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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第15段

およそ人事に必要なるものは特に求めずして成るの常にして、かの内行不始末の防禦策の如きも、誰が家の主人がいずれの時にこれを発明して実行の先例を示したりなどいうべき跡はなけれども、今日の実際について見れば、主人の内行修まらざる者は、その家風の外面は必ず厳重にして、家族骨肉の間、自然に他人の交際の如く、何か互いに隠して打ち解けざるものあるが如し。あるいはまた、家道紊れて取締なく、親子妻妾相互いに無遠慮狼藉なるが如きものにても、その主人は必ず特に短気無法にして、家人に恐れられざるはなし。即ち事の要用に出でたるものにして、いやしくも家風に厳格を失うか、もしくは主人に短気無法の威力なきにおいては、かの不品行の弱点を襲わるるの恐れあればなり。世間の噂に、某家の主人は内行に頓着せずして家事を軽んじ、あるいは妻妾一処に居て甚だ不都合なれども、内君は貞実にして主公は公平、妾もまた至極柔順なる者にして、かつて家に風波を生じたることなしなどいう者あれども、これはただ外見外聞の噂のみ。即ちその風波の生ぜざるは、ただ家法の厳にして主公の威張るがためにして、これを形容していえば、圧制政府の下に騒乱なきものに異ならず。ただ表に破裂せざるのみ。その内実は風波の動揺を互いの胸中に含むものというべし。されば、男尊女卑、主公圧制、家人卑屈の組織は、不品行の家に欠くべからざるの要用にして、日々夜々、後進の子女をこの組織の中に養育することなれば、その子女後年の事もまた想い見るべし。我輩の特に憐れむ所のものなり。天下広し家族多しといえども、一家の夫婦・親子・兄弟姉妹、相互いに親愛恭敬して至情を尽し、陰にも陽にも隠す所なくして互いにその幸福を祈り、無礼の間に敬意を表し、争うが如くにして相譲り、家の貧富に論なく万年の和気悠々として春の如くなるものは、不品行の家に求むべからざるの幸福なりと知るべし。

書き下し

およそ人事に必要なるものは特に求めずして成るの常にして、かの内行不始末の防禦策の如きも、誰が家の主人がいずれの時にこれを発明して実行の先例を示したりなどいうべき跡はなけれども、今日の実際について見れば、主人の内行修まらざる者は、その家風の外面は必ず厳重にして、家族骨肉の間、自然に他人の交際の如く、何か互いに隠して打ち解けざるものあるが如し。あるいはまた、家道紊れて取締なく、親子妻妾相互いに無遠慮狼藉なるが如きものにても、その主人は必ず特に短気無法にして、家人に恐れられざるはなし。即ち事の要用に出でたるものにして、いやしくも家風に厳格を失うか、もしくは主人に短気無法の威力なきにおいては、かの不品行の弱点を襲わるるの恐れあればなり。世間の噂に、某家の主人は内行に頓着せずして家事を軽んじ、あるいは妻妾一処に居て甚だ不都合なれども、内君は貞実にして主公は公平、妾もまた至極柔順なる者にして、かつて家に風波を生じたることなしなどいう者あれども、これはただ外見外聞の噂のみ。即ちその風波の生ぜざるは、ただ家法の厳にして主公の威張るがためにして、これを形容していえば、圧制政府の下に騒乱なきものに異ならず。ただ表に破裂せざるのみ。その内実は風波の動揺を互いの胸中に含むものというべし。されば、男尊女卑、主公圧制、家人卑屈の組織は、不品行の家に欠くべからざるの要用にして、日々夜々、後進の子女をこの組織の中に養育することなれば、その子女後年の事もまた想い見るべし。我輩の特に憐れむ所のものなり。天下広し家族多しといえども、一家の夫婦・親子・兄弟姉妹、相互いに親愛恭敬して至情を尽し、陰にも陽にも隠す所なくして互いにその幸福を祈り、無礼の間に敬意を表し、争うが如くにして相譲り、家の貧富に論なく万年の和気悠々として春の如くなるものは、不品行の家に求むべからざるの幸福なりと知るべし。

現代語訳

およそ人事に必要なものは、特に求めなくても成るのが常で、あの内行不始末の防御策のようなものも、誰の家の主人がいつこれを発明して実行の先例を示したなどという跡はないけれども、今日の実際について見れば、主人の内行が修まらない者は、その家風の外面は必ず厳重で、家族骨肉の間も自然に他人の交際のようで、何か互いに隠して打ち解けないものがあるようだ。あるいはまた、家の道が乱れて取り締まりがなく、親子妻妾が互いに無遠慮で乱暴なようなものでも、その主人は必ず特に短気で無法で、家人に恐れられないことはない。つまり事の必要から出たもので、いやしくも家風に厳格さを失うか、もしくは主人に短気無法の威力がなければ、あの不品行の弱点を突かれる恐れがあるからである。世間の噂に、某家の主人は内行に頓着せず家事を軽んじ、あるいは妻妾が一か所にいて甚だ不都合だが、奥方は貞実で主人は公平、妾もまた至極柔順な者で、かつて家に波風が生じたことがない、などと言う者があるが、これはただ外見・外聞の噂にすぎない。つまりその波風が生じないのは、ただ家法が厳しく主人が威張るためで、これをたとえていえば、圧制政府の下に騒乱がないのと異ならない。ただ表に破裂しないだけである。その内実は波風の動揺を互いの胸中に含んでいるというべきである。だから、男尊女卑・主人の圧制・家人の卑屈という組織は、不品行の家に欠くことのできない必要であって、日々夜々、後進の子女をこの組織の中で養育するのだから、その子女の後年の事もまた想像できる。我々が特に哀れむところである。天下は広く家族は多いけれども、一家の夫婦・親子・兄弟姉妹が互いに親愛恭敬して至情を尽くし、陰にも陽にも隠すことなく、互いにその幸福を祈り、無礼講の間にも敬意を表し、争うようでいて譲り合い、家の貧富を問わず万年の和気が悠々として春のようであるというのは、不品行の家には求められない幸福であると知るべきである。

解説

福沢は、内行の乱れた家ほど家風は厳重で、主人は短気無法になると見ます。波風がないのは、圧制政府の下に騒乱がないのと同じで、内に動揺を含むだけだというのです。「妾」は当時の語で、今日の感覚と異なります。波風の立たない職場が、実は恐れによる沈黙の結果ではないかという問いは、心理的安全性の議論に通じます。反対に、隠し事のない家の和気を福沢は幸福として描きます。

この章句が説くこと

圧制政府の下の静けさ家風の厳重短気無法妾万年の和気親愛恭敬

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