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福沢諭吉小品集 / 養生の心得・第4段

一、食餌は餘り熱つきを好むは宜からず。總て冷食の方宜ろし。されども日本人の如きは熱きに馴たるを以て、一概に強て冷食するときは又わろし。追々に冷食に馴れるよう心懸べし。 一、衣服は五體を守る肝要なるものなれば、成丈清淨に保つを以て第一の主意とす。垢着て穢れたる衣服は蒸發氣といふ體より始終出る氣を押さへて體中に嵌める故に終に病氣を起すに至る。依て衣服は精々清潔に心懸、殊に膚着繻絆は度々洗濯して着替るを良しとす。 一、垢染たる着物を寢卷に用ゆるもの間々あり。誠に心得違なり。夜分寢て居るとき夫の蒸發氣閉塞されて病を起す事多きものなれば、寢卷は猶更清潔にして着ねばならぬ筈なり。夜具もまた精々清潔にし度々干して用ゆるよう心懸べし。木綿か金巾にて蒲團の を拵い置き、其 を時々洗濯し取替用ゆれば一入よし。 一、總て衣服類の濕つたるは惡し。よく乾かして用ゆべし。 一、膚着類は染物より白地を用ひ、絹ものより木綿を用ゆるを良しとす。白のフラネル繻絆は最もよし。 一、紐帶の類を固く るときは血の循還を妨げる故に大にわろし。總てゆるく結ぶにしかず。 一、人の棲は高かき乾燥たる地に家作し、精々清潔に棲ふを養生の大旨とす。先づ人間今日活きて居る爲め第一大切なるものは空氣に越すものなし。一と通り小供の考を以て云ふ時は、食餌ほど大切なるものは無しと思へるなれど、空氣無きときは毎日三度の食餌を充分に喰ふとも片時も生活て居る事は出來ぬものにて、其空氣を今日我々の吸ふて生活て居る事は、丁度魚の水を吸て生活て居ると同じ理合にて、魚、水なき時は餌有りても生活て居らぬが如し。又魚は清潔なる流れ川に居る時は肥て勢ひよけれども、腐敗たる水の中へ移す時は直に勢ひ弱り遂に死ぬる通り、人も清潔なる空氣を吸ふて居れば強壯なれども、惡しき空氣を吸ふなれば遂に病氣を起すに至る。總て卑くき地は濕氣を生じ空氣を穢がす事多く、掃除不行屆なれば種々のものより腐敗氣を出し又空氣を濁らす故に、高き地面に家作し懇に掃除して清潔に棲ふを以て養生の第一とす。

新字:一、食餌は余り熱つきを好むは宜からず。総て冷食の方宜ろし。されども日本人の如きは熱きに馴たるを以て、一概に強て冷食するときは又わろし。追々に冷食に馴れるよう心懸べし。 一、衣服は五体を守る肝要なるものなれば、成丈清浄に保つを以て第一の主意とす。垢着て穢れたる衣服は蒸発気といふ体より始終出る気を押さへて体中に嵌める故に終に病気を起すに至る。依て衣服は精々清潔に心懸、殊に膚着繻絆は度々洗濯して着替るを良しとす。 一、垢染たる着物を寝巻に用ゆるもの間々あり。誠に心得違なり。夜分寝て居るとき夫の蒸発気閉塞されて病を起す事多きものなれば、寝巻は猶更清潔にして着ねばならぬ筈なり。夜具もまた精々清潔にし度々干して用ゆるよう心懸べし。木綿か金巾にて蒲団の を拵い置き、其 を時々洗濯し取替用ゆれば一入よし。 一、総て衣服類の湿つたるは悪し。よく乾かして用ゆべし。 一、膚着類は染物より白地を用ひ、絹ものより木綿を用ゆるを良しとす。白のフラネル繻絆は最もよし。 一、紐帯の類を固く るときは血の循還を妨げる故に大にわろし。総てゆるく結ぶにしかず。 一、人の棲は高かき乾燥たる地に家作し、精々清潔に棲ふを養生の大旨とす。先づ人間今日活きて居る為め第一大切なるものは空気に越すものなし。一と通り小供の考を以て云ふ時は、食餌ほど大切なるものは無しと思へるなれど、空気無きときは毎日三度の食餌を充分に喰ふとも片時も生活て居る事は出来ぬものにて、其空気を今日我々の吸ふて生活て居る事は、丁度魚の水を吸て生活て居ると同じ理合にて、魚、水なき時は餌有りても生活て居らぬが如し。又魚は清潔なる流れ川に居る時は肥て勢ひよけれども、腐敗たる水の中へ移す時は直に勢ひ弱り遂に死ぬる通り、人も清潔なる空気を吸ふて居れば強壮なれども、悪しき空気を吸ふなれば遂に病気を起すに至る。総て卑くき地は湿気を生じ空気を穢がす事多く、掃除不行届なれば種々のものより腐敗気を出し又空気を濁らす故に、高き地面に家作し懇に掃除して清潔に棲ふを以て養生の第一とす。

書き下し

一、食餌は余り熱つきを好むは宜からず。総て冷食の方宜ろし。されども日本人の如きは熱きに馴たるを以て、一概に強て冷食するときは又わろし。追々に冷食に馴れるよう心懸べし。 一、衣服は五体を守る肝要なるものなれば、成丈清浄に保つを以て第一の主意とす。垢着て穢れたる衣服は蒸発気といふ体より始終出る気を押さへて体中に嵌める故に終に病気を起すに至る。依て衣服は精々清潔に心懸、殊に膚着繻絆は度々洗濯して着替るを良しとす。 一、垢染たる着物を寝巻に用ゆるもの間々あり。誠に心得違なり。夜分寝て居るとき夫の蒸発気閉塞されて病を起す事多きものなれば、寝巻は猶更清潔にして着ねばならぬ筈なり。夜具もまた精々清潔にし度々干して用ゆるよう心懸べし。木綿か金巾にて蒲団の を拵い置き、其 を時々洗濯し取替用ゆれば一入よし。 一、総て衣服類の湿つたるは悪し。よく乾かして用ゆべし。 一、膚着類は染物より白地を用ひ、絹ものより木綿を用ゆるを良しとす。白のフラネル繻絆は最もよし。 一、紐帯の類を固く るときは血の循還を妨げる故に大にわろし。総てゆるく結ぶにしかず。 一、人の棲は高かき乾燥たる地に家作し、精々清潔に棲ふを養生の大旨とす。先づ人間今日活きて居る為め第一大切なるものは空気に越すものなし。一と通り小供の考を以て云ふ時は、食餌ほど大切なるものは無しと思へるなれど、空気無きときは毎日三度の食餌を充分に喰ふとも片時も生活て居る事は出来ぬものにて、其空気を今日我々の吸ふて生活て居る事は、丁度魚の水を吸て生活て居ると同じ理合にて、魚、水なき時は餌有りても生活て居らぬが如し。又魚は清潔なる流れ川に居る時は肥て勢ひよけれども、腐敗たる水の中へ移す時は直に勢ひ弱り遂に死ぬる通り、人も清潔なる空気を吸ふて居れば強壮なれども、悪しき空気を吸ふなれば遂に病気を起すに至る。総て卑くき地は湿気を生じ空気を穢がす事多く、掃除不行届なれば種々のものより腐敗気を出し又空気を濁らす故に、高き地面に家作し懇に掃除して清潔に棲ふを以て養生の第一とす。

現代語訳

一、食べ物は、あまり熱いものを好むのはよくありません。総じて冷たいもののほうがよいでしょう。ただし日本人は熱いものに慣れているので、一概に無理に冷たいものを食べるのは、またよくありません。次第に冷たいものに慣れるよう心がけなさい。 一、衣服は五体を守る大切なものですから、できるだけ清潔に保つことを第一の主意とします。垢がついて汚れた衣服は、蒸発気という、体からいつも出る気を押さえて体の中に閉じ込めるため、ついには病気を起こすことになります。そこで、衣服はできるだけ清潔に心がけ、特に肌着や襦袢は、度々洗濯して着替えるのがよいのです。 一、垢のついた着物を寝巻に用いる者がときどきあります。まことに心得違いです。夜、寝ているとき、あの蒸発気が閉じ込められて病を起こすことが多いので、寝巻はなおさら清潔にして着なければならないはずです。夜具もまた、できるだけ清潔にし、度々干して用いるよう心がけなさい。木綿か金巾で布団の覆いを作っておき、その覆いを時々洗濯して取り替えて用いれば、いっそうよいでしょう。 一、総じて衣服類が湿っているのは悪いことです。よく乾かして用いなさい。 一、肌着類は、染め物より白地を用い、絹より木綿を用いるのがよいでしょう。白のフランネルの襦袢は、最もよいものです。 一、紐や帯の類を固く締めると、血の巡りを妨げるので、大いに悪いことです。総じて、ゆるく結ぶに越したことはありません。 一、人の住まいは、高くて乾燥した土地に家を建て、できるだけ清潔に暮らすことを、養生の大旨とします。まず、人間が今日生きているために第一に大切なものは、空気に越すものはありません。ひと通り子供の考えで言うなら、食べ物ほど大切なものはないと思うでしょうが、空気がなければ、毎日三度の食事を十分に食べても、わずかの間も生きていることはできません。その空気を、今日、私たちが吸って生きていることは、ちょうど魚が水を吸って生きているのと同じ道理で、魚は水がなければ、餌があっても生きていられません。また魚は、清潔な流れの川にいるときは、肥えて勢いがよいですが、腐った水の中に移せば、すぐに勢いが弱り、ついには死ぬのと同じように、人も清潔な空気を吸っていれば強壮ですが、悪い空気を吸えば、ついには病気を起こすに至ります。総じて低い土地は湿気を生じて空気を汚すことが多く、掃除が行き届かなければ、種々のものから腐敗した気を出して、また空気を濁らせます。そこで、高い土地に家を建て、念入りに掃除して清潔に暮らすことを、養生の第一とします。

解説

食事の温度、衣服の清潔、住まいと空気について、福沢は具体的な実践を並べます。とくに空気を魚と水に譬え、清潔な環境が健康の第一だと説く部分は、換気や職場環境の重要さを考える手がかりになります。蒸発気や腐敗気といった説明は当時の衛生観念による理解で、今日の医学とは異なりますが、衣服や寝具を清潔に保ち、住環境を整えるという実践そのものは、現在も有益です。環境を整えることが個人の努力の前提だという視点で読むとよいでしょう。

この章句が説くこと

衣服清潔蒸発気空気住まい換気

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