導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

福沢諭吉小品集 / 学者安心論・第8段

今の如く役談家の繁昌する時節において、国のために利害をはかれば、政府をしてその議論を用いしむるも害あり、用いしめざるもまた害あり。これを用いんか、奇計妙策、たちまち実際に行われて、この法を作り、かの律を製し、この条をけずり、かの目を加え、したがって出だせばしたがって改め、無辜の人民は身の進退を貸して他の草紙に供するが如きことあらん。国のために大なる害なり。あるいはこれを捨てて用いざらんか、怨望満野、建白の門は市の如く、新聞紙の面は裏店の井戸端の如く、その煩わしきや衝くが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑が一人の家嫂を窘るに異ならず。いかなる政府も、これに堪ゆること能わざるにいたらん。これに堪えずして手を出だせば、ついに双方の気配を損じ、国内に不和を生ずることあらん。また国のために害ありというべし。左にその一例をしめさん。 今の民権論者は、しきりに政府に向いて不平を訴うるが如くなるは何ぞや。政府は、果して論者と思想の元素を殊にして、その方向まったく相反するものか。政府は、前にいえる廃藩置県以下の諸件を慊とせずして、論者の持張する改進の旨とまったく相戻るものか。あるいはかりに政府をして改進を悦ばざるものとするも、この事物の変革、人心の騒乱に際して、政府のみひとりその方向を別にするを得べきか。余輩決してこれを信ぜず。論者といえどもまた然らん。政府は人事変革の原因に非ずして人心変革の結果なりとのことは、前すでにこれを述べて、論者もこれに同意したることならん。 然らばすなわち論者が不平を訴うるところは、事の元素にあらずしてその枝葉にあり、政府の精神にあらずしてその外形にあること、明らかに知るべし。この枝葉・外形の事よりして双方の間に不和を生じ、改進の一元素中に意外の変を起すは、国のためにもっとも悲しむべき事ならずや。すなわち、編首にいわゆる直接のために眼光を掩われて地位の利害に眩するものなり。

書き下し

今の如く役談家の繁昌する時節において、国のために利害をはかれば、政府をしてその議論を用いしむるも害あり、用いしめざるもまた害あり。これを用いんか、奇計妙策、たちまち実際に行われて、この法を作り、かの律を製し、この条をけずり、かの目を加え、したがって出だせばしたがって改め、無辜の人民は身の進退を貸して他の草紙に供するが如きことあらん。国のために大なる害なり。あるいはこれを捨てて用いざらんか、怨望満野、建白の門は市の如く、新聞紙の面は裏店の井戸端の如く、その煩わしきや衝くが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑が一人の家嫂を窘るに異ならず。いかなる政府も、これに堪ゆること能わざるにいたらん。これに堪えずして手を出だせば、ついに双方の気配を損じ、国内に不和を生ずることあらん。また国のために害ありというべし。左にその一例をしめさん。 今の民権論者は、しきりに政府に向いて不平を訴うるが如くなるは何ぞや。政府は、果して論者と思想の元素を殊にして、その方向まったく相反するものか。政府は、前にいえる廃藩置県以下の諸件を慊とせずして、論者の持張する改進の旨とまったく相戻るものか。あるいはかりに政府をして改進を悦ばざるものとするも、この事物の変革、人心の騒乱に際して、政府のみひとりその方向を別にするを得べきか。余輩決してこれを信ぜず。論者といえどもまた然らん。政府は人事変革の原因に非ずして人心変革の結果なりとのことは、前すでにこれを述べて、論者もこれに同意したることならん。 然らばすなわち論者が不平を訴うるところは、事の元素にあらずしてその枝葉にあり、政府の精神にあらずしてその外形にあること、明らかに知るべし。この枝葉・外形の事よりして双方の間に不和を生じ、改進の一元素中に意外の変を起すは、国のためにもっとも悲しむべき事ならずや。すなわち、編首にいわゆる直接のために眼光を掩われて地位の利害に眩するものなり。

現代語訳

今のように役談家が繁盛している時節に、国のために利害を考えると、政府にその議論を採用させても害があり、採用させなくてもまた害があります。これを採用すれば、奇計妙策がたちまち実際に行われて、この法を作り、あの律をつくり、この条を削り、あの項目を加え、出しては改め、改めては出すうちに、罪のない人民が、自分の身の振り方を他人の草稿のために貸すようなことになるでしょう。国のために大きな害です。あるいは、これを捨てて採用しなければ、恨みが野に満ち、建白の門は市のようににぎわい、新聞紙の紙面は裏長屋の井戸端のようになり、そのわずらわしさは突かれるようで、その面倒さは刺されるようで、まるで無数の小姑が一人の兄嫁をいじめるのと変わりません。どんな政府も、これには耐えられなくなるでしょう。耐えられずに手を出せば、ついに双方の気持ちを損ね、国内に不和を生じるでしょう。これもまた国のために害といえます。次にその一例を示しましょう。 今の民権論者は、しきりに政府に向かって不平を訴えているようですが、それは何故でしょうか。政府は、はたして論者と思想の元素を異にし、その方向がまったく相反しているのでしょうか。政府は、前に述べた廃藩置県以下の諸件を不満とし、論者の主張する改進の趣旨とまったく反しているのでしょうか。あるいは、かりに政府が改進を喜ばないものだとしても、この事物の変革、人心の騒乱に際して、政府だけが一人方向を別にすることができるでしょうか。私は決してそれを信じません。論者もまたそうでしょう。政府は人事変革の原因ではなく人心変革の結果であるということは、前にすでに述べ、論者も同意していることでしょう。 そうであれば、論者が不平を訴えるところは、事の元素ではなくその枝葉にあり、政府の精神ではなくその外形にあることは、明らかに分かります。この枝葉や外形の事から双方の間に不和を生じ、改進という一つの元素の中に意外な変事を起こすのは、国のために最も悲しむべきことではないでしょうか。すなわち、編の冒頭でいった、直接に目を覆われて地位の利害に目がくらむものです。

解説

役談家の議論を、採用しても退けても害になる。福沢はこの二重の袋小路を、小姑が兄嫁をいじめるような絵で描き、続けて、民権論者と政府は同じ改進の側にいて、不平は枝葉や外形にあるにすぎない、と整理します。同じ目的を共有する者同士が、細部の違いで争う危うさは、現代の社内のプロジェクトでも起こります。ただし、福沢が不平を『枝葉』と見る見方は、政府側に立った視点の可能性もあるので、読み手が自分で吟味してください。

この章句が説くこと

役談家建白民権論者改進枝葉と外形不和

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円 本を見る