福沢諭吉小品集 / 人生の楽事・第5段
以上の趣向は老生が壮年のときより想像する所にして、人に語るも無益なるを知り、一、二親友の外に口外したることもなく、人生の運命は計られず、万に一は自分の身に叶うこともあらんかと独り窃に夢を画きたることもなきに非ざれども、畢竟痴人の夢にして、迚も生涯に叶うべき事に非ず。左れば今満堂の諸君は年尚お少し、一生の行路に幾多の禍福に逢うは必然の数にして、或は大資産の身と為り、衣食余りて別に心身の快楽を求め、特に大に好事心を逞うせんとしてその方法を得ざるが如き境遇に際することもあらんには、むかし/\明治二十六年十一月十一日、慶應義塾にて云々の演説を聴きしこともありと、之を思出して何か面白き企もあらば、老生の生前に於て之を喜ぶのみならず、仮令い死後にても草葉の蔭より大賛成を表して知友の美挙に感泣することあるべし。
新字:以上の趣向は老生が壮年のときより想像する所にして、人に語るも無益なるを知り、一、二親友の外に口外したることもなく、人生の運命は計られず、万に一は自分の身に叶うこともあらんかと独り窃に夢を画きたることもなきに非ざれども、畢竟痴人の夢にして、迚も生涯に叶うべき事に非ず。左れば今満堂の諸君は年尚お少し、一生の行路に幾多の禍福に逢うは必然の数にして、或は大資産の身と為り、衣食余りて別に心身の快楽を求め、特に大に好事心を逞うせんとしてその方法を得ざるが如き境遇に際することもあらんには、むかし/\明治二十六年十一月十一日、慶応義塾にて云々の演説を聴きしこともありと、之を思出して何か面白き企もあらば、老生の生前に於て之を喜ぶのみならず、仮令い死後にても草葉の蔭より大賛成を表して知友の美挙に感泣することあるべし。
書き下し
以上の趣向は老生が壮年のときより想像する所にして、人に語るも無益なるを知り、一、二親友の外に口外したることもなく、人生の運命は計られず、万に一は自分の身に叶うこともあらんかと独り窃に夢を画きたることもなきに非ざれども、畢竟痴人の夢にして、迚も生涯に叶うべき事に非ず。左れば今満堂の諸君は年尚お少し、一生の行路に幾多の禍福に逢うは必然の数にして、或は大資産の身と為り、衣食余りて別に心身の快楽を求め、特に大に好事心を逞うせんとしてその方法を得ざるが如き境遇に際することもあらんには、むかし/\明治二十六年十一月十一日、慶応義塾にて云々の演説を聴きしこともありと、之を思出して何か面白き企もあらば、老生の生前に於て之を喜ぶのみならず、仮令い死後にても草葉の蔭より大賛成を表して知友の美挙に感泣することあるべし。
現代語訳
以上の趣向は、私が壮年のときから想像してきたことで、人に語っても無益だと知っていたので、一、二の親友のほかには口外したこともなく、人生の運命は計り知れないので、万に一つは自分の身に叶うこともあろうかと、独りひそかに夢を描いたこともないわけではありませんが、結局は愚か者の夢であって、とても生涯のうちに叶うべきことではありません。そこで、今、満堂の諸君はまだ年が若く、一生の行路で、多くの禍福に遭うのは必然のことですから、あるいは大資産を持つ身となり、衣食が余って、別に心身の快楽を求め、特に大いに好事心を逞しくしようとして、その方法を得ないような境遇に出会うこともあるでしょう。そのときには、むかしむかし、明治二十六年十一月十一日、慶應義塾でこれこれの演説を聞いたことがあったと、これを思い出して、何か面白い企てがあれば、私の生前にこれを喜ぶだけでなく、たとえ死後でも、草葉の陰から大賛成を表して、知友の美挙に感泣することでしょう。
解説
この章句が説くこと
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福沢諭吉小品集・人生の楽事・第1段左の一編は十一月十一日、府下芝区三田慶応義塾に於て福沢先生の演説したるその大意の筆記なり。 人には何か楽しむ所のものなかるべからず。旅行を好む者あり、閑居を貪る者あり、遊芸を嗜む者あり、書画骨董を悦ぶ者あり。尚お之より以外には財産の増殖に余念なき者もあれば、功名利達に熱心なる者もあり。その他千種万様限りなき人事の運動は、浮世の人々がおの/\その心を楽しましめんとするの働にして、或は之をその人の楽しみとも云えば又はその志とも云う。諸君にも必ず何か楽しむ所、志す所のものあるべし。折々は相会して之を語り之を論ずるこそ面白けれ。今晩は老生が壮年の時より今に至るまで曽て一日も忘れたることなくして、遂に今に至るまで意の如くならざりし一快楽事の想像を語らんに、老生は本来儒学生にして、今を去ること四十年、年齢二十の頃、始めて洋学に志し、その入門は物理学にして、之を悦ぶこと甚だしく、何か一科の専門に入りて為すことあらんとの熱心は万々なれども、時勢の許さゞる所にして、家に資力もなく、朝暮衣食の計に忙くして心を専一にすること能わざるのみか、開国以来の世変を見れば自から黙止すべきにも非ず、色々の著述などして時を費したることも多し。左れども物理学の一事は到底心頭を去らずして、之を思えばいよ/\面白く、独り心に謂らく、造化の秘密、誠に秘密なるが如くなれども、化翁必ずしも之を秘するに非ず、人の之を探究せざるが故なり。蒸気、電気の働は開闢の初より明に示す所なれども、人間の暗愚なる、久しく之を知らずして、漸く近年に至り始めてその端緒を探り得たるのみ。今後とても人智の次第に進歩するに従い、いよいよ之を探りていよ/\之を知り、その知り得たる上にて未だ知らざる時のことを思えば、唯人間の暗愚なりしを悟るのみにして、今日は学界尚お暗黒の時代と云うも可なり。
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福翁自伝・老余の半生・行路変化多し(1)回顧すれば六十何年、人生既往を想えば恍として夢の如しとは毎度聞く所であるが、私の夢は至極変化の多い賑かな夢でした。旧小藩の小士族、窮屈な小さい箱の中に詰込まれて、藩政の楊枝を以て重箱の隅をほじくるその楊枝の先きに掛た少年が、ヒョイと外に飛出して故郷を見捨るのみか、生来教育された漢学流の教をも打遣て西洋学の門に入り、以前に変た書を読み、以前に変った人に交わり、自由自在に運動して、二度も三度も外国に往来すれば考は段々広くなって、旧藩は扨置き日本が挟く見えるようになって来たのは、何と賑かな事で大きな変化ではあるまいか。或はその間に艱難辛苦など述立てれば大造のようだが、咽元通れば熱さ忘れると云うその通りで、艱難辛苦も過ぎて仕舞えば何ともない。貧乏は苦しいに違いないが、その貧乏が過ぎ去た後で昔の貧苦を思出して何が苦しいか、却て面白いくらいだから、私は洋学を修めて、その後ドウやら斯うやら人に不義理をせず頭を下げぬようにして、衣食さえ出来れば大願成就と思て居た処に、又図らずも王政維新、いよ/\日本国を開て本当の開国となったのは難有い。幕府時代に私の著わした西洋事情なんぞ、出版の時の考には、天下にコンなものを読む人が有るか無いか夫れも分らず、仮令い読んだからとて之を日本の実際に試みるなんて固より思いも寄らぬことで、一口に申せば西洋の小説、夢物語の戯作くらいに自から認めて居たものが、世間に流行して実際の役に立つのみか、新政府の勇気は西洋事情の類でない、一段も二段も先きに進んで思切た事を断行して、アベコベに著述者を驚かす程のことも折々見えるから、ソコで私も亦以前の大願成就に安んじて居られない。
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福沢諭吉小品集・成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ・第1段左の一篇は、去る一三日、東京芝区三田二丁目慶応義塾邸内演説館において、福沢先生が同塾学生に向て演説の筆記なり。 学問に志して業を卒りたらば、その身そのまま即身実業の人たるべしとは、余が毎に諸氏に勧告するところにして、毎度の説法、聴くもわずらわしなど思う人もあるべけれども、余が身に経歴したる時勢の変遷を想回えして、近く第二世の事を案ずれば、他人のためならで、自身の情に自から禁ずること能わざるものあれば、これを諸氏に説き明らかにして、かねてまた諸氏の父兄にもこの意を通達せしめんと欲するものなり。 そもそも余は旧中津藩の士族にして、少小の時より藩士同様に漢書を学び、年二十歳ばかりにして始めて洋学に志したるは、今を去ることおよそ三十余年前なり。この時に洋書を読みはじめたるは、何の目的をもってしたるか、今において自から解すること能わず。 当時、世に洋学者なきにあらざれども、たいてい皆、医術研究のためにする者にして、前途の目的もあることなれども、余が如きはもと医家の子にあらず、また自分に医師たらんと欲する志もなし。ただわけもなく医学塾にいて、医学生とともに荷蘭の医書を講じ、物理を研究したるのみにして、かつこの洋学を勉むればこれによりて誉れを郷党朋友に得るかというに、決して然らざるのみならず、かえって公衆の怒に触るるくらいの時勢にして、はなはだ楽しからず。あるいはこれによりて身に利することあるやというに、これまた思いも寄らず。すでに誉れなく、また利益なし、何のために辛苦勤学したるやと尋ねらるれば、ただ今にても返答に困る次第なれども、一歩を進めて考うれば説なきにあらず。 すなわち余は日本の士族の子にして、士族一般先天遺伝の教育に浴し、一種の気風を具えたるは疑もなき事実にして、その気風とはただ出来難き事を好んでこれを勤むるの心、これなり。当時横文読むの業はきわめてむつかしきことにして、容易に出来難き学問なりしがゆえに、これを勤めたることならん。あるいは洋学ならで、ほかに何か困難なる事業もありて、偶然に思いつきたらば、その方に身を委ねたるやも知るべからず。
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福翁自伝・老余の半生・事を為すに極端を想像す(1)扨これまで長々と話を続けて、私の一身の事、又私に関係した世の中の事をも語りましたが、私の生涯中に一番骨を折たのは著書飜訳の事業で、是れには中々話が多いが、その次第は本年再版した福澤全集の緒言に記してあれば之を略し、著訳の事を別にして、元来私が家に居り世に処するの法を一括して手短に申せば、都て事の極端を想像して覚悟を定め、マサカの時に狼狽せぬように後悔せぬようにと計り考えて居ます。生きて居る身はいつ何時死ぬかも知れぬから、その死ぬ時に落付て静にしようと云うのは誰も考えて居ましょう。夫れと同様に、例えば私が自身自家の経済に就ては、何としても他人に対して不義理はせぬと心に決定して居るから、危い事を犯すことが出来ない。斯うすれば利益がある、爾うすれば金が出来るなど云ても、危険を犯して失敗したときには必ず狼狽することがあろう、後悔することがあろうと思て、手を出すことが出来ない。金を得て金を使うよりも、金がなければ使わずに居る。按摩按腹をしても餓えて死ぬ気遣いはない、粗衣粗食などに閉口する男でないと力身込んで居るような訳けで、私が経済上に不活溌なのは失敗の極端を恐れて鈍くして居るのですが、その外直接に一身の不義理にならぬ事に就ては必ずしも不活溌でない。トヾの詰り遣傷なっても自身独立の主義に妨げのない限りは颯々と遣ります。例えば慶應義塾を開いて何十年来様々変化は多い。時としては生徒の減ることもあれば増ることもある。唯生徒ばかりでない、会計上からして教員の不足することも度々でしたが、ソンな時にも払は少しも狼狽しない。生徒が散ずれば散ずるまゝにして置け、教員が出て行くなら行くまゝにして留めるな、生徒散じ教員去て塾が空屋になれば、残る者は乃公一人だ、ソコで一人の根気で教えられる丈けの生徒を相手に自分が教授して遣る、ソレも生徒がなければ強いて教授しようとは云わぬ、福澤諭吉は大塾を開て天下の子弟を教えねばならぬと人に約束したことはない、塾の盛衰に気を揉むような馬鹿はせぬと、腹の底に極端の覚悟を定めて、塾を開たその時から、何時でもこの塾を潰して仕舞うと始終考えて居るから、少しも怖いものはない。平生は塾務を大切にして一生懸命に勉強もすれば心配もすれども、本当に私の心事の真面目を申せば、この勉強心配は浮世の戯れ、仮りの相ですから、勉めながらも誠に安気です。
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