言志四録 / 言志耋録 第二百条 芸能も亦心学に外ならず
有藝能者。多有勝心。又有驕心。其有藝能。而謙且遜者。藝之最秀者也。勝之反爲謙。驕之反爲遜。藝能亦不外於心學。
新字:有芸能者。多有勝心。又有驕心。其有芸能。而謙且遜者。芸之最秀者也。勝之反為謙。驕之反為遜。芸能亦不外於心学。
書き下し
芸能有る者は、多く勝心有り、又驕心有り。其の芸能有りて謙且つ遜なる者は、芸の最も秀でたる者なり。勝の反を謙と為し、驕の反を遜と為す。芸能も亦心学に外ならず。
現代語訳
技芸をもつ者の多くには、人に勝とうとする心があり、また驕りの心がある。技芸をもちながら謙虚で控えめな者こそが、技芸の最も秀でた者である。勝とうとする心の反対が謙であり、驕りの反対が遜である。技芸もまた、心を修める学問の外にあるものではない。
解説
技芸と心のあり方の関係を説いた条です。腕に覚えのある人は、他人に勝ちたい、認められたいという気持ちや、自分の技を鼻にかける気持ちを抱きがちです。一斎は、技をもちながら謙虚で控えめな人こそ最上の名手だと言い、勝心には謙、驕心には遜をもって対すると整理します。そして結論として、芸能も「心学」、すなわち心を修める学問の一部だと述べます。前条の「天を以て動かす」境地は、勝ち負けや誇りにとらわれた心では到達できないということでしょう。専門性の高い人ほど周囲を見下しやすいものです。技術を磨くことと心を磨くことが別物ではないという視点は、専門職の育成にも示唆を与えます。
この章句が説くこと
芸能謙遜驕り心学修養
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