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福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第25段

世人往々この事実を知らずして、政治の思想要用なりといえば、たちまち政治家の有様を想像して、己れ自から政壇にのぼりて政をとるの用意し、生涯政事の事業をもって身を終らんと覚悟するもの多し。学問といえばたちまち大学者を想像して、生涯、書に対して身を終らんとする者あるが如し。その心掛けは嘉みすべしといえども、人々に天賦の長短もあり、家産・家族の有様もあり、幾千万の人物が決して政治家たるべきにも非ず、また大学者たるべきにも非ず。世界古今の歴史を見ても、その事実を証すべきなれば、政治も学問も、その専業に非ざるより以外は、ただ大体の心得にしてやみ、尋常一様の教育を得たる上は、おのおのその長ずるところにしたがい、広き人間世界にいて随意に業を営み、もって一身一家のためにし、またしたがって国のためにすべきなり。 政治も学問も相互にその門を異にして、人事中専門の一課とするときは、各門相互に干渉すべからざるはむろん、おのおの自家の専業を勉めて、相互にかえりみることもなきを要す。政治家たるものが、すでに学問受教の年齢をおわりて、政事に志し、また政事をとるにあたりては、自身に学問の心掛けはもとより怠るべからざるも、学校教育上のことは忘れたるが如くにこれを放却せざるべからず。学者が学問をもって畢生の業と覚悟したるうえは、自身に政治の思想はもとより養うべきも、政壇青雲の志は断じて廃棄せざるべからず。 然るに近日、世間の風潮をみるに、政治家なる者が教育の学校を自家の便に利用するか、または政治の気風が自然に教場に浸入したるものか、その教員生徒にして政の主義をかれこれと評論して、おのずから好悪するところのものあるが如し。政治家の不注意というべし。政治の気風が学問に伝染してなお広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈するにいたるべし。社会親睦、人類相愛の大義に背くものというべし。

書き下し

世人往々この事実を知らずして、政治の思想要用なりといえば、たちまち政治家の有様を想像して、己れ自から政壇にのぼりて政をとるの用意し、生涯政事の事業をもって身を終らんと覚悟するもの多し。学問といえばたちまち大学者を想像して、生涯、書に対して身を終らんとする者あるが如し。その心掛けは嘉みすべしといえども、人々に天賦の長短もあり、家産・家族の有様もあり、幾千万の人物が決して政治家たるべきにも非ず、また大学者たるべきにも非ず。世界古今の歴史を見ても、その事実を証すべきなれば、政治も学問も、その専業に非ざるより以外は、ただ大体の心得にしてやみ、尋常一様の教育を得たる上は、おのおのその長ずるところにしたがい、広き人間世界にいて随意に業を営み、もって一身一家のためにし、またしたがって国のためにすべきなり。 政治も学問も相互にその門を異にして、人事中専門の一課とするときは、各門相互に干渉すべからざるはむろん、おのおの自家の専業を勉めて、相互にかえりみることもなきを要す。政治家たるものが、すでに学問受教の年齢をおわりて、政事に志し、また政事をとるにあたりては、自身に学問の心掛けはもとより怠るべからざるも、学校教育上のことは忘れたるが如くにこれを放却せざるべからず。学者が学問をもって畢生の業と覚悟したるうえは、自身に政治の思想はもとより養うべきも、政壇青雲の志は断じて廃棄せざるべからず。 然るに近日、世間の風潮をみるに、政治家なる者が教育の学校を自家の便に利用するか、または政治の気風が自然に教場に浸入したるものか、その教員生徒にして政の主義をかれこれと評論して、おのずから好悪するところのものあるが如し。政治家の不注意というべし。政治の気風が学問に伝染してなお広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈するにいたるべし。社会親睦、人類相愛の大義に背くものというべし。

現代語訳

世の人はしばしばこの事実を知らず、政治の思想が肝要だと聞けば、たちまち政治家の姿を思い浮かべて、自分から政壇に上って政治を執る覚悟をし、生涯政治の事業で身を終えようとする者が多くいます。学問と聞けばたちまち大学者を思い浮かべて、生涯、書物に向かって身を終えようとする者もいるようです。その心掛けは褒めるべきですが、人にはそれぞれ天賦の長短があり、家産や家族の事情もあり、何千万人もの人物が政治家になれるわけでも、大学者になれるわけでもありません。世界古今の歴史を見てもこの事実は証明できます。したがって、政治も学問も、その専業でない限りは大体の心得にとどめ、普通の教育を受けた上は、それぞれ得意なところに従って、広い人間世界の中で自由に業を営み、それによって一身一家のために尽くし、またそれに伴って国のために尽くすべきです。 政治と学問は互いにその門を異にして、人事の中の専門の一課とする以上、各門は互いに干渉してはならないのはもちろんで、それぞれ自分の専業に努めて、互いに顧みることもないことが必要です。政治家となる者は、すでに学問を受ける年齢を終えて政治に志し、また政治を執るにあたっては、自身の学問の心掛けはもとより怠ってはなりませんが、学校教育のことは忘れたかのようにこれを手放さなければなりません。学者が学問を生涯の業と覚悟した上は、自身の政治の思想はもとより養うべきですが、政壇で立身出世する志は断固として捨てなければなりません。 ところが近ごろの世間の風潮を見ると、政治家が教育の学校を自分の都合に利用するのか、あるいは政治の気風が自然に教室に入り込んだのか、その教員や生徒が政治の主義をあれこれ評論して、おのずから好き嫌いが生じているようです。政治家の不注意と言うべきです。政治の気風が学問に伝染して、さらに広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党によって敵味方を作り、商売や工業も政党の中に取り込まれ、はなはだしくは医学士が病人を診察するにも、僧侶や料亭の主人が人に座敷を貸すにも、政派の敵味方を問うという奇観を呈するに至るでしょう。社会が親睦し、人類が互いに愛するという大義に背くものと言うべきです。

解説

政治に関心を持てと言われて政治家を目指し、学問と言われて学者を目指す。福沢はその短絡を戒め、多くの人は専業にせず心得にとどめて、それぞれの得意な場で働けばよいと述べます。さらに、政治の気風が学校や商売、診察や座敷貸しにまで及んで敵味方を分ける事態への警告も含まれます。現代でも、思想や立場の対立が職場や取引の場に持ち込まれると、仕事本来の関係が損なわれます。関心を持つことと、場に持ち込むことを分けて考える手がかりになります。

この章句が説くこと

専業天賦の長短政党敵味方干渉親睦

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