福沢諭吉小品集 / 学者安心論・第17段
また、外国の交際においても、字義を広くしてこれを論ずれば、霞が関の外務省のみをもって交際の場所と思うべからず。ひとたび国を開きてより以来、我が日本と諸外国との間には、貿易商売の交際あり、学芸工業の交際あり、これを概すれば、双方の間に智力の交際を始めたるものというべし。この交際はいずれも皆人民の身の上に引受け、人々その責に任ずべきものにして、政府はあたかも人民の交際に調印して請人に立ちたる者の如し。 ゆえに、貿易に不正あれば、商人の恥辱なり、これによりて利を失えば、その愚なり。学芸の上達せざるは、学者の不外聞なり、工業の拙なるは、職人の不調法なり。智力発達せずして品行の賤しきは、士君子の罪というべし。昔日鎖国の世なれば、これらの諸件に欠点あるも、ただ一国内に止まり、天に対し同国人に対しての罪なりしもの、今日にありては、天に対し同国人に対し、かねてまた外国人に対して体面を失し、その結局は我が本国の品価を低くして、全国の兄弟ともにその禍を蒙るのみならず、二千余年の独立を保ちし先人をも辱しむるにいたるべし。これを重大といわずして何物を重大といわん。 また試みに見よ、今の西洋諸国は果して至文至明の徳化にあまねくして、その人民は皇々如として王者の民の如くなるか。我が人民の智力学芸に欠点あるも、よくこれを容れてその釁に切込むことなく、永く対立の交際をなして、これに甘んずる者か。余輩断じてその然らざるを証す。結局双方の智力たがいに相頡頏するに非ざれば、その交際の権利もまた頡頏すべからざるなり。交際の難きものというべし。而してその難きとは、何事に比すれば難く、何物に比すれば易きや。今の日本の有様にては、これを至難にして比すべきものなしといわざるをえず。然らばすなわち、国の独立は重大なり、外国の交際は至難なり。学者はこの重大至難なる責に当るも、なおかつこれをかえりみず、区々たる政府に迫りてただちに不平を訴え、ますますその拙陋を示さんと欲するか。事物の難易軽重を弁ぜざる者というべし。 ゆえにいわく、今の時にあたりては、学者は区々たる政府の政を度外に置き、政府は瑣々たる学者の議論を度外に置き、たがいに余地を許してその働をたくましゅうせしめ、遠く喜憂の目的をともにして間接に相助くることあらば、民権も求めずして起り、政体も期せずして成り、識らず知らず改進の元素を発達して、双方ともに注文通りの目的に達すべきなり。
書き下し
また、外国の交際においても、字義を広くしてこれを論ずれば、霞が関の外務省のみをもって交際の場所と思うべからず。ひとたび国を開きてより以来、我が日本と諸外国との間には、貿易商売の交際あり、学芸工業の交際あり、これを概すれば、双方の間に智力の交際を始めたるものというべし。この交際はいずれも皆人民の身の上に引受け、人々その責に任ずべきものにして、政府はあたかも人民の交際に調印して請人に立ちたる者の如し。 ゆえに、貿易に不正あれば、商人の恥辱なり、これによりて利を失えば、その愚なり。学芸の上達せざるは、学者の不外聞なり、工業の拙なるは、職人の不調法なり。智力発達せずして品行の賤しきは、士君子の罪というべし。昔日鎖国の世なれば、これらの諸件に欠点あるも、ただ一国内に止まり、天に対し同国人に対しての罪なりしもの、今日にありては、天に対し同国人に対し、かねてまた外国人に対して体面を失し、その結局は我が本国の品価を低くして、全国の兄弟ともにその禍を蒙るのみならず、二千余年の独立を保ちし先人をも辱しむるにいたるべし。これを重大といわずして何物を重大といわん。 また試みに見よ、今の西洋諸国は果して至文至明の徳化にあまねくして、その人民は皇々如として王者の民の如くなるか。我が人民の智力学芸に欠点あるも、よくこれを容れてその釁に切込むことなく、永く対立の交際をなして、これに甘んずる者か。余輩断じてその然らざるを証す。結局双方の智力たがいに相頡頏するに非ざれば、その交際の権利もまた頡頏すべからざるなり。交際の難きものというべし。而してその難きとは、何事に比すれば難く、何物に比すれば易きや。今の日本の有様にては、これを至難にして比すべきものなしといわざるをえず。然らばすなわち、国の独立は重大なり、外国の交際は至難なり。学者はこの重大至難なる責に当るも、なおかつこれをかえりみず、区々たる政府に迫りてただちに不平を訴え、ますますその拙陋を示さんと欲するか。事物の難易軽重を弁ぜざる者というべし。 ゆえにいわく、今の時にあたりては、学者は区々たる政府の政を度外に置き、政府は瑣々たる学者の議論を度外に置き、たがいに余地を許してその働をたくましゅうせしめ、遠く喜憂の目的をともにして間接に相助くることあらば、民権も求めずして起り、政体も期せずして成り、識らず知らず改進の元素を発達して、双方ともに注文通りの目的に達すべきなり。
現代語訳
また、外国との交際においても、字義を広くして論じれば、霞が関の外務省だけが交際の場所だと思ってはいけません。一度国を開いて以来、我が日本と諸外国との間には、貿易や商売の交際があり、学問や芸術、工業の交際があります。これを概していえば、双方の間に知力の交際を始めたというべきです。この交際は、いずれもみな人民の身の上に引き受けて、人々がその責任を負うべきもので、政府は人民の交際に調印して保証人に立っているようなものです。 ですから、貿易に不正があれば商人の恥辱であり、それによって利益を失えば、その愚かさです。学問や芸術の上達しないのは学者の外聞が悪いことで、工業の拙さは職人の不調法です。知力が発達せずに品行が卑しいのは、士君子の罪というべきです。昔の鎖国の世なら、これらの点に欠点があっても、ただ一国内にとどまり、天に対し同国人に対しての罪にすぎなかったものが、今日では、天に対し同国人に対し、さらに外国人に対しても体面を失い、その結果は我が本国の価値を低くして、全国の兄弟がともにその災いを被るだけでなく、二千年余りの独立を保ってきた先人をも辱めるに至るでしょう。これを重大といわずして、何を重大というのでしょうか。 また試みに見てください。今の西洋諸国は、はたして最高の文明の徳化にあまねく浴して、その人民は堂々として王者の民のようなのでしょうか。我が人民の知力や学芸に欠点があっても、よくそれを受け入れてその隙に切り込むことなく、永く対等の交際をして、これに甘んじる者たちでしょうか。私は断じてそうでないことを証明できます。結局、双方の知力が互いに匹敵しなければ、その交際の権利もまた匹敵しません。交際は難しいものというべきです。その難しさは、何事に比べれば難しく、何に比べれば易しいのでしょうか。今の日本の有様では、これを至難にして比べるものがないといわざるをえません。そうであれば、国の独立は重大で、外国との交際は至難です。学者はこの重大で至難な責任に当たりながら、なおこれを顧みず、取るに足りない政府に迫ってただちに不平を訴え、ますますその拙さを示そうとするのでしょうか。事物の難易や軽重をわきまえない者というべきです。 ですから私は言います。今の時にあたって、学者は取るに足りない政府の政を度外に置き、政府はつまらない学者の議論を度外に置き、互いに余地を許して働きを活発にさせ、遠く喜びや憂いの目的を共にして間接に助け合うことがあれば、民権も求めずして起こり、政体も期せずして成り、知らず知らず改進の元素を発達させて、双方とも注文どおりの目的に達するでしょう。
解説
この章句が説くこと
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福沢諭吉小品集・学者安心論・第13段今政府と人民とは他人の間柄なり。未だ遠ざからずして、まず相近づかんとするは、事の順序を誤るものというべし。けだし各種の人がめいめいの地位にいて、その地位の利害におおわれ、ついに事柄の判断を誤るものは、他の地位の有様を詳にすること能わざるがゆえなり。その有様に密接すること、同居人が眠食をともにするが如くなるがゆえなり。その相接すること密に過ぎ、かえって他の全体を見ること能わずして、局処をうかがうに察々たるがゆえなり。なお、かの、山を望み見ずして山に登りて山を見るが如く、とうてい物の真情を知るによしなし。真情相通ぜざれば、双方の交際は、ただ局処の不平と不平と敵対の勢をなすのみ。 ここにおいてか、人を妬み人を悪て、たがいに寸分の余地をのこさず、力ある者は力をつくし、智恵ある者は智恵をたくましゅうし、ただ一片の不平心を慰めんがために孜々として、永遠の利害はこれを放却して忘れたるが如くなるにいたる者、すくなからず。ひっきょう、その本は、たがいに近づくべからざるの有様をもって、強いて相近づかんとし、たがいにその有様を誤解して、かえってますます遠隔敵視の禍を増すものというべし。 今世間の喋々を聞けば、一方の説にいわく、人民無智無法なるがゆえに政府これに権力を附与すべからずと。また一方はいわく、政府はさまざまの事に手を出し、さまざまの法をつくりて人民の働をたくましゅうせしめずと。いわゆる水掛論なり。然りといえども、智愚相対してその間に不和あれば、智者まず他を容れてこれを処置せざるべからず。 ゆえに真の愚民に対しては、政府まずその愚を容れてこの水掛論の処置に任せざるべからずといえども、本編の主として論ずる学者にいたりては、すなわちこれを愚民と同一視すべからず。この流の人は、改進政談家をもって自からおり、肉を裁するをいさぎよしとせずして、天下を裁するの志を抱き、政府に対してこれに感服せざるのみならず、つねに不平を訴うるほどのことなれば、その心志のとどまるところは、かえって政府の上流にありといわざるをえず。
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福沢諭吉小品集・中津留別の書・第4段人の心の同じからざる、その面の相異なるが如し。世の開るにしたがい、不善の輩もしたがって増し、平民一人ずつの力にては、その身を安くし、その身代を護るに足らず。ここにおいて一国衆人の名代なる者を設け、一般の便不便を謀て政律を立て、勧善懲悪の法、はじめて世に行わる。この名代を名づけて政府という。その首長を国君といい、附属の人を官吏という。国の安全を保ち、他の軽侮を防ぐためには、欠くべからざるものなり。 およそ世の中に仕事の種類多しといえども、国の政事を取扱うほど難きものはなし。骨折る者はその報を取るべき天の道なれば、仕事の難きほど報も大なるはずなり。ゆえに政府の下にいて政事の恩沢を蒙る者は、国君・官吏の給料多しとてこれをうらやむべからず。政府の法正しければその給金は安きものなり。ただにこれをうらやまざるのみならず、また、したがってその人を尊敬せざるべからず。ただし国君官吏たる者も、自から労して自から食うの大義を失わずして、その所労の力とその所得の給料と軽重いかんを考えざるべからず。これすなわち君臣の義というものか。 右は人間の交の大略なり。その詳なるは二、三枚の紙につくすべからず、必ず書を読ざるべからず。書を読むとは、ひとり日本の書のみならず、支那の書も読み、天竺の書も読み、西洋諸国の書も読ざるべからず。このごろ世間に、皇学・漢学・洋学などいい、おのおの自家の学流を立て、たがいに相誹謗するよし。もってのほかの事なり。学問とはただ紙に記したる字を読むことにて、あまりむつかしき事にあらず。学流得失の論は、まず字を知りて後の沙汰なれば、あらかじめ空論に時日をついやすは益なき事なり。人間の智恵をもって、日本・支那・英仏等、わずか二、三ヶ国の語を学ぶになにほどの骨折あるや。鄙怯らしくもその字を知らずしてかえって己が知らざる学問のことを誹謗するは、男子の恥ずべきことにあらずや。学問をするには、まず学流の得失よりも、我が本国の利害を考えざるべからず。
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福沢諭吉小品集・日本男子論・第23段外国と交際を開きて独立国の体面を張らんとするには、虚実両様の尽力なかるべからず。殖産工商の事を勉めて富国の資を大にし、学問教育の道を盛んにして人文の光を明らかにし、海陸軍の力を足して護国の備えを厚うするが如き、実際直接の要用なれども、内外人民の交際は甚だ繁忙多端にして、外国人が我が日本国の事情を詳らかにせんとするは、容易なることにあらざるが故に、彼らをして我が真面目を知らしめんとするには、事の細大に論なく、仮令え無用に属する外見の虚飾にても、先ずその形を示して我を知るの道を開くこと甚だ緊要なりとす。即ち我が国衣食住の有様は云々にして習俗宗教は斯の如しなどと、これを示しこれを語りて、時としてはことさらにその外面を装うて体裁を張るが如き、これなり。例えば今日の実際において、吾人の家に外国人の来るあれば、先ずこれを珍客として様々に待遇の備えを設け、とにかくに見苦しからぬようにと心配するは人情の常なり。また、これを大にして都鄙の道路橋梁、公共の建築等に、時としては実用のほかに外見を飾るものなきにあらず。あるいは近来東京などにて交際のいよいよ盛んにして、遂に豪奢分外の譏りを得るまでに至りしも、幾分か外国人に対して体裁云々の意味を含むことならん。一概にこれを評すれば無益の虚飾なるに似たれども、他人をして我が真実を知らしむるは甚だ易からざるが故に、先ず虚より導きて実に入らしむる方便なりといえば、強ち咎むべきにもあらず。その虚実、要不要の論はしばらく擱き、我が日本国人が外国交際を重んじてこれを等閑に附せず、我が力のあらん限りを尽して、以て自国の体面を張らんとするの精神は誠に明白にして、その愛国の衷情、実際の事跡に現われたるものというべし。
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福沢諭吉小品集・中津留別の書・第5段方今、我が国に外国の交易始り、外国人の内、あるいは不正の輩ありて、我が国を貧にし我が国民を愚にし、自己の利を営んとする者多し。されば今、我が日本人の皇学・漢学など唱え、古風を慕い新法を悦ばず、世界の人情世体に通ぜずして、自から貧愚に陥るこそ、外国人の得意ならずや。彼の策中に籠絡せらるる者というべし。 この時にあたって外人のはばかるものは、ひとり西洋学のみ。ひろく万国の書を読て世界の事状に通じ、世界の公法をもって世界の公事を談じ、内には智徳を脩て人々の独立自由をたくましゅうし、外には公法を守て一国の独立をかがやかし、はじめて真の大日本国ならずや。これすなわち我が輩の着眼、皇漢洋三学の得失を問わず、ひとり洋学の急務なるを主張するゆえんなり。 願くは我が旧里中津の士民も、今より活眼を開て、まず洋学に従事し、自から労して自から食い、人の自由を妨げずして我が自由を達し、脩徳開智、鄙吝の心を却掃し、家内安全、天下富強の趣意を了解せらるべし。人誰か故郷を思わざらん、誰か旧人の幸福を祈らざる者あらん。発足の期、近にあり。怱々筆をとって西洋書中の大意を記し、他日諸君の考案にのこすのみ。 明治三年庚午一一月二七夜、中津留主居町の旧宅敗窓の下に記す 福沢諭吉
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福沢諭吉小品集・学問の独立・第2段過日、『時事新報』の社説にもいえる如く(一月一一日社説)、我が開国の初め攘夷論の盛なる時にあたりても、洋学者流が平生より西洋諸国の事情を説きて、あたかも日本人に開国の養生法を授けたるに非ずんば、我が日本は鎖国攘夷病に斃れたるやも計るべからず。学問の効力、その洪大なることかくの如しといえども、その学者をしてただちに今日の事にあたらしめんとするも、あるいは実際の用をなさざること、世界古今の例に少なからず。摂生学専門の医師にして当病の治療に活溌ならざるものと一様の道理ならん。 されば、学問と政治とはまったくこれを分離して相互に混同するを得せしめざること、社会全面の便利にして、その双方の本人のためにもまた幸福ならん。西洋諸国にても、執政の人が文学の差図して世の害をなし、有名なる碩学が政壇に上りて人に笑われたるの例もあり。また、我が封建の諸藩において、老儒先生を重役に登用して何等の用もなさず、かえって藩土のために不都合を起して、その先生もついに身を喪したるもの少なからず。ひっきょう、摂生法と治療法と相混じたるの罪というべきものなり。 学問と政治と分離すること、国のためにはたして大切なるものなりとせば、我が輩は、今の日本の政治より今の日本の学問を分離せしめんことを祈る者なり。すなわち文部省及び工部省直轄の学校を、本省より離別することなり。そもそも維新の初には百事皆創業にかかり、これは官に支配すべき事、それは私に属すべきものと、明らかに分界を論ずる者さえなくして、新規の事業は一切政府に帰し、工商の細事にいたるまでも政府より手を出だすの有様なれば、学校の政府に属すべきはむろんにして、すなわち文部・工部にも学校を設立したるゆえんなれども、今や十六年間の政事、次第に整頓するの日にあたりて、内外の事情を照し合せ、欧米文明国の事実を参考すれば、我が日本国において、政府がただちに学校を開設して生徒を集め、行政の官省にてただちにこれを支配して、その官省の吏人たる学者がこれを教授するとは、外国の例にもはなはだ稀にして、今日の時勢に少しく不都合なるが如し。
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福沢諭吉小品集・学者安心論・第15段一国の政は正しく人民の智愚に応ずるものなれば、人力をもって容易に料理すべからず。さりとて、政府もまた、よく人智の進歩に着目して油断すべからざるなり。政府と学者と直接に相対すること、今日の如くしては際限あるべからず。ゆえに、たがいに相遠ざかりて、相近づくの法を求めざるべからず。離は合の術なり、遠は近の方便なりとの趣意にして、結局は政府と学者と直接の関係を止め、ともに高尚の域に昇りて永遠重大の喜憂をともにせんとするの旨を述べたるものなり。たとえばここに一軒の家あらん。楼下は陋しき一室にして、楼上には夥多の美室あり。地位職分を殊にする者が、この卑陋なる一室に雑居して苦々しき思をなさんより、高く楼に昇りてその室を分ち、おのおの当務の事を務むるはまた美ならずや。室を異にするも、家を異にするに非ず。居所高ければもって和すべく、居所卑ければ和すべからざるの異あるのみ。 末段にいたり、なお一章を附してこの編を終えん。すべて事物の緩急軽重とは相対したる意味にて、これよりも緩なり彼よりも急なりというまでのことなれば、時の事情によりて、緩といえば緩ならざるはなし、急といえば急ならざるはなし。この緩急軽重の判断にあたりては、もっとも心情の偏重によりて妨げらるるものなり。ゆえに今政府の事務を概して尋ぬれば、大となく小となく悉皆急ならざるはなしといえども、逐一その事の性質を詳にするときは、必ず大いに急ならざるものあらん。また、学者が新聞紙を読みて政を談ずるも、急といえば急なれども、なおこれよりも急にしてさらに重大なる事の箇条は枚挙にいとまあらざるべし。
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