言志四録 / 言志晩録 第二十八条 藤公を欽慕す
惺窩藤公答林羅山書曰。陸文安天資高明。措辭渾浩。自然之妙。亦不可掩焉。又曰。紫陽篤實而邃密。金溪高明而簡易。人見其異。不見其同。一旦貫通。同歟。異歟。必自知。然後已。余謂我邦首唱濂洛之學者爲藤公。而早已幷取朱陸如此。羅山亦出於其門。余曾祖周軒受學於後藤松軒。而松軒之學。亦出自藤公。余欽慕藤公。淵源所自。則有乎爾。
新字:惺窩藤公答林羅山書曰。陸文安天資高明。措辞渾浩。自然之妙。亦不可掩焉。又曰。紫陽篤実而邃密。金渓高明而簡易。人見其異。不見其同。一旦貫通。同歟。異歟。必自知。然後已。余謂我邦首唱濂洛之学者為藤公。而早已幷取朱陸如此。羅山亦出於其門。余曽祖周軒受学於後藤松軒。而松軒之学。亦出自藤公。余欽慕藤公。淵源所自。則有乎爾。
書き下し
惺窩藤公の林羅山に答ふる書に曰く、「陸文安は天資高明、措辞渾浩にして、自然の妙、亦掩ふ可からず」と。又曰く、「紫陽は篤実にして邃密、金渓は高明にして簡易。人其の異を見て、其の同を見ず。一旦貫通すれば、同か、異か、必ず自ら知らん。然る後に已まん」と。余謂へらく、我が邦にて首めて濂洛の学を唱ふる者は藤公たり。而して早く已に朱陸を并せ取ること此くの如し。羅山も亦其の門より出づ。余が曾祖周軒は学を後藤松軒に受け、而して松軒の学も、亦藤公より出づ。余の藤公を欽慕するは、淵源の自る所、則ち爾有るなり。
現代語訳
藤原惺窩公が林羅山に答えた書簡にこうある。「陸文安(陸象山)は生まれつきの資質が高く明らかで、言葉遣いは大らかで広やかであり、その自然な妙味もまた覆い隠すことはできない」。またこうもある。「紫陽(朱子)は誠実で奥深く緻密であり、金渓(陸象山)は高く明らかで簡潔である。人はその違いを見て、その同じところを見ない。ひとたび貫き通って会得すれば、同じなのか異なるのか、必ず自ら知るであろう。そうしてはじめて(議論は)終わるのである」。私が思うに、わが国で最初に濂洛の学(宋学)を唱えたのは藤原惺窩公である。そしてすでに早くから、このように朱子と陸象山を併せ取っていた。林羅山もまたその門下から出た。私の曽祖父の周軒は後藤松軒に学を受けたが、松軒の学もまた惺窩公から出ている。私が惺窩公を敬い慕うのは、学問の源流の由来するところが、このようにあるからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 別存 第一条 藤公を標的とすべし快烈林公、惺窩藤公を尸祝して曰く、「我が邦宋学の首唱にして、家祖文敏の師なり。尊奉せざるべからず」と。乃ち新たに命じて毎歳粟数苞を寄せ、以て歳時の饌に供す。又首春の狗日には、真影を掲げ、遺物を陳ね、之を家庁に祀る。年例として然らしむ。嘗て曰く、「藤公は戦国に生まれ、独り此の学を唱へ、以て太平を開く。数々後水尾帝に進講し、荐りに睿感を蒙る。神祖・台廟数々引見し、因りて我が祖を草莽より擢づ。其の弟子たるを以てなり。後に及びて黄門西山源公其の遺集を校し、後光明帝御製の序を賜ふ。此の邦の儒学の宗、能く尚ふる莫し。後の儒たる者は、皆当に藤公を以て標的と為すべく、違越有るべからず」と。
-
言志四録・言志晩録 第二十七条 朱陸は互ひに相許す朱陸は同じく伊洛を宗とし、而して見解稍々異なる。二子並びに賢儒と称せらる。蜀朔の洛と各党を為すが如きに非ず。朱子嘗て曰く、「南渡以来、著実の工夫を理会する者は、惟だ某と子静との二人のみ」と。陸子も亦謂ふ、「建安に朱元晦無くんば、青田に陸子静無し」と。蓋し其の互ひに相許すこと此くの如し。当時の門人も、亦両家に相通ずる者有りて、各々師説を持して相争ふことを為さず。明儒の白沙・篁墩・余姚・増城の如きに至りては、並びに両家を兼取す。我が邦の惺窩藤公も蓋し亦此くの如し。
-
言志四録・言志晩録 第二十九条 宋学と称するのみ博士家は古来漢唐の註疏を遵用す。惺窩先生に至りて、始めて宋賢復古の学を講ず。神祖嘗て深く之を悦び、其の門人林羅山を挙ぐ。羅山、師伝を承継し、宋賢諸家を折中す。其の説、漢唐と殊異なり。故に称して宋学と曰ふのみ。闇斎の徒に至りては、則ち拘泥すること過甚にして、惺窩・羅山と稍々同じからず。
-
言志四録・言志後録 第二百五十五条 濂洛の学を尚友す濂洛復古の学は、実に孔孟の宗たり。之を承くる者は紫陽・金谿、及び張・呂なり。異同有りと雖も、而も其の実は皆純全の道学にして、決して俗儒の流に非ず。元に於ては則ち静修・魯斎、明には則ち崇仁・河東・余姚・増城、是れ其の選なり。亦各々異なる有りと雖も、皆一代の賢儒にして、其の濂洛に遡洄するは則ち一なり。上下千載、落落として唯だ此の数君子有るのみ。吾取りて之を尚友し、心に楽しむ。
-
言志四録・言志晩録 別存 第三条 漢唐の旧説は姑く存す門人に好んで漢唐の説を攻むる者有り。公曰く、「濂洛の復古は、漢唐と殊異なり。然れども漢唐の註疏は、京兆の博士家伝ふること已に久し。今必ずしも繳めず。但だ惺窩の学は、神祖特に之を崇信す。臣子たる者は、宜しく依遵すべき所なり。漢唐の旧説は、姑く之を存して可なり」と。
-
言志四録・言志晩録 第三十条 一家に拘らず惺窩・羅山の其の子弟に課するや、経業は大略朱氏に依る。而して其の取舎する所は、則ち特に宋儒のみならず、元明の諸家に及ぶ。鵞峰も亦諸経に於て私考有り、別考有り。乃ち其の一家に拘らざる者顕然たるを知る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る