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福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第24段

帝室より私学校を保護し、学者を優待するは、学問の進歩を助くるのみならず、我が国政治上に関しても大なる便益を呈することならん。そもそも文字の意味を広くしていえば、政治もまた学問中の一課にして、政治家は必ず学者より出で、学校は政談家を生ずるの田圃なれども、学校の業成るの日において、その成業の人物が社会の人事にあたるに及びては、おのおのその赴くところを異にせざるをえず。工たり、商たり、また政治家たり。あるいは学成るもなお学問を去らず、畢生を委ねて学理の研究または教育の事を勉むる者あり。すなわち純然たる学者なり。 されば、工商または政治家は、その所得の学問を人間の実業に利用する者にして、学者は生涯学問をもって業となす者なり。前にもいえる如く、政治の国のために大切なるは、学問の大切なるに異ならず。政治学、日に進歩せざるべからず。国民全体に政治の思想なかるべからず。政談熱心せざるべからず。政事、常に語るべし。国民にして政治の思想なきは、唐虞三代の愚民にして、名は人民なるもその実は豚羊に異ならず。ともに国を守るに足らざるものなれば、いやしくも国を思うの丹心あらんものは、内外の政治に注意せざるべからず。 政治の事、はなはだ大切なりといえども、これは人民一般普通の心得にして、ここに政治家と名づくるものは、一家専門の業にして、政権の一部分を手にとり、身みずから政事を行わんとする者なれば、その有様は、工商がその家業を営み、学者が学問に身を委るに異ならず。これを要するに、国民一般に政治の思想を養えとは、国民一般に学問の心掛けあるべしというに異ならず。人として学問の心掛けは大切なれども、全国の人民、悉皆学者たるべきに非ず。人として政治の思想は大切なれども、全国の人民、悉皆政治家たるべきに非ず。

書き下し

帝室より私学校を保護し、学者を優待するは、学問の進歩を助くるのみならず、我が国政治上に関しても大なる便益を呈することならん。そもそも文字の意味を広くしていえば、政治もまた学問中の一課にして、政治家は必ず学者より出で、学校は政談家を生ずるの田圃なれども、学校の業成るの日において、その成業の人物が社会の人事にあたるに及びては、おのおのその赴くところを異にせざるをえず。工たり、商たり、また政治家たり。あるいは学成るもなお学問を去らず、畢生を委ねて学理の研究または教育の事を勉むる者あり。すなわち純然たる学者なり。 されば、工商または政治家は、その所得の学問を人間の実業に利用する者にして、学者は生涯学問をもって業となす者なり。前にもいえる如く、政治の国のために大切なるは、学問の大切なるに異ならず。政治学、日に進歩せざるべからず。国民全体に政治の思想なかるべからず。政談熱心せざるべからず。政事、常に語るべし。国民にして政治の思想なきは、唐虞三代の愚民にして、名は人民なるもその実は豚羊に異ならず。ともに国を守るに足らざるものなれば、いやしくも国を思うの丹心あらんものは、内外の政治に注意せざるべからず。 政治の事、はなはだ大切なりといえども、これは人民一般普通の心得にして、ここに政治家と名づくるものは、一家専門の業にして、政権の一部分を手にとり、身みずから政事を行わんとする者なれば、その有様は、工商がその家業を営み、学者が学問に身を委るに異ならず。これを要するに、国民一般に政治の思想を養えとは、国民一般に学問の心掛けあるべしというに異ならず。人として学問の心掛けは大切なれども、全国の人民、悉皆学者たるべきに非ず。人として政治の思想は大切なれども、全国の人民、悉皆政治家たるべきに非ず。

現代語訳

帝室が私学校を保護し、学者を優遇することは、学問の進歩を助けるだけでなく、わが国の政治の上でも大きな便益をもたらすでしょう。そもそも文字の意味を広くとれば、政治もまた学問の一課であり、政治家は必ず学者の中から出て、学校は政治を論じる者を生む田圃です。しかし学校の課程を終える日に、その卒業した人物が社会の仕事に当たる段になれば、それぞれ赴く先を異にせざるをえません。職人となり、商人となり、また政治家となります。あるいは学が成ってもなお学問を去らず、生涯を学理の研究や教育の事に捧げる者もいます。これが純粋な学者です。 そうであれば、工業・商業や政治家は、身につけた学問を人間の実業に利用する者であり、学者は生涯学問を業とする者です。前にも言ったように、政治が国のために大切なことは、学問が大切であることと変わりません。政治学は日々進歩しなければならず、国民全体に政治の思想がなくてはならず、政談に熱心でなければなりません。政治のことは常に語られるべきです。国民に政治の思想がないのは、唐・虞・三代の愚民のようなもので、名は人民でも実は豚や羊と変わりません。ともに国を守るに足りない者ですから、少しでも国を思う真心のある者は、国内外の政治に注意しなければなりません。 政治のことは大変大切ですが、これは人民一般の普通の心得であって、ここで政治家と名づける者は、一家専門の業として、政権の一部を手にとり、自ら政治を行おうとする者ですから、その有様は、職人や商人が家業を営み、学者が学問に身を委ねるのと変わりません。要するに、国民一般に政治の思想を養えというのは、国民一般に学問の心掛けを持てというのと変わりません。人として学問の心掛けは大切ですが、全国の人民がみな学者になるべきではありません。人として政治の思想は大切ですが、全国の人民がみな政治家になるべきではありません。

解説

ここで福沢は、政治を、学問と同じく国民全員が心得として持つべきものと、専門に担う業とに分けます。国民に政治の思想がなければ国を守れないが、全員が政治家になる必要はない、という整理です。「豚羊」という強い比喩に福沢の調子が出ています。現代の仕事に引きつければ、会社の経営に関心を持つことと、経営者になることは別です。誰もが理解者であり、専門家は一部でよい。当事者意識と役割分担をどう両立させるか、自分の職場に置き換えて考える手がかりになります。

この章句が説くこと

政治の思想専門の業学者政治家国民一般心得

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