言志四録 / 言志録 第二百九条 雅楽感召の妙
雅樂感召之妙。至於百獸率舞。庶尹允諧。葢使聽者不覺手舞足蹈。何曾思睡。如鄭衞淫哇。亦使人手舞足踏。故足以亂雅樂耳。乃知魏文侯聽古樂唯恐臥者。恐已非先王之雅操。
新字:雅楽感召之妙。至於百獣率舞。庶尹允諧。葢使聴者不覚手舞足蹈。何曽思睡。如鄭衛淫哇。亦使人手舞足踏。故足以乱雅楽耳。乃知魏文侯聴古楽唯恐臥者。恐已非先王之雅操。
書き下し
雅楽感召の妙は、百獣率ひ舞ひ、庶尹允に諧ふに至る。蓋し聴く者をして手の舞ひ足の蹈むを覚えざらしむ。何ぞ曾て睡らんことを思はんや。鄭衛の淫哇の如きも、亦人をして手舞ひ足踏ましむ。故に以て雅楽を乱すに足るのみ。乃ち知る、魏の文侯古楽を聴きて唯だ臥せんことを恐るるは、恐らくは已に先王の雅操に非ざりしことを。
現代語訳
雅楽が人を感じ動かす妙は、多くの獣が連れ立って舞い、多くの役人がまことに和合するほどに至る(『書経』益稷)。思うに、聴く者に思わず手を舞わせ足を踏み鳴らさせるのであって、どうして眠ろうなどと思うことがあろうか。鄭や衛の淫らな音楽もまた、人に手を舞わせ足を踏み鳴らさせる。だからこそ雅楽を乱すことができるのである。そこでわかる。魏の文侯が古楽を聴くとただ居眠りしてしまうことを恐れた(『礼記』楽記)というのは、その古楽がおそらくすでに先王の正しい雅楽ではなかったのであろう。
解説
音楽論の一条です。『書経』益稷には、舜の楽が奏でられると百獣が舞い、百官が和合したとあります。本物の雅楽は人を退屈させるどころか、思わず手足が動き出すほどに心を揺さぶるはずだと一斎は言います。人を動かす力を持つからこそ、同じく人を踊らせる鄭や衛の俗楽が雅楽と紛らわしく、それを乱すことができる。『礼記』楽記で魏の文侯が、古楽を聴くと眠くなると漏らした話を、一斎は古楽の側がすでに本物でなかった証拠と読み替えます。正しいものは退屈だという思い込みへの反論です。理念や方針が人の心を動かさないとき、それは内容が正しすぎるからではなく、伝え方や中身がどこかで痩せていないかと問う材料になります。
この章句が説くこと
礼楽感化本物と偽物雅楽
関連する章句
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史記 楽書先王其の乱を悪む、故に雅頌の声を制して以て之を道き、其の声をして以て楽しみて流れざるに足らしめ、其の文をして以て綸して息まざるに足らしめ、其の曲直繁省廉肉節奏をして、以て人の善心を感動せしむるに足らしむるのみ、放心邪気をして接するを得しめず、是れ先王の楽を立つるの方なり。是の故に楽は宗廟の中に在りて、君臣上下同じく之を聴けば、則ち和敬せざる莫し。族長郷里の中に在りて、長幼同じく之を聴けば、則ち和順せざる莫し。閨門の内に在りて、父子兄弟同じく之を聴けば、則ち和親せざる莫し。故に楽は、一を審らかにして以て和を定め、物を比べて以て節を飾り、節奏合して以て文を成す、父子君臣を合和し、万民を附親する所以なり、是れ先王の楽を立つるの方なり。故に其の雅頌の声を聴けば、志意広きを得。其の干戚を執り、其の俯仰詘信を習へば、容貌荘なるを得。其の綴兆を行ひ、其の節奏に要すれば、行列正しきを得、進退斉しきを得。故に楽は天地の斉、中和の紀、人情の免るる能はざる所なり。夫れ楽は、先王の喜びを飾る所以なり。軍旅鈇鉞は、先王の怒りを飾る所以なり。故に先王の喜怒は皆其の斉を得。喜べば則ち天下之に和し、怒れば則ち暴乱の者之を畏る。先王の道、礼楽盛んなりと謂ふべし。魏の文侯、子夏に問ひて曰く、「吾、端冕して古楽を聴けば則ち唯臥せんことを恐れ、鄭衛の音を聴けば則ち倦むを知らず。敢へて問ふ、古楽の彼の如きは何ぞや。新楽の此の如きは何ぞや」と。子夏答へて曰く、「今夫れ古楽は、進旅退旅し、和正にして以て広く、弦匏笙簧、拊鼓に合守し、始め奏するに文を以てし、乱を止むるに武を以てし、乱を治むるに相を以てし、疾きを訊むるに雅を以てす。君子是に於いて語り、是に於いて古を道ひ、身を修めて家に及び、天下を平均す。此れ古楽の発なり。
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