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福沢諭吉小品集 / 旧藩情・第5段

これに反して下等士族は十五石三人扶持、十三石二人扶持、或は十石一人扶持もあり、なお下て金給の者もあり。中以上のところにて正味七、八石乃至十餘石に上らず。夫婦暮しなれば格別、もしも三、五人の子供または老親あれば、歳入を以て衣食を給するに足らず。故に家内力役に堪る者は男女を問わず、或は手細工或は紡績等の稼を以て辛うじて生計を為すのみ。名は内職なれどもその実は内職を本業として、かえって藩の公務を内職にする者なれば、純然たる士族に非ず、或はこれを一種の職人というも可なり。生計を求むるに忙わしく、子弟の教育を顧るに遑あらず。故に下等士族は文学その他高尚の教に乏しくして自から賤しき商工の風あり。(貧富を異にす) 第四、上等の士族は衣食に乏しからざるを以て文武の芸を学ぶに余暇あり。或は経史を読み或は兵書を講じ、騎馬槍剣、いずれもその時代に高尚と名る学芸に従事するが故に、自から品行も高尚にして賤しからず、士君子として風致の観るべきもの多し。下等士族は則ち然らず。役前の外、馬に乗る者とては一人もなく、内職の傍に少しく武芸を勉め、文学は四書五経歟、なお進て蒙求、左伝の一、二巻に終る者多し。特にその勉強するところのものは算筆に在て、この技芸に至ては上等の企て及ぶところに非ず。蓋しその由縁は、下等士族が、やや家産の豊なるを得て、仲間の栄誉を取るべき路はただ小吏たるの一事にして、この吏人たらんには必ず算筆の技芸を要するが故に、恰も毎家教育の風を成し、いかなる貧小士族にてもこの技芸を勉めざる者なし。 今を以て考うれば、算筆の芸もとより賤しむべきに非ざれども、当時封建士族の世界にこれを賤しむの風なれば、これに従事する者は自からその品行も賤しくして、士君子の仲間に歯せられざる者のごとし。譬えば上等士族は習字にも唐様を学び、下等士族は御家流を書き、世上一般の気風にてこれを評すれば、字の巧拙を問わずして御家流をば俗様として賤しみ、これを書く者をも俗吏俗物として賤しむの勢を成せり。(教育を異にす)

新字:これに反して下等士族は十五石三人扶持、十三石二人扶持、或は十石一人扶持もあり、なお下て金給の者もあり。中以上のところにて正味七、八石乃至十余石に上らず。夫婦暮しなれば格別、もしも三、五人の子供または老親あれば、歳入を以て衣食を給するに足らず。故に家内力役に堪る者は男女を問わず、或は手細工或は紡績等の稼を以て辛うじて生計を為すのみ。名は内職なれどもその実は内職を本業として、かえって藩の公務を内職にする者なれば、純然たる士族に非ず、或はこれを一種の職人というも可なり。生計を求むるに忙わしく、子弟の教育を顧るに遑あらず。故に下等士族は文学その他高尚の教に乏しくして自から賤しき商工の風あり。(貧富を異にす) 第四、上等の士族は衣食に乏しからざるを以て文武の芸を学ぶに余暇あり。或は経史を読み或は兵書を講じ、騎馬槍剣、いずれもその時代に高尚と名る学芸に従事するが故に、自から品行も高尚にして賤しからず、士君子として風致の観るべきもの多し。下等士族は則ち然らず。役前の外、馬に乗る者とては一人もなく、内職の傍に少しく武芸を勉め、文学は四書五経歟、なお進て蒙求、左伝の一、二巻に終る者多し。特にその勉強するところのものは算筆に在て、この技芸に至ては上等の企て及ぶところに非ず。蓋しその由縁は、下等士族が、やや家産の豊なるを得て、仲間の栄誉を取るべき路はただ小吏たるの一事にして、この吏人たらんには必ず算筆の技芸を要するが故に、恰も毎家教育の風を成し、いかなる貧小士族にてもこの技芸を勉めざる者なし。 今を以て考うれば、算筆の芸もとより賤しむべきに非ざれども、当時封建士族の世界にこれを賤しむの風なれば、これに従事する者は自からその品行も賤しくして、士君子の仲間に歯せられざる者のごとし。譬えば上等士族は習字にも唐様を学び、下等士族は御家流を書き、世上一般の気風にてこれを評すれば、字の巧拙を問わずして御家流をば俗様として賤しみ、これを書く者をも俗吏俗物として賤しむの勢を成せり。(教育を異にす)

書き下し

これに反して下等士族は十五石三人扶持、十三石二人扶持、或は十石一人扶持もあり、なお下て金給の者もあり。中以上のところにて正味七、八石乃至十余石に上らず。夫婦暮しなれば格別、もしも三、五人の子供または老親あれば、歳入を以て衣食を給するに足らず。故に家内力役に堪る者は男女を問わず、或は手細工或は紡績等の稼を以て辛うじて生計を為すのみ。名は内職なれどもその実は内職を本業として、かえって藩の公務を内職にする者なれば、純然たる士族に非ず、或はこれを一種の職人というも可なり。生計を求むるに忙わしく、子弟の教育を顧るに遑あらず。故に下等士族は文学その他高尚の教に乏しくして自から賤しき商工の風あり。(貧富を異にす) 第四、上等の士族は衣食に乏しからざるを以て文武の芸を学ぶに余暇あり。或は経史を読み或は兵書を講じ、騎馬槍剣、いずれもその時代に高尚と名る学芸に従事するが故に、自から品行も高尚にして賤しからず、士君子として風致の観るべきもの多し。下等士族は則ち然らず。役前の外、馬に乗る者とては一人もなく、内職の傍に少しく武芸を勉め、文学は四書五経歟、なお進て蒙求、左伝の一、二巻に終る者多し。特にその勉強するところのものは算筆に在て、この技芸に至ては上等の企て及ぶところに非ず。蓋しその由縁は、下等士族が、やや家産の豊なるを得て、仲間の栄誉を取るべき路はただ小吏たるの一事にして、この吏人たらんには必ず算筆の技芸を要するが故に、恰も毎家教育の風を成し、いかなる貧小士族にてもこの技芸を勉めざる者なし。 今を以て考うれば、算筆の芸もとより賤しむべきに非ざれども、当時封建士族の世界にこれを賤しむの風なれば、これに従事する者は自からその品行も賤しくして、士君子の仲間に歯せられざる者のごとし。譬えば上等士族は習字にも唐様を学び、下等士族は御家流を書き、世上一般の気風にてこれを評すれば、字の巧拙を問わずして御家流をば俗様として賤しみ、これを書く者をも俗吏俗物として賤しむの勢を成せり。(教育を異にす)

現代語訳

これに対して下等士族は、十五石三人扶持、十三石二人扶持、あるいは十石一人扶持もあり、さらに下には金給の者もあります。中以上のところで、実質七、八石ないし十余石に上りません。夫婦暮らしなら格別、もし三、五人の子供や老親がいれば、収入では衣食をまかなうのに足りません。ですから家の中で力仕事に堪える者は、男女を問わず、手細工や紡績などの稼ぎでかろうじて生計を立てるだけです。名は内職ですが実は内職が本業で、かえって藩の公務を内職にする者であって、純然たる士族ではなく、あるいは一種の職人と言ってもよいでしょう。生計を求めるのに忙しく、子弟の教育を顧みる暇がありません。ですから下等士族は文学その他高尚な教えに乏しく、自然と卑しい商工の風があります。(貧富を異にす) 第四、上等の士族は衣食に乏しくないので、文武の芸を学ぶ余暇があります。経書や史書を読み、あるいは兵書を講じ、騎馬・槍・剣術など、いずれもその時代に高尚と呼ばれる学芸に従事するので、自然と品行も高尚で卑しくなく、士君子として風格の見るべきものが多いです。下等士族はそうではありません。勤めのほかに馬に乗る者は一人もなく、内職のかたわらに少し武芸を勉め、文学は四書五経、さらに進んでも蒙求、左伝の一、二巻で終わる者が多いです。特にその勉強するところは算盤と筆に在り、この技芸については上等の及ぶところではありません。思うにその理由は、下等士族が、やや家産が豊かになり、仲間の栄誉を取る道はただ小吏になることの一つだけで、この吏人になるには必ず算盤と筆の技芸が必要なので、あたかも家ごとの教育の風となり、どんなに貧しい小士族でもこの技芸を勉めない者はいないからです。 今から考えれば、算盤と筆の芸はもとより卑しむべきものではありませんが、当時の封建士族の世界ではこれを卑しむ風潮があったので、これに従事する者は自然とその品行も卑しくなり、士君子の仲間に数えられない者のようです。たとえば、上等士族は習字にも唐様を学び、下等士族は御家流を書き、世間一般の気風でこれを評すれば、字の巧拙を問わず、御家流を俗様として卑しみ、これを書く者をも俗吏・俗物として卑しむ勢いとなっていました。(教育を異にす)

解説

第三の貧富、第四の教育を比べる段です。下等士族は内職が本業になり、子弟の教育に手が回らず、高尚な教えから遠ざかります。ただし福沢は、算盤と筆の技能は下等士族が最も勉強したものであり、本来は卑しむべきでなく、それを卑しむ当時の風が問題だと指摘します。実務の技能を軽んじる序列意識が人の評価を歪めていたという分析です。文中の「賤しい」は当時の身分意識に基づく語で、今日の感覚と異なります。現代の職場でも、実務や事務の技能を軽く見る空気がないかを考える手がかりになります。

この章句が説くこと

貧富教育内職算筆御家流俗吏

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