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福沢諭吉小品集 / 養生の心得・第3段

一、誰れも知る通り飮食は一日も止める事の出來ぬ大切なるものにて、先始め食餌を齒にて噛み嚥下めば直に胃の腑に入り、夫れより色々樣々の働を受けて體を養ふ正味と滓と別れ、滓は大小便となり、正味は血と混じりて五體を養ふ。依て食餌惡しきときは滓多くして正味少なく、五體を養ふに不足出來る道理なれば、食餌は精々良きものを心懸け、惡しきものを喰わぬよふにせねばならぬ筈なり。其榮養正味の多きものは肉類魚類鳥卵の類にして、野菜類には正味少なし。故に西洋諸國の人は肉類魚類類を喰ふ事多し。然るに日本人は是まで野菜類を喰ふ事多くして肉類を喰ふもの少なし。是日本人は西洋人より體力弱き所以なり。體力弱ければ智惠の開けもわろく、病氣にも危き勘定なり。故に人々身分惣應に成丈善き食餌を心懸くべし。 一、肉類魚類は勿論、其外の食物に至るまで、少しにても味ひ變りふるき樣子のものは決して喰ふ可からず。又時節ならざるものを珍らしきとて喰ふべからず。人に寄りては此食物は少々經日くなりたれ共、捨るはもつたいなし、早く喰ふべしとて、人にも進め自身にも喰ふもの世間に間々あり。誠に大なる心得違なり。食物を略にするはもつたいなしと云ふ諺は、大切なる體を養ふが爲に云たるなり。されば經日くなりたるときは最早體の害となりて敵なり。喰ふのがもつたいなしといふべし。 一、漬物干魚鹽漬の類は榮養の正味少く胃の腑にて消化れ惡しきものなれば、身を大切にする人は喰ふ可きものに非ず。全體日本人は箇樣なる品を喰ふもの多し。是れ日本に溜飮病多き所以なり。 一、食餌は三度の定期を違へぬようにし、定期間の喰物を成丈爲ぬようにすべし。殊に寢る前に喰ふは大にわろし。 一、酒は身を大切にする智者の飮むべきものに非ず。下戸に生れ付たるものは誠に仕合なり。決して上戸を羨むこと勿れ。上戸の人も身の大切なるに着眼け追々に飮量を減らすべし。遂には止めて居れるものなり。又菓子類も多く喰ふときは胃病を起して大害あり。下戸の人は菓子を多く喰わぬように愼むべし。就中蒸菓子汁粉の類はわろし。

新字:一、誰れも知る通り飲食は一日も止める事の出来ぬ大切なるものにて、先始め食餌を歯にて噛み嚥下めば直に胃の腑に入り、夫れより色々様々の働を受けて体を養ふ正味と滓と別れ、滓は大小便となり、正味は血と混じりて五体を養ふ。依て食餌悪しきときは滓多くして正味少なく、五体を養ふに不足出来る道理なれば、食餌は精々良きものを心懸け、悪しきものを喰わぬよふにせねばならぬ筈なり。其栄養正味の多きものは肉類魚類鳥卵の類にして、野菜類には正味少なし。故に西洋諸国の人は肉類魚類類を喰ふ事多し。然るに日本人は是まで野菜類を喰ふ事多くして肉類を喰ふもの少なし。是日本人は西洋人より体力弱き所以なり。体力弱ければ智恵の開けもわろく、病気にも危き勘定なり。故に人々身分惣応に成丈善き食餌を心懸くべし。 一、肉類魚類は勿論、其外の食物に至るまで、少しにても味ひ変りふるき様子のものは決して喰ふ可からず。又時節ならざるものを珍らしきとて喰ふべからず。人に寄りては此食物は少々経日くなりたれ共、捨るはもつたいなし、早く喰ふべしとて、人にも進め自身にも喰ふもの世間に間々あり。誠に大なる心得違なり。食物を略にするはもつたいなしと云ふ諺は、大切なる体を養ふが為に云たるなり。されば経日くなりたるときは最早体の害となりて敵なり。喰ふのがもつたいなしといふべし。 一、漬物干魚塩漬の類は栄養の正味少く胃の腑にて消化れ悪しきものなれば、身を大切にする人は喰ふ可きものに非ず。全体日本人は箇様なる品を喰ふもの多し。是れ日本に溜飲病多き所以なり。 一、食餌は三度の定期を違へぬようにし、定期間の喰物を成丈為ぬようにすべし。殊に寝る前に喰ふは大にわろし。 一、酒は身を大切にする智者の飲むべきものに非ず。下戸に生れ付たるものは誠に仕合なり。決して上戸を羨むこと勿れ。上戸の人も身の大切なるに着眼け追々に飲量を減らすべし。遂には止めて居れるものなり。又菓子類も多く喰ふときは胃病を起して大害あり。下戸の人は菓子を多く喰わぬように慎むべし。就中蒸菓子汁粉の類はわろし。

書き下し

一、誰れも知る通り飲食は一日も止める事の出来ぬ大切なるものにて、先始め食餌を歯にて噛み嚥下めば直に胃の腑に入り、夫れより色々様々の働を受けて体を養ふ正味と滓と別れ、滓は大小便となり、正味は血と混じりて五体を養ふ。依て食餌悪しきときは滓多くして正味少なく、五体を養ふに不足出来る道理なれば、食餌は精々良きものを心懸け、悪しきものを喰わぬよふにせねばならぬ筈なり。其栄養正味の多きものは肉類魚類鳥卵の類にして、野菜類には正味少なし。故に西洋諸国の人は肉類魚類類を喰ふ事多し。然るに日本人は是まで野菜類を喰ふ事多くして肉類を喰ふもの少なし。是日本人は西洋人より体力弱き所以なり。体力弱ければ智恵の開けもわろく、病気にも危き勘定なり。故に人々身分惣応に成丈善き食餌を心懸くべし。 一、肉類魚類は勿論、其外の食物に至るまで、少しにても味ひ変りふるき様子のものは決して喰ふ可からず。又時節ならざるものを珍らしきとて喰ふべからず。人に寄りては此食物は少々経日くなりたれ共、捨るはもつたいなし、早く喰ふべしとて、人にも進め自身にも喰ふもの世間に間々あり。誠に大なる心得違なり。食物を略にするはもつたいなしと云ふ諺は、大切なる体を養ふが為に云たるなり。されば経日くなりたるときは最早体の害となりて敵なり。喰ふのがもつたいなしといふべし。 一、漬物干魚塩漬の類は栄養の正味少く胃の腑にて消化れ悪しきものなれば、身を大切にする人は喰ふ可きものに非ず。全体日本人は箇様なる品を喰ふもの多し。是れ日本に溜飲病多き所以なり。 一、食餌は三度の定期を違へぬようにし、定期間の喰物を成丈為ぬようにすべし。殊に寝る前に喰ふは大にわろし。 一、酒は身を大切にする智者の飲むべきものに非ず。下戸に生れ付たるものは誠に仕合なり。決して上戸を羨むこと勿れ。上戸の人も身の大切なるに着眼け追々に飲量を減らすべし。遂には止めて居れるものなり。又菓子類も多く喰ふときは胃病を起して大害あり。下戸の人は菓子を多く喰わぬように慎むべし。就中蒸菓子汁粉の類はわろし。

現代語訳

一、誰もが知るとおり、飲食は一日も止めることのできない大切なものです。まず、食べ物を歯でかんで飲み込めば、すぐに胃の腑に入り、それからいろいろな働きを受けて、体を養う養分とかすとが分かれ、かすは大小便となり、養分は血と混じって五体を養います。そのため、食べ物が悪いときは、かすが多くて養分が少なく、五体を養うのに不足が出る道理ですから、食べ物はできるだけ良いものを心がけ、悪いものを食べないようにしなければならないはずです。その滋養の養分が多いのは、肉類、魚類、鳥、卵の類であり、野菜類には養分が少ない。そのため西洋諸国の人は、肉類や魚類をたくさん食べます。ところが日本人は、これまで野菜類を多く食べて、肉類を食べる者が少ない。これは、日本人が西洋人より体力が弱い理由です。体力が弱ければ、知恵の開けも悪く、病気にもかかりやすい勘定です。そこで、人々は身分に応じて、できるだけ良い食べ物を心がけなさい。 一、肉類や魚類はもちろん、そのほかの食べ物に至るまで、少しでも味が変わり、古そうなものは、決して食べてはいけません。また、季節外れのものを珍しいからといって食べてはいけません。人によっては、この食べ物は少し日が経ったけれど、捨てるのはもったいない、早く食べようと言って、人にも勧め自分も食べる者が世間にときどきあります。まことに大きな心得違いです。食べ物を粗末にするともったいないという諺は、大切な体を養うために言ったものです。ですから、日が経ったときは、もはや体の害となって敵です。食べるほうがもったいない、と言うべきです。 一、漬物、干魚、塩漬けの類は、栄養の養分が少なく、胃で消化が悪いものなので、身を大切にする人は、食べるべきものではありません。そもそも日本人は、このような品を食べる者が多い。これが、日本に溜飲の病が多い理由です。 一、食事は、三度の定まった時刻を違えないようにし、定まった時間以外の飲食は、できるだけしないようにしなさい。特に寝る前に食べるのは、大いに悪いことです。 一、酒は、身を大切にする賢い人が飲むべきものではありません。下戸に生まれついた者は、まことに幸せです。決して上戸を羨んではいけません。上戸の人も、身の大切さに着目して、次第に飲む量を減らしなさい。ついにはやめることができるものです。また菓子類も、多く食べると胃病を起こして大害があります。下戸の人は、菓子を多く食べないよう慎みなさい。とりわけ、蒸し菓子や汁粉の類は悪いものです。

解説

福沢は食を、体を養う養分と排出されるものの区別で説き、肉や魚、卵の滋養が野菜より多いこと、傷んだ物は食べないこと、定時に食べることなどを勧めます。古くなったものはもったいないより体を優先せよという指摘は、今日も通じる実用的な忠告です。ただし日本人の体力が弱い理由を食事に帰する点や、漬物・酒・菓子への評価は、当時の栄養知識に基づく単純化で、今日の栄養学とは異なります。身体管理を仕事の基礎として扱う視点は、現代の健康経営にも通じます。

この章句が説くこと

飲食滋養肉食食事の定時酒菓子

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