言志四録 / 言志晩録 第二百七十二条 医を用ふるは人を用ふる道
人家平常所托醫人。不可不精選。既托之。則信而聽之。可也。人之病。症有輕重。效有遲速。假令彌留無效。亦不可容疑。則醫人之盡心。亦必倍他。是用醫之道。即用人之道然也。或値劇症大患。傍人故舊往往有勸他醫。亦不可濫聽。醫人伎倆。多飜前案。幸中則可矣。不則卻因藥釀病。太不可。究謂之不知命。
新字:人家平常所托医人。不可不精選。既托之。則信而聴之。可也。人之病。症有軽重。効有遅速。仮令弥留無効。亦不可容疑。則医人之尽心。亦必倍他。是用医之道。即用人之道然也。或値劇症大患。傍人故旧往往有勧他医。亦不可濫聴。医人伎倆。多翻前案。幸中則可矣。不則却因薬醸病。太不可。究謂之不知命。
書き下し
人家平常托する所の医人は、精選せざるべからず。既に之に托すれば、則ち信じて之を聴く、可なり。人の病は、症に軽重有り、効に遅速有り。仮令弥留して効無きも、亦疑ひを容るべからず。則ち医人の心を尽すも、亦必ず他に倍せん。是れ医を用ふるの道は、即ち人を用ふるの道も然るなり。或いは劇症大患に値へば、傍人故旧往往にして他医を勧むる有り。亦濫りに聴くべからず。医人の伎倆は、多く前案を翻す。幸ひに中れば則ち可なり。不れば却って薬に因りて病を醸す。太だ不可なり。究めて之を命を知らずと謂ふ。
現代語訳
家で平素から頼りにする医者は、よくよく選ばなければならない。いったん託したならば、信じてその言うことを聞くのがよい。人の病には症状の軽い重いがあり、効き目にも遅い速いがある。たとえ病が長引いて効き目がなくても、疑いをさしはさんではならない。そうすれば医者が心を尽くすことも、必ずほかの場合の倍になるだろう。医者を用いる道は、そのまま人を用いる道でもある。重い病や大病にかかると、そばの人や古なじみが、しばしばほかの医者を勧めることがある。これもむやみに聞き入れてはならない。医者の腕前というものは、多くの場合、前の医者の処方をひっくり返すものである。運よく当たればよいが、当たらなければかえって薬のせいで病をこじらせる。はなはだよくない。つまるところ、これを天命を知らないというのである。
解説
この章句が説くこと
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尚書・酒誥我聞く亦惟れ曰く、『今の後嗣王に在りては、身を酣(たの)しましめ、厥の命民に顕らかならず、祗み保つは越に怨みにして、易(か)へず。誕(おほ)いに惟れ厥の縦淫泆を非彝に于いてし、燕を用て威儀を喪ひ、民衋(いた)みて心を傷ましめざる罔し。惟れ酒に荒腆(こうてん)し、惟れ自ら息(や)めず、乃ち逸す。厥の心疾很(しつこん)にして、死を畏るる克はず。辜商邑に在り、越に殷国滅ぶるも罹(うれ)ふる無し。徳の馨香、祀りて登りて天に聞こゆるに惟はず、誕いに惟れ民の怨み、庶群自ら酒し、腥(なまぐさ)きこと上に聞こゆ。故に天喪を殷に降し、殷を愛する罔し、惟れ逸なればなり。天虐なるに非ず、惟れ民自ら辜を速(まね)く。』」王曰く、「封よ。予惟れ茲の若く多く誥ぐるのみならず。古人言へる有り、曰く、
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孟子・梁惠王章句下滕の文公問ひて曰く、「滕は小国なり、斉・楚に間す。斉に事へんか、楚に事へんか。」孟子対へて曰く、「是の謀は吾が能く及ぶ所に非ざるなり。已む無くんば、則ち一有り。斯の池を鑿ち、斯の城を築き、民と之を守り、死を効して民去らずんば、則ち是れ為す可きなり。」滕の文公問ひて曰く、「斉人将に薛に築かんとす。吾甚だ恐る。之を如何にせば則ち可ならん。」孟子対へて曰く、「昔者大王邠に居る。狄人之を侵す。去りて岐山の下に之きて居れり。択びて之を取るに非ず、已むを得ざるなり。苟も善を為さば、後世の子孫必ず王たる者有らん。君子は業を創め統を垂れ、継ぐ可きを為すなり。夫の成功の若きは、則ち天なり。君彼を如何せんや。強めて善を為さんのみ。」
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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