言志四録 / 言志晩録 第十四条 我に在るの万物を窮む
天下之物。莫不有理。此理即人心之靈。學者當先窮在我之萬物。孟子曰。萬物皆備於我矣。反身而誠。樂莫大焉。即是。
新字:天下之物。莫不有理。此理即人心之霊。学者当先窮在我之万物。孟子曰。万物皆備於我矣。反身而誠。楽莫大焉。即是。
書き下し
天下の物、理有らざる莫し。此の理は即ち人心の霊なり。学者は当に先づ我に在るの万物を窮むべし。孟子曰く、「万物皆我に備はる。身に反みて誠なれば、楽しみ焉より大なるは莫し」と。即ち是れなり。
現代語訳
天下の物で、理を持たないものはない。この理はそのまま人の心の霊妙な働きである。学ぶ者は、まず自分の内にある万物を窮めるべきである。孟子が「万物の理はみな我に備わっている。我が身を省みて誠であれば、これより大きな楽しみはない」と言っているのが、まさにこれである。
解説
朱子学の窮理、すなわち物の理を窮めることを、自分の内に向けて捉え直した条です。天下の物にはすべて理があり、その理は人の心の霊妙な働きと同じものである。だから学ぶ者はまず、我に在る万物、つまり自分の心に備わった理を窮めよ、と一斎は言います。引かれる孟子尽心上篇の句は、万物の理が自分に備わっていると自覚し、身を省みて偽りがなければ最大の楽しみがある、という意味です。外の物事を一つ一つ調べる朱子の方法に対し、心即理を説く陸王の学に寄った読み方であり、晩録の朱陸兼取の姿勢が表れています。外の知識を集める前に自分の内を省みる順序を考えさせます。
この章句が説くこと
窮理心即理誠孟子内省
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