たれ、更互に事を用い、輪転して休王す、故に相生ずるなり。潁容(えいよう)云う、凡そ五行の相生は、異類相化するを謂う。男女の姓を異にして、能く繁殖に至るが如し。若し水を以て水を済(ととの)うれば、嘉味を生ぜず、と。河間献王、温城の董君に問いて曰く、孝は天の経、地の義なりとは、何の謂いぞや、と。対えて曰く、天に五行有り、木・火・土・金・水是れなり。
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五行大義・第四論相生・一者論相生木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。木は春たり。春は生を主り、夏は長養を主り、秋は収を主り、冬は蔵を主る。蔵は冬の成す所なり。是の故に父の生ずる所、其の子之を長じ、父の長ずる所、其の子之を養い、父の養う所、其の子之を成す。敢えて父の意を致さずんばあらず、人の道を尽くすなり。故に五行は五常なり、と。白虎通に云う、木、火を生ずとは、木の性は温暖にして、火其の中に伏し、鑽灼(さんしゃく)して出づ、故に木、火を生ず。火、土を生ずとは、火は熱し、故に能く木を焚く。木焚けて灰と成る、灰は即ち土なり。故に火、土を生ず。土、金を生ずとは、金は石に居り、山に依りて津潤して生ず。土を聚めて山と成し、山は必ず石を生ず。故に土、金を生ず。金、水を生ずとは、少陰の気は潤沢にして、津を流し金を銷(と)かせば、亦水と為る。所以に山雲りて潤いに従う。故に金、水を生ず。水、木を生ずとは、水の潤いに因りて能く生ず、故に水、木を生ずるなり、と。元命苞に云う、陽は吐き陰は化す、故に水、木を生ずるなり、と。春秋繁露に云う、東方は木、木は農の本なり。司農は仁を尚ぶ。五穀畜積し、司馬之を食む。故に木、火を生ず。火は本朝の司馬、知を尚ぶ。天の時の形兆未だ萌さざるに、昭然として独り見る。天下既に寧く、以て君臣を安んず。故に火、土を生ずるなり。土は君、信を尚ぶ。時の威武強御に因りて、以て大理司徒を成す。故に土、金を生ず。金は大理司徒、義を尚ぶ。辺境安寧にして、寇賊発せず、邑に獄訟無ければ、則ち執法司寇安し。故に金、水を生ず。水は執法司寇、礼を尚ぶ。君臣位有り、長幼序有り、百工維れ時あり、以て歳用を成す。器械既に成りて、以て司農田官に給す。故に水、木を生ず、と。両説、事義別なりと雖も、相生は是れ同じ。五行各形を定むるに、唯だ火のみ鑽灼して方に出づるは、火は是れ大陽の気、温まる故に乃ち生ず。木を鑽りて出づるは、還りて万物に寄託するのみ。聖人は名無くして、能く万物を理め、還りて万物を以て名と為すが如し。陽気は至神なり、故に隠顕有り。
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