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福沢諭吉小品集 / 学者安心論・第9段

たとえば新聞記者の禁獄の如し。その罰の当否はしばらく擱き、とにかくに日本国において、学者と名づくる人物が獄屋に入りたるという事柄は、決して美談に非ず。窃盗博徒といえども、これを捕縛してもらさざるは、法律上において称すべき事なれども、その囚徒が獄内に充満するは、祝すべきに非ず。窃盗博徒、なおかつ然り、いわんや字を知る文人学者においてをや。国のためにもっとも悲しむべき事なり。この一段にいたりては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念あらん者なれば、私情をさりてこれを考え、心の底にこれを愉快なりと思う者はなかるべし。 なおこれよりも禍の大なるものあり。前すでにいえる如く、我が国内の人心は守旧と改進との二流に分れ、政府は学者とともに改進の一方におり、二流の分界判然として、あたかも敵対の如くなりしかども、改進の人は進みて退かず、難を凌ぎ危を冒し、あえて寸鉄に衂らずしてもって今日の場合にいたりたるは、ただに強勇というべきのみに非ず、これを評して智と称せざるべからず。然るに今些々たる枝葉よりして、改進一流の内にあたかも内乱を起し、自家の戦争に忙わしくして外患をかえりみず、ついにはかの判然たる二流の分界も、さらに混同するのおそれなきに非ず。もとよりこの二流は、はじめより元素を殊にするものなれば、とうてい親和抱合すべからざるものと思わるれども、人事紛紜の際には思のほかなる異像を現出するものなり。近くその一例を示さん。

書き下し

たとえば新聞記者の禁獄の如し。その罰の当否はしばらく擱き、とにかくに日本国において、学者と名づくる人物が獄屋に入りたるという事柄は、決して美談に非ず。窃盗博徒といえども、これを捕縛してもらさざるは、法律上において称すべき事なれども、その囚徒が獄内に充満するは、祝すべきに非ず。窃盗博徒、なおかつ然り、いわんや字を知る文人学者においてをや。国のためにもっとも悲しむべき事なり。この一段にいたりては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念あらん者なれば、私情をさりてこれを考え、心の底にこれを愉快なりと思う者はなかるべし。 なおこれよりも禍の大なるものあり。前すでにいえる如く、我が国内の人心は守旧と改進との二流に分れ、政府は学者とともに改進の一方におり、二流の分界判然として、あたかも敵対の如くなりしかども、改進の人は進みて退かず、難を凌ぎ危を冒し、あえて寸鉄に衂らずしてもって今日の場合にいたりたるは、ただに強勇というべきのみに非ず、これを評して智と称せざるべからず。然るに今些々たる枝葉よりして、改進一流の内にあたかも内乱を起し、自家の戦争に忙わしくして外患をかえりみず、ついにはかの判然たる二流の分界も、さらに混同するのおそれなきに非ず。もとよりこの二流は、はじめより元素を殊にするものなれば、とうてい親和抱合すべからざるものと思わるれども、人事紛紜の際には思のほかなる異像を現出するものなり。近くその一例を示さん。

現代語訳

たとえば新聞記者の投獄がそうです。その罰の当否はしばらくおくとして、とにかく日本国で、学者と呼ばれる人物が牢屋に入ったという事柄は、決して美談ではありません。窃盗や博打打ちでも、これを捕らえて逃さないのは、法律上は称えるべきことですが、その囚人が牢の中に満ちあふれることは、祝うべきではありません。窃盗や博打打ちでさえそうなのですから、まして字を知る文人学者においてはなおさらです。国のために最も悲しむべきことです。この点に至っては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念がある者なら、私情を捨てて考え、心の底でこれを愉快だと思う者はいないでしょう。 なおこれよりも災いの大きなものがあります。前にすでに述べたように、我が国内の人心は守旧と改進の二流に分かれ、政府は学者とともに改進の一方にいて、二流の分界ははっきりしており、まるで敵対しているようでしたが、改進の人は進んで退かず、困難をしのぎ危険を冒し、わずかな刃にも傷つかずに今日の場面に至ったのは、ただ強く勇ましいというだけでなく、これを評して智と呼ばなければなりません。ところが今、些細な枝葉から改進一流の中にあたかも内乱を起こし、自分たちの戦争に忙しく外の災いを顧みないうちに、ついにはあのはっきりした二流の分界もさらに混同するおそれがないわけではありません。もとよりこの二流は、はじめから元素を異にするものですから、とうてい親しく混ざり合えるものではないと思われますが、人事が入り乱れる際には、思いのほかの異様な現象を現すものです。近い例を一つ示しましょう。

解説

新聞記者の投獄を例に、福沢は学者が獄に入ること自体が美談ではないと述べます。さらに警戒するのが、改進の同じ陣営の内部に内乱が起こり、守旧との分界まで曖昧になる事態です。外の課題を忘れて内輪の争いに没頭する危うさは、現代の組織にも通じます。なお、当時の言論統制の文脈は、今日の言論の自由の感覚とは異なる点があります。福沢の立場は穏健で、投獄された側の論点を詳述しない点にも注意して読むとよいでしょう。

この章句が説くこと

新聞記者の禁獄愛国改進と守旧内乱分界の混同智

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