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学則 / 学則一

有黃備氏者出。西學於中國。作爲和訓以敎國人。亦猶易乳以㝅。虎廼於菟。顚倒其讀。錯而綜之。以通二邦之志。於是乎吾謂之侏儷鴃舌者。吾眎猶吾。是則詩書禮樂之爲敎也。庶足以被諸海表邪。黃備氏之有功德東方。民至今賴之。雖然。易乳以㝅。虎廼於菟。顚倒其讀。錯而綜之。吾謂之侏儷鴃舌者。吾眎猶吾。吾視猶吾。而詩書禮樂不復爲中國之言。則叚使仲尼乘桴。子路從之游。目之則是耳之則非。彼廼猶鐘呂之饗爰居也已。

新字:有黄備氏者出。西学於中国。作為和訓以教国人。亦猶易乳以㝅。虎廼於菟。顛倒其読。錯而綜之。以通二邦之志。於是乎吾謂之侏儷鴃舌者。吾眎猶吾。是則詩書礼楽之為教也。庶足以被諸海表邪。黄備氏之有功徳東方。民至今頼之。雖然。易乳以㝅。虎廼於菟。顛倒其読。錯而綜之。吾謂之侏儷鴃舌者。吾眎猶吾。吾視猶吾。而詩書礼楽不復為中国之言。則叚使仲尼乗桴。子路従之游。目之則是耳之則非。彼廼猶鐘呂之饗爰居也已。

書き下し

黄備氏なる者有りて出づ。西のかた中国に学び、和訓を作為して以て国人に教ふ。亦た猶ほ乳を易ふるに㝅を以てし、虎は廼ち於菟たるがごとし。其の読みを顛倒し、錯へて之を綜べ、以て二邦の志を通ず。是に於てか吾が之を侏儷鴃舌と謂ふ者、吾れ眎ること猶ほ吾のごとし。是れ則ち詩書礼楽の教へと為るや、庶はくは以て諸を海表に被らしむるに足らんか。黄備氏の東方に功徳有る、民今に至るまで之に頼る。然りと雖も、乳を易ふるに㝅を以てし、虎は廼ち於菟たり、其の読みを顛倒し、錯へて之を綜ぶれば、吾が之を侏儷鴃舌と謂ふ者、吾れ眎ること猶ほ吾のごとく、吾れ視ること猶ほ吾のごとくにして、詩書礼楽は復た中国の言たらず。則ち仮使ひ仲尼桴に乗り、子路之に従ひて游ぶとも、之を目にすれば則ち是にして、之を耳にすれば則ち非なり。彼れ廼ち猶ほ鐘呂の爰居を饗するがごときのみ。

現代語訳

そこへ黄備氏(吉備真備)という人物が現れた。西の中国へ渡って学び、和訓(訓読法)を作って国の人々に教えた。それはちょうど楚の地方で「乳」を「㝅」と言い換え、「虎」を「於菟」と呼ぶようなもので、字の読む順序をひっくり返し、入り組ませて組み直し、こうして二つの国の思いを通わせたのである。これによって、我々が蛮人のさえずりだと思っていた言葉が、自分たちの言葉と同じように見えるようになった。こうして詩書礼楽の教えは、どうにか海の彼方まで行き渡ることができるようになったのだろう。黄備氏が東方にもたらした功徳は大きく、民は今に至るまでそれに頼っている。しかしながら、言葉を置き換え、読む順序をひっくり返し、組み直して、さえずりを自分の言葉のように見なし、自分の言葉と同じに扱ううちに、詩書礼楽はもはや中国の言葉ではなくなってしまった。そうなると、たとえ孔子が筏で渡り子路が従って来たとしても、目で見れば正しいが、耳で聞けば違う、ということになる。それはやはり鐘や大呂の音楽で海鳥をもてなすようなものにすぎない。

解説

徂徠は訓読の創始を吉備真備に帰し、その功績をまず認める。返り点で語順を入れ替え、和語に置き換えることで、異国の経書が日本人にも自国語のように読めるようになった。しかし同じ仕組みが、経書を「中国の言葉」でなくしてしまったと論を反転させる。字面は同じでも響きも語感も別物になる。朱子学の注釈に頼る読み方の根に、この訓読という翻訳装置があると見抜いた点が徂徠の古文辞学の出発点である。翻訳や要約に頼って原典を読んだ気になっていないか、自らに問う材料になる。

この章句が説くこと

和訓訓読翻訳言語古文辞学則

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