五行大義 / 第三明数・第五論九宮数
疾者。榜笞毆擊。疾臥養視也。憂。論作望。兢朝日也。惡。髡𨱫赭剝。戮辱錮棄也。貧。償贓賦。沒財產也。弱。離邑里。徙邊地。以戒後也。此罪罰之理居後故數九。又云。離既在午。以爲子衝。極則還反。故離最其末。以爲九宮之數。離爲明。人君南面以聽政。象離之明。刑罰須明。故在南方。故云。萬物率盈實也。宮唯有九。不十者。八方與中央。數終於九。上配九天。九星。二十八宿。下配五岳。四瀆。九州也。九宮。經言。一主恒山。二主三江。三主太山。四主淮。五主嵩高。六主河。七主華山。八主濟。九主霍山。又。一爲冀州。二爲荆州。三爲青州。四爲徐州。五爲豫州。六爲雍州。七爲梁州。八爲兗州。九爲揚州。九州之名。互有改變。禹貢九州。卽此配。唐時名同者。以堯命禹治洪水。分九州。因而不易。故周虞有十二州。加幽并營。舜以青州越海。分齊爲營州。冀州南北太遠。分衛爲并州。燕以北分置幽州。殷時九州。有幽營。無青梁。周官九州。有幽并。無徐梁。漢立十二州。增交益焉。
新字:疾者。榜笞殴撃。疾臥養視也。憂。論作望。兢朝日也。悪。髡𨱫赭剥。戮辱錮棄也。貧。償贓賦。没財産也。弱。離邑里。徙辺地。以戒後也。此罪罰之理居後故数九。又云。離既在午。以為子衝。極則還反。故離最其末。以為九宮之数。離為明。人君南面以聴政。象離之明。刑罰須明。故在南方。故云。万物率盈実也。宮唯有九。不十者。八方与中央。数終於九。上配九天。九星。二十八宿。下配五岳。四瀆。九州也。九宮。経言。一主恒山。二主三江。三主太山。四主淮。五主嵩高。六主河。七主華山。八主済。九主霍山。又。一為冀州。二為荆州。三為青州。四為徐州。五為予州。六為雍州。七為梁州。八為兗州。九為揚州。九州之名。互有改変。禹貢九州。即此配。唐時名同者。以堯命禹治洪水。分九州。因而不易。故周虞有十二州。加幽并営。舜以青州越海。分斉為営州。冀州南北太遠。分衛為并州。燕以北分置幽州。殷時九州。有幽営。無青梁。周官九州。有幽并。無徐梁。漢立十二州。增交益焉。
書き下し
疾とは、榜笞(ぼうち)殴撃し、疾臥して養視するなり。憂は、論じて望と作す、朝日を兢(おそ)るるなり。悪は、髡𨱫(こんけん)赭剥(しゃはく)し、戮辱錮棄(りくじょくこき)するなり。貧は、贓賦を償い、財産を没するなり。弱は、邑里を離れ、辺地に徙(うつ)し、以て後を戒むるなり。此れ罪罰の理、後に居る、故に数は九なり。又云う、離(り)既に午に在り、以て子の衝と為す。極まれば則ち還り反る、故に離は最も其の末にして、以て九宮の数と為す。離は明たり。人君南面して以て政を聴くは、離の明に象る。刑罰は須らく明なるべし、故に南方に在り。故に云う、万物率(おおむ)ね盈実するなり、と。宮唯だ九有りて十ならざるは、八方と中央とにて、数九に終わる。上は九天・九星・二十八宿に配し、下は五岳・四瀆(しとく)・九州に配するなり。九宮経に言う、一は恒山を主り、二は三江を主り、三は太山を主り、四は淮を主り、五は嵩高を主り、六は河を主り、七は華山を主り、八は済を主り、九は霍山を主る、と。又、一は冀州たり、二は荆州たり、三は青州たり、四は徐州たり、五は豫州たり、六は雍州たり、七は梁州たり、八は兗州たり、九は揚州たり。九州の名、互いに改変有り。禹貢の九州、即ち此の配なり。唐の時の名同じきは、堯、禹に命じて洪水を治めしめ、九州を分かつを以て、因りて易えず。故に周・虞に十二州有り、幽・并・営を加う。舜は青州の海を越ゆるを以て、斉を分かちて営州と為す。冀州は南北太だ遠し、衛を分かちて并州と為す。燕以北を分かちて幽州を置く。殷の時の九州は、幽・営有りて青・梁無し。周官の九州は、幽・并有りて徐・梁無し。漢は十二州を立て、交・益を増す。
現代語訳
疾とは、棒や鞭で打ちすえ、病んで寝込み看病を受けることである。憂とは、罪を論じられて沙汰を待つ身となり、毎朝おびえて過ごすことである。悪とは、髪を剃り首かせをはめ、赤い囚人服を着せて身ぐるみはぎ、辱めを加えて禁錮し見捨てることである。貧とは、不正に得た財を弁償させ、財産を没収することである。弱とは、郷里を離れさせ、辺境に移して、後の人への戒めとすることである。これらは罪と罰の理であるから最後に置かれ、それで数は九である。またこうもいう。離(り)は午(南)にあり、子(北)と向かい合う衝(正反対の位置)となる。極まれば元へ引き返すので、離は最も末に置かれ、九宮の数の九となる。離は明るさである。君主が南を向いて政治を聴くのは、離の明るさにかたどったものである。刑罰は明らかでなければならないので、南方にある。だから「万物がおおむね満ち実る」という。宮が九つだけで十でないのは、八方と中央で、数は九で終わるからである。上は九天・九星・二十八宿に配当し、下は五岳(五つの名山)・四瀆(長江・黄河・淮水・済水の四大河)・九州に配当する。『九宮経』には「一は恒山をつかさどり、二は三江をつかさどり、三は泰山をつかさどり、四は淮水をつかさどり、五は嵩山をつかさどり、六は黄河をつかさどり、七は華山をつかさどり、八は済水をつかさどり、九は霍山をつかさどる」とある。また、一は冀州、二は荊州、三は青州、四は徐州、五は豫州、六は雍州、七は梁州、八は兗州、九は揚州である。九州の名は時代によって互いに改められている。『尚書』禹貢の九州がこの配当である。唐(堯の時代)と名が同じなのは、堯が禹に命じて洪水を治めさせ、九州を分けたので、それを受け継いで改めなかったからである。そして周と虞(舜)には十二州があり、幽州・并州・営州が加えられた。舜は青州が海を越えて広がっているので、斉を分けて営州とした。冀州は南北があまりに遠いので、衛を分けて并州とした。燕より北を分けて幽州を置いた。殷の時代の九州には幽州と営州があって青州と梁州がない。『周礼』の九州には幽州と并州があって徐州と梁州がない。漢は十二州を立て、交州と益州を増やした。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第三明数・第五論九宮数坤艮は俱に土なり、故に地の経を取りて、正南・正北に居る。此れ竝びに周礼職方の始めの位に依る。宮位微しく移ると雖も、五行の気は一なり。此の九州は上、九天の分に対し、二十八宿之に属す。淮南子に云う、中央は鈞天(きんてん)、数は五、其の星は角・亢・氐(かく・こう・てい)、韓・鄭の分なり。鈞は極なり。四方に布極す、亦極天と曰う。四行の主たり。中宮豫州に対す。東方は蒼天、数は三、其の星は房・心・尾、房・心は宋の分、尾は燕の分。東方は色青きなり。震宮青州に対す。東北は変天、数は八、其の星は箕・斗・牛、箕は燕の分、斗は呉の分、牛は岱の分。水の季、陰気尽き、陽始めて作(おこ)り、万物将に変ぜんとす。艮宮兗州に対す。北方は玄天、数は一、其の星は女・虚・危・室、女は越の分、虚・危は斉の分、室は衛の分。水の色は黒、故に玄天と云う。坎宮冀州に対す。西北は幽天、数は六、其の星は壁・奎・婁(へき・けい・ろう)、壁は衛の分、奎・婁は魯の分。金の季、即ち太陰にして幽闇なり。乾宮雍州に対す。西方は昊天(こうてん)、数は七、其の星は胃・昴・畢(い・ぼう・ひつ)、胃は魯の分、畢・昴は趙の分。金の色は白、故に昊天と曰う。兌宮梁州に対す。西南は朱天、数は二、其の星は觜・参・井(し・しん・せい)、觜・参は晋の分、井は秦の分。火の季に居り、陽の色は朱なり。坤宮荆州に対す。南方は炎天、数は九、其の星は鬼・柳・星、鬼は秦の分なり、柳・星は周の分なり。火の性は炎上す、故に炎天と曰うなり。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数雍は西北の位に居り、陽の至らざる所、陰気壅閼(ようあつ)す、取りて以て名と為す、と。其の地は西は黒水に拠り、東は西河に距る。禹貢に云う、黒水西河は惟れ雍州、と。呂氏に云う、雍州は秦なり、と。爾雅に云う、河西を雍州と曰う、と。梁州とは、太康地記に云う、梁は剛なり。西方金剛の気を取り、剛強を以て名と為すなり、と。其の地は東は華山に拠り、西は黒水に距る。禹貢に曰く、華陽黒水は惟れ梁州、と。兗州とは、釈名に云う、兗水を取りて名と為す、と。太康地記に曰く、其の信を履み貞正を稟くるの意を辨ずるなり、と。其の地は東南は済に拠り、西北は河に距る。禹貢に曰く、済河は惟れ兗州、と。揚州とは、釈名に云う、揚州は水多く、水波揚がるなり、と。其の地は北は淮に拠り、東は海に距る。禹貢に云う、淮海は惟れ揚州、と。呂氏に曰く、揚州は越なり、と。爾雅に曰く、江南を揚州と曰う、と。今、九宮の位に依れば、冀州は正北、坎宮に在り。荆州は西南、坤宮に在り。青州は正東、震宮に在り。徐州は東南、巽宮に在り。豫州は中央、中宮に在り。雍州は西北、乾宮に在り。梁州は正西、兌宮に在り。兗州は東北、艮宮に在り。揚州は正南、離宮に在り。其の位、此の解と相似たり。太一は兗州を以て正北、坎の位に在りとし、青州は東北、艮の位に在り、徐州は正東、震の位に在り、揚州は東南、巽の位に在り、荆州は正南、離の位に在り、梁州は西南、坤の位に在り、雍州は正西、兌の位に在り、冀州は西北、乾の位に在りとす。此れ竝びに五行本始の気に従う。西北は亥の地、故に坎水之に居る。東北は寅の地、故に震木之に居る。東南は巳の地、故に離火之に居る。西南は申の地、故に兌金之に居る。乾は金たり、故に本の金の位に従う。巽は木たり、故に本の木の位に従う。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数又云う、兌(だ)は正西なり。卯酉(ぼうゆう)は天地の門たり。卯は始めを主り、酉は終わりを主る。故に斗、卯を指せば則ち万物皆出で、酉を指せば則ち万物皆入る。兌は七星の数に応ず。兌は金たり、悦言を主る、故に西方に在り。故に云う、吉凶を決定し、疑う所を分別するなり、と。庶徴の数、八にして東北に在るは、庶徴とは衆徴なり。王者より以て衆庶に及ぶまで、内に咎過を省み、外に徴祥を察せざる莫し。徴に順い機を知れば、則ち禍患無し。其の過ちを審らかにせず、庶徴を念わざれば、則ち禍至るも悟らず、敗亡日無からん。機徴の見るること有らば、必ず恭しく上帝に事え、用て過ちを為さざれば、則ち降すに福応を以てす。詩に云う、昭らかに上帝に事え、聿(ここ)に多福を懐(きた)す、と。如し善を共御せず、上帝を畏れざれば、群神乃ち怒り、必ず譴罰有り。数の八なるは、七の後に次ぐなり。又云う、艮(ごん)八、東北に在り。艮は是れ止むの義、艮は径路たり。万物大いに震に出で、小しく艮に出づ。震は衆男の長たり、艮は衆男の少たり。故に八卦の数に応ず。艮既に止むたり、悪を止め善に就かしむるなり。故に東北に在り。故に云う、粛敬は徳の方、狂僭は乱行、と。五福六極、数九にして南方に在り。五福は寿・富・康寧・攸好徳(ゆうこうとく)・考終命なり。寿とは、孝悌道徳備わり、然る後に神丹を脩め、寿命を延ぶ。富とは、徳化の及ぶ所、豊穣にして闕くる無し。康寧とは、国化安寧にして、長く楽しみ事無し。攸好徳とは、理を論じ類を比し、善を進め悪を抑う。考終命とは、時に順い務めを成し、以て寿命あるべく、統べて善徳を著す。六極とは、凶短折・疾・憂・悪・貧・弱なり。凶短折とは、斬梟誅裂(ざんきょうちゅうれつ)、大罪なり。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数九宮は、上は天に分かれ、下は地に別る。各おの九位を以てす。天は則ち二十八宿、北斗九星、地は則ち四方四維、及び中央、九有(きゅうゆう)に分配す。之を宮と謂うは、皆神の遊処する所なり、故に以て宮と名づくるなり。鄭司農云う、「太一は八卦の宮を行き、四毎に乃ち中央に入る。中央と云うは、地神の居る所なり、故に之を九宮と謂う」と。易緯乾鑿度(けんさくど)に云う、「易は一陰一陽之を道と謂うなり。故に太一は其の数を取りて、以て九宮を行く」と。易に曰く、「天一、地二、天三、地四、天五、地六、天七、地八、天九、地十」と。天地の数、合わせて五十有五。九宮の用うるは、天は一を除き、地は二を除き、人は三を除き、余は四十九、以て蓍策の数に当つ。又四時は四を除き、余は四十五。五は五行、四十は五行の成数なり。之を合わすれば、則ち一節の数なり。分かちて五方に置き、方ごとに各おの九なるは、一時九十日の数なり。四方は四時を成すなり。三宮相対して、十五に止まるは、一気の数たり、二十四気を成すなり。尚書洪範に云う、「初一に曰く、五行」と。位は北方に在り、陽気の始め、万物将に萌さんとす。「次二に曰く、敬しみて五事を用う」と。位は西南方に在り、謙虚にして徳に就き、朝謁嘉慶す。「次三に曰く、農(つと)めて八政を用う」と。位は東方に在り、百穀を耕種し、麻枲(まし)蚕桑す。「次四に曰く、協(あ)わせて五紀を用う」と。位は東南方に在り、日月星辰、雲雨並び興る。「次五に曰く、建つるに皇極を用う」と。位は中宮に在り、百官表を立て、政は公卿を化す。「次六に曰く、乂(おさ)むるに三徳を用う」と。位は西北に在り、強暴を抑伏し、獄訟を断制す。「次七に曰く、明らかにするに稽疑を用う」と。位は西方に在り、吉凶を決定し、疑う所を分別す。「次八に曰く、念いて庶徴を用う」と。位は東北に在り、粛敬して方を徳とし、
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五行大義・第三明数・第五論九宮数離宮揚州に対す。東南は陽天、数は四、其の星は張・翼・軫(ちょう・よく・しん)、張は周の分、翼・軫は楚の分。木の季、将に太陽に即かんとす、故に陽天と曰うなり。巽宮徐州に対す。此の九天は、亦北斗九星の数に属す、故に下は九州に対す。炎天は数九、斗の第一枢星に属し、離宮に応じ、揚州に対す。変天は数八、斗の第二璇星(せんせい)に属し、艮宮に応じ、兗州に対す。昊天は数七、斗の第三璣星(きせい)に属し、兌宮に応じ、梁州に対す。幽天は数六、斗の第四権星に属し、乾宮に応じ、雍州に対す。鈞天は数五、斗の第五衡星に属し、中宮に応じ、豫州に対す。陽天は数四、斗の第六開陽星に属し、巽宮に応じ、徐州に対す。蒼天は数三、斗の第七瑶光星に属し、震宮に応じ、青州に対す。朱天は数二、斗の第八星に属し、坤宮に応じ、荆州に対す。玄天は数一、斗の第九星に属し、坎宮に応じ、冀州に対す。斗の第八・第九の二星に属するは、陰にして見えず、其の陰宮に対するを以てなり。又郭璞(かくはく)の易占に云う、乾一、坤二、震三、巽四、坎五、離六、艮七、兌八、と。人及び物を占う数は皆此に準ず。蓋し父母男女を以て次と為すなり。此れ九宮八卦の数、故に以て備さに釈す。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数冀州とは、釈名に云う、冀州は地を取りて名と為す。険易有り、帝王の都する所なり、と。太康地記に曰く、冀は近なり、其の気相近きなり、と。其の地は太行より東、碣石・王屋・底柱に至る。禹貢に云う、冀州既に載(はじ)む、と。呂氏春秋に云う、両河の間を冀州と為す、と。正北方なり。荆州とは、釈名に云う、荆は警なり。南蛮数(しばしば)寇逆を為す。州の道先ず強し、当に之を警備すべきなり、と。其の地は北は荆山に拠り、南は衡山の陽に及ぶ。禹貢に云う、荆及び衡陽は惟れ荆州、と。爾雅に云う、漢南を荆州と曰う、と。呂氏に曰く、荆は楚なり、と。青州とは、釈名に云う、青は東に在りて生ずるなり、と。太康地記に曰く、少陽の色は青、歳の始め、事の首、即ち以て名と為す、と。其の地は東北は海に拠り、西は岱に距(いた)る。禹貢に云う、海岱は惟れ青州、と。呂氏に云う、東方の海隅は青州、斉なり、と。徐州とは、釈名に曰く、徐は舒なり、土気舒緩なるなり、と。其の地は東は海に至り、北は岱に至り、南は淮に及ぶ。禹貢に云う、海岱及び淮は惟れ徐州、と。呂氏に云う、泗上を徐州と為す、魯なり、と。爾雅に云う、済東を徐州と曰う、と。豫州とは、釈名に曰く、豫は九州の中に在りて安豫なるなり、と。太康地記に云う、中和の気を稟け、性理安舒なり、と。其の地は南は荆に拠り、北は河に距る。禹貢に云う、荆河は惟れ豫州、と。呂氏に云う、河漢の間を豫州と為す、と。爾雅に云う、河南を豫州と曰う、と。雍州とは、太康地記に云う、
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