五行大義 / 第三明数・第五論九宮数
又云。兌正西。卯酉爲天地之門。卯主始。酉主終。故斗指卯。則萬物皆出。指酉。則萬物皆入。兌應七星之數。兌爲金。主悅言。故在西方。故云。決定吉凶。分別所疑也。庶徵數八在東北者。庶徵者。衆徵也。王者以及衆庶。莫不內省咎過。外察徵祥。順徵知機。則無禍患。不審其過。不念庶徵。則禍至不悟。敗亡無日矣。有機徵見者。必恭事上帝。用不爲過。則降以福應。詩云。昭事上帝。聿懷多福。如不共御善。不畏上帝。群神乃怒。必有譴罰。數八者。次七後也。又云。艮八在東北。艮是止義。艮爲徑路。萬物大出於震。小出於艮。震爲衆男之長。艮爲衆男之少。故應八卦之數。艮既爲止。令止惡就善也。故在東北。故云。肅敬德方。狂僭亂行。五福六極。數九在南方。五福。壽。富。康寧。攸好德。考終命。壽者。孝悌道德備。然後脩神丹。延壽命。富者。德化所及。豐穰無闕。康寜者。國化安寜。長樂無事。攸好德者。論理比類。進善抑惡。考終命者。順時成務。可以壽命。統著善德。六極者。凶短折。疾。憂。惡。貧。弱。凶短折者。斬梟誅裂。大罪也。
新字:又云。兌正西。卯酉為天地之門。卯主始。酉主終。故斗指卯。則万物皆出。指酉。則万物皆入。兌応七星之数。兌為金。主悦言。故在西方。故云。決定吉凶。分別所疑也。庶徴数八在東北者。庶徴者。衆徴也。王者以及衆庶。莫不内省咎過。外察徴祥。順徴知機。則無禍患。不審其過。不念庶徴。則禍至不悟。敗亡無日矣。有機徴見者。必恭事上帝。用不為過。則降以福応。詩云。昭事上帝。聿懐多福。如不共御善。不畏上帝。群神乃怒。必有譴罰。数八者。次七後也。又云。艮八在東北。艮是止義。艮為径路。万物大出於震。小出於艮。震為衆男之長。艮為衆男之少。故応八卦之数。艮既為止。令止悪就善也。故在東北。故云。粛敬徳方。狂僭乱行。五福六極。数九在南方。五福。寿。富。康寧。攸好徳。考終命。寿者。孝悌道徳備。然後脩神丹。延寿命。富者。徳化所及。豊穰無闕。康寜者。国化安寜。長楽無事。攸好徳者。論理比類。進善抑悪。考終命者。順時成務。可以寿命。統著善徳。六極者。凶短折。疾。憂。悪。貧。弱。凶短折者。斬梟誅裂。大罪也。
書き下し
又云う、兌(だ)は正西なり。卯酉(ぼうゆう)は天地の門たり。卯は始めを主り、酉は終わりを主る。故に斗、卯を指せば則ち万物皆出で、酉を指せば則ち万物皆入る。兌は七星の数に応ず。兌は金たり、悦言を主る、故に西方に在り。故に云う、吉凶を決定し、疑う所を分別するなり、と。庶徴の数、八にして東北に在るは、庶徴とは衆徴なり。王者より以て衆庶に及ぶまで、内に咎過を省み、外に徴祥を察せざる莫し。徴に順い機を知れば、則ち禍患無し。其の過ちを審らかにせず、庶徴を念わざれば、則ち禍至るも悟らず、敗亡日無からん。機徴の見るること有らば、必ず恭しく上帝に事え、用て過ちを為さざれば、則ち降すに福応を以てす。詩に云う、昭らかに上帝に事え、聿(ここ)に多福を懐(きた)す、と。如し善を共御せず、上帝を畏れざれば、群神乃ち怒り、必ず譴罰有り。数の八なるは、七の後に次ぐなり。又云う、艮(ごん)八、東北に在り。艮は是れ止むの義、艮は径路たり。万物大いに震に出で、小しく艮に出づ。震は衆男の長たり、艮は衆男の少たり。故に八卦の数に応ず。艮既に止むたり、悪を止め善に就かしむるなり。故に東北に在り。故に云う、粛敬は徳の方、狂僭は乱行、と。五福六極、数九にして南方に在り。五福は寿・富・康寧・攸好徳(ゆうこうとく)・考終命なり。寿とは、孝悌道徳備わり、然る後に神丹を脩め、寿命を延ぶ。富とは、徳化の及ぶ所、豊穣にして闕くる無し。康寧とは、国化安寧にして、長く楽しみ事無し。攸好徳とは、理を論じ類を比し、善を進め悪を抑う。考終命とは、時に順い務めを成し、以て寿命あるべく、統べて善徳を著す。六極とは、凶短折・疾・憂・悪・貧・弱なり。凶短折とは、斬梟誅裂(ざんきょうちゅうれつ)、大罪なり。
現代語訳
またこうもいう。兌(だ)は真西である。卯(東)と酉(西)は天地の門である。卯は始まりをつかさどり、酉は終わりをつかさどる。だから北斗の柄が卯を指すと万物はみな出てきて、酉を指すと万物はみな引き込もる。兌は七星(北斗七星)の数に応じる。兌は金であり、喜びと言葉をつかさどるので西方にある。だから「吉凶を決め、疑うところを見分ける」という。庶徴の数が八で東北にあるのは次のわけである。庶徴とは、多くのしるしのことである。王者から庶民に至るまで、内には自分のとがや過ちを省み、外には吉凶のしるしを察しない者はない。しるしに従って事の起こりを知れば、災いはない。自分の過ちをよく調べず、多くのしるしを気にかけなければ、災いが来ても気づかず、たちまち滅びることになる。事の兆しが現れたなら、必ずうやうやしく上帝(天の最高神)に仕え、過ちを犯さないようにすれば、福というかたちで応えが下される。『詩経』に「明らかに上帝に仕え、そこで多くの福を招き寄せる」とある。もし善をともに守らず、上帝を畏れなければ、神々は怒り、必ずとがめと罰がある。数が八であるのは、七の後に続くからである。またこうもいう。艮(ごん)の八は東北にある。艮は止まるという意味で、艮は小道である。万物は震から大いに出て、艮から小さく出る。震は男子たちの長男であり、艮は男子たちの末子である。だから八卦の数に応じる。艮は止まることであるから、悪を止めて善に就かせるのである。だから東北にある。だから「つつしみ敬うことが徳の道であり、狂い思い上がることは乱れた行いである」という。五福と六極は数が九で南方にある。五福とは、寿・富・康寧・攸好徳・考終命である。寿とは、孝行と兄弟の和と道徳が備わって、そのうえで神仙の丹薬を修め、寿命を延ばすことである。富とは、徳による教化が行き渡り、豊作で欠けるところがないことである。康寧とは、国の教化が安らかで、長く楽しんで事件がないことである。攸好徳(徳を好むこと)とは、道理を論じ、物事を比べて類別し、善を進め悪を抑えることである。考終命(天寿を全うすること)とは、時節に従って務めを成し遂げ、それによって寿命を保ち、あわせて善い徳を明らかにすることである。六極とは、凶短折・疾・憂・悪・貧・弱である。凶短折とは、斬首してさらし首にし、誅殺して体を裂く刑で、大罪に対するものである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第三明数・第五論九宮数天の字を変じて水と為す。天、水を生ずるなり。水の字を変じて木と為す。水、木を生ずるなり。木の字を変じて火と成す。木、火を生ずるなり。火の字を変じて土と成す。火、土を生ずるなり。土の字を変じて金と成す。土、金を生ずるなり。金の字を変じて八卦の字と成す。八卦は五行に因りて生ずるなり。八卦の字を変じて十二月の字と為す。八卦の主(つかさど)る所は月なり。十二月の字を変じて、地の万物を出だすを成す。以て終わりに地に帰するなり。此れ九宮八卦創制の法、備われり。九宮の数、一の起こること北方より始まるは、坎(かん)一、正北にして、天の始めに応ず。始めは二無し、故に一なり。北方は五行の始め、所以に五行北方に在り。故に云う、陽気の始め、万物将に萌さんとす、と。五事の数、二にして西南に在るは、五事は貌・言・視・聴・思なり。別に後篇に在りて解す。五行に因りて五事有り、之に次ぐ、故に二なり。又云う、坤(こん)二、西南に在り、地の数に応ず。西南は林鐘(りんしょう)の管、気の次、二なり。五事は人事の先なり。故に曰く、謙虚にして徳に就き、朝謁嘉慶す、と。竝びに五事の主る所なり。八政の数、三にして東方に在るは、八政は食・貨・祀・司空・司徒・司寇・賓・師なり。既に五事有り、次に八政を脩む、故に三なり。又云う、震(しん)三、正東、人の数に応ず。三才の義、東方に畢(おわ)る。春は農の始めなり。食とは、耕種炊烹(すいほう)なり。貨とは、畜積儲博(ちょはく)、銭布金兵なり。祀とは、祭祀して神に供するなり。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数又云う、土は中央に居り、五行の数に応ず。若し王者動きて中を得ざれば、則ち万事を建つること能わず。故に曰く、皇の極ならざる、是れを不建と謂う、と。故に曰く、百官表を立て、公卿を政化するなり、と。三徳の数、六にして西北に在るは、三徳は正直・剛克・柔克なり。乾は天位たり、人君の象なり。五を過ぐ、故に数は六なり。又云う、乾は西北に在り、陰陽の気、西北に分かる、故に六律の数に応ずるなり。西北は乾の処る所、故に人君之に居る。正直とは人の徳なり。君子は方正にして義を以てし、曲私する所無し。故に云う、平康正直、其の徳を疑わず、と。剛克とは天の徳なり。法度失わず、罪服を軽重す。故に曰く、沈潜は剛克す、と。柔克とは地の徳なり。徳有れば秩禄し、衆職を安定し、万国に賞賜す。故に曰く、高明は柔克す、と。故に云う、強暴を抑服し、獄訟を断制するなり、と。稽疑の数、七にして西方に在るは、稽疑とは、卜筮(ぼくぜい)を建立し、疑いを問い善を択び、天地の象を占いて、以て吉凶を定む。蓍(し)は円にして卦は方、亀筮共に可否を知る。三人占えば、二人の言に従う。昔者(むかし)聖人は謀を慎み始めを重んじ、事を動かし業を作し、本を樹て基を開き、嫌を決し疑いを定むるに、必ず謀るに賢知を以てし、咨(はか)るに耆艾(きがい)を以てし、参ずるに蓍亀を以てす。故に挙げて過事無く、慮りて失計無し。蛮夷は君臣の序無しと雖も、亦決疑の卜有り。或いは金石を以てし、或いは木草を以てす。故に知る、稽疑の事は聖人の尚ぶ所なるを。其の乾の後に次ぐを以て、故に数は七なり。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数疾とは、榜笞(ぼうち)殴撃し、疾臥して養視するなり。憂は、論じて望と作す、朝日を兢(おそ)るるなり。悪は、髡𨱫(こんけん)赭剥(しゃはく)し、戮辱錮棄(りくじょくこき)するなり。貧は、贓賦を償い、財産を没するなり。弱は、邑里を離れ、辺地に徙(うつ)し、以て後を戒むるなり。此れ罪罰の理、後に居る、故に数は九なり。又云う、離(り)既に午に在り、以て子の衝と為す。極まれば則ち還り反る、故に離は最も其の末にして、以て九宮の数と為す。離は明たり。人君南面して以て政を聴くは、離の明に象る。刑罰は須らく明なるべし、故に南方に在り。故に云う、万物率(おおむ)ね盈実するなり、と。宮唯だ九有りて十ならざるは、八方と中央とにて、数九に終わる。上は九天・九星・二十八宿に配し、下は五岳・四瀆(しとく)・九州に配するなり。九宮経に言う、一は恒山を主り、二は三江を主り、三は太山を主り、四は淮を主り、五は嵩高を主り、六は河を主り、七は華山を主り、八は済を主り、九は霍山を主る、と。又、一は冀州たり、二は荆州たり、三は青州たり、四は徐州たり、五は豫州たり、六は雍州たり、七は梁州たり、八は兗州たり、九は揚州たり。九州の名、互いに改変有り。禹貢の九州、即ち此の配なり。唐の時の名同じきは、堯、禹に命じて洪水を治めしめ、九州を分かつを以て、因りて易えず。故に周・虞に十二州有り、幽・并・営を加う。舜は青州の海を越ゆるを以て、斉を分かちて営州と為す。冀州は南北太だ遠し、衛を分かちて并州と為す。燕以北を分かちて幽州を置く。殷の時の九州は、幽・営有りて青・梁無し。周官の九州は、幽・并有りて徐・梁無し。漢は十二州を立て、交・益を増す。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数九宮は、上は天に分かれ、下は地に別る。各おの九位を以てす。天は則ち二十八宿、北斗九星、地は則ち四方四維、及び中央、九有(きゅうゆう)に分配す。之を宮と謂うは、皆神の遊処する所なり、故に以て宮と名づくるなり。鄭司農云う、「太一は八卦の宮を行き、四毎に乃ち中央に入る。中央と云うは、地神の居る所なり、故に之を九宮と謂う」と。易緯乾鑿度(けんさくど)に云う、「易は一陰一陽之を道と謂うなり。故に太一は其の数を取りて、以て九宮を行く」と。易に曰く、「天一、地二、天三、地四、天五、地六、天七、地八、天九、地十」と。天地の数、合わせて五十有五。九宮の用うるは、天は一を除き、地は二を除き、人は三を除き、余は四十九、以て蓍策の数に当つ。又四時は四を除き、余は四十五。五は五行、四十は五行の成数なり。之を合わすれば、則ち一節の数なり。分かちて五方に置き、方ごとに各おの九なるは、一時九十日の数なり。四方は四時を成すなり。三宮相対して、十五に止まるは、一気の数たり、二十四気を成すなり。尚書洪範に云う、「初一に曰く、五行」と。位は北方に在り、陽気の始め、万物将に萌さんとす。「次二に曰く、敬しみて五事を用う」と。位は西南方に在り、謙虚にして徳に就き、朝謁嘉慶す。「次三に曰く、農(つと)めて八政を用う」と。位は東方に在り、百穀を耕種し、麻枲(まし)蚕桑す。「次四に曰く、協(あ)わせて五紀を用う」と。位は東南方に在り、日月星辰、雲雨並び興る。「次五に曰く、建つるに皇極を用う」と。位は中宮に在り、百官表を立て、政は公卿を化す。「次六に曰く、乂(おさ)むるに三徳を用う」と。位は西北に在り、強暴を抑伏し、獄訟を断制す。「次七に曰く、明らかにするに稽疑を用う」と。位は西方に在り、吉凶を決定し、疑う所を分別す。「次八に曰く、念いて庶徴を用う」と。位は東北に在り、粛敬して方を徳とし、
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五行大義・第三明数・第五論九宮数狂僭(きょうせん)乱行す。「次九に曰く、嚮(すす)むるに五福を用い、威すに六極を用う」と。位は南方に在り、万物盈実し、陰気宣布し、時歳徳を成し、陰陽和調し、五行忒(たが)わず。故に黄帝九宮経に云う、「九を戴き、一を履み、左は三、右は七、二・四を肩と為し、六・八を足と為し、五は中宮に居り、得失を総御す」と。其の数は、則ち坎は一、坤は二、震は三、巽は四、中宮は五、乾は六、兌は七、艮は八、離は九なり。太一の九宮を行くは、一より始まり、少なきより多きに之く、其の数に順うなり。配算に曰く、中央及び四仲、各おの九算を分かつ。命じて云う、「木は落ちて本に帰る」と。六を分かちて亥に至る。故に震の六算を取りて、以て乾に置く。「水は流れて末に向かう」と。八を分かちて丑に至る。故に坎の八算を取りて、以て艮に置く。「金は義にして堅し」と。二を分かちて未に還る。故に兌の二算を取りて、以て坤に置く。「火は本炎盛なり」と。自ら其の郷に処る。故に離の算は動かず。「土は四季に王たり、本巳に生ず」と。故に中宮の四算を分かちて、以て巽に置く。故に九を戴き一を履むの位を成すなり。又、初めて八卦を成すの法、方を命ずるの算は、先ず北方の九算を取り、命じて「水は木を生ず」と曰う。縦に一算を寅の上に置き、一算を卯の上に置き、一算を辰の上に置く。又横に一算を甲の上に置き、一算を乙の上に置く。次に東方の九算を取り、命じて「木は火を生ず」と曰い、南方に於いて五位に布く。又南方の算を取り、命じて「火は土を生ず」と曰い、中央に於いて一算、西北に於いて戊と為し、一算は西南に於いて己と為す。又中央の算を取り、命じて「土は金を生ず」と曰い、西方に於いて五位に布く。又西方の算を取り、命じて「金は水を生ず」と曰い、北方に於いて五位に布く。五方に十干十二支の位を布き訖わりて、然る後に陰干に各おの一を加え、命じて「陰数は偶なり」と曰う。
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五行大義・第三明数・第五論九宮数司空とは、土地の畝なり。司徒とは、民の戸口の大小の数なり。司寇とは、盗賊を禁備し、非常を糾察するなり。賓とは、往来を注籍し、嘉慶を受容するなり。師とは、農夫を教訓し、耒耜(らいし)の法を設くるなり。故に云う、百穀を耕種し、麻枲(まし)蚕桑す、と。五紀の数、四にして東南に在るは、五紀は歳・日月・奉化・日辰・暦数なり。八政既に脩まるも、歳時日月に非ざれば、以て播植を敷く無し。之に次ぐ、故に四なり。又云う、巽(そん)四、東南、風は四時に行わる、以て四時の数に応ず。東南は巳(し)、純乾用事す。乾は天を主り、巽は号令を主る。故に東南に居る。歳とは、四時に序有り、盛衰始終あるを以てなり。日月とは、万物を照明し、気候の遠近あるなり。奉化とは、即ち王化を仰ぎ、須らく功を建て宝を貢ぐべきなり。日辰とは、陰陽を次序し、産物を断制するなり。暦数とは、度数を記綴し、農夫候望し、賦斂時に随うなり。故に曰く、王者は惟れ歳、税数握りて成り、以て下を化するなり。卿士は惟れ月、化を奉じて道を行い、宝を立つ。師允(しいん)は惟れ日、衆職を陳列し、万品に制作す。歳月日時、易(か)うること無く務めを脩め、時を敬して以て紀に順うなり、と。故に云う、日月星辰、雲雨竝び興るなり、と。皇極の数、五にして中央に在るは、皇王万国を建て、中に処り、四方を分別し、百官以て治まり、万事畢く理まり、歳時成就し、職貢均等にして、五穀を租税し、以て王事に供す。故に其の中央に在り。中央の数は本五なり。
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