言志四録 / 言志耋録 第三百一条 酷に失せずして慈に失す
老人處事。不失於酷而失於慈。不失於寛而失於急。可警。
新字:老人処事。不失於酷而失於慈。不失於寛而失於急。可警。
書き下し
老人の事を処するは、酷に失せずして慈に失し、寛に失せずして急に失す。警むべし。
現代語訳
老人が物事を処理するとき、厳しすぎて失敗することはなく、かえって甘すぎて失敗する。寛大すぎて失敗することはなく、かえって性急すぎて失敗する。戒めるべきである。
解説
前条に続き、老人の処事の偏りを対句で示した一条です。老いると角が取れて情が深くなる一方、その情が甘さとなって筋を曲げてしまう。また気持ちの上では寛容なつもりでも、実際の手の打ち方はせっかちになる。つまり「慈」と「急」という、一見相反する二つの偏りが同時に出るというのです。厳しさと寛やかさの釣り合いは儒学で繰り返し論じられる主題ですが、一斎はそれを年齢による変化として具体的にとらえています。長く組織にいる人が、身内への甘さと決定のせっかちさを同時に抱えていないか、点検する視点を与えてくれる条です。
この章句が説くこと
老い慈寛厳処事自戒
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