言志四録 / 言志晩録 第二百七十条 医人は恒無かるべからず
人而無恆。不可以爲巫醫。余甞疑醫有恆而無術。何取於醫。既而又意有恆者而後業必勤。術必精。醫人不可無恆。
新字:人而無恒。不可以為巫医。余甞疑医有恒而無術。何取於医。既而又意有恒者而後業必勤。術必精。医人不可無恒。
書き下し
人にして恒無くんば、以て巫医を為すべからず。余嘗て疑ふ、医恒有りて術無くんば、何ぞ医に取らんと。既にして又意ふ、恒有る者にして而る後に業必ず勤め、術必ず精し。医人は恒無かるべからず。
現代語訳
「人として恒(変わらぬ心)がなければ、巫者や医者にもなれない」という。私はかつて疑問に思った。医者に恒があっても術がなければ、医者として何の取り柄があろうかと。しかしやがてまた思った。恒のある者であってはじめて、仕事に必ず励み、術も必ず精しくなるのだと。医者は恒がなくてはならない。
解説
冒頭の句は『論語』子路篇で孔子が引く南人の言葉「人にして恒無くんば、以て巫医を作すべからず」です。「恒」は変わらずに持ち続ける心、根気や一貫性を指します。一斎は、医者に必要なのは何より技術であって、恒があっても術がなければ役に立たないではないか、と一度は疑ったと率直に書きます。しかし考え直し、恒のある人こそ仕事に励み続け、その結果として術も精しくなるのだと納得します。人柄と技術は別物ではなく、一貫した姿勢が技術の土台になるという理解です。人を採用し任せるとき、今の技量だけでなく、地道に続ける姿勢があるかを見ることの意味を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
恒技術勤勉医者人を見る目
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『都鄙問答』卷之四・醫ノ志ヲ問ノ段且つ病治せざるは、是非なしとも云ふべし。子曰く、人にして恒無くんば、以て巫医を作すべからず、善いかなと。医は、人の生死を寄せたのむものなり。人の命を惜しむを以て、我が心とせざれば、過ちの不仁多かるべし。我が命を惜しむ心を以て、病人を愛せば、過ちすくなからん。斯くのごとくせば、実に仁愛の医者と成るべし。其の仁愛を失はざれば、これ医の恒と云ふべきか。これを味はひ見ば、治しがたき病人あらば、何ほども医書に眼をさらし工夫すべし。博学の為にはあらねども、病人を実に愛憐する所より、終に博学の名医と成るべし。博学と云ふは、詩作文章を事とするには非ず。此れ医の志すべき所の大略を云ふ。
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