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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・子供の学資金を謝絶す(1)

それに又似寄たことがある。明治の初年に横浜の或る豪商が学校を拵えて、この慶應義塾の若い人を教師に頼んでその学校の始末をして居ました。爾うするとその主人は私に親から新塾に出張して監督をして貰いたいと云う意があるように見える。私の家にはそのとき男子が二人、娘が一人あって、兄が七歳に弟が五歳ぐらい。是れも追々成長するに違いない、成長すれば外国に遊学させたいと思て居る、所が世間一般の風を見るに、学者とか役人とか云う人が動もすれば政府に依頼して、自分の子を官費生にして外国に修業させることを祈て、ドウやら斯うやら周旋が行届て目的を達すると獲物でもあったように悦ぶ者が多い。嗚呼見苦しい事だ、自分の産んだ子ならば学問修業の為めに洋行させるも宜しいが、貧乏で出来なければ為せぬが宜しい、夫れを乞食のように人に泣付て修業をさせて貰うとは扨も/\意気地のない奴共だと、心窃に之を愍笑して居ながら、私にも男子が二人ある、この子が十八、九歳にもなれば是非とも外国に遣らなければならぬが、先だつものは金だ、どうかしてその金を造り出したいと思えども、前途甚だ遥なり、二人遣て何年間の学費は中々の大金、自分の腕で出来ようか如何だろうか誠に覚束ない、困たことだと常に心に思て居るから、敢て愧ることでもなし、颯々と人に話して、金が欲しい、金が欲しい、ドウかして洋行をさせたい、今この子が七歳だ五歳だと云うけれども、モウ十年経てば仕度をしなければならぬ、ドウもソレまでに金が出来れば宜いがと、人に話して居ると、誰かこの話を例の豪商にも告げた者があるか、或日私の処に来て商人の云うに、お前さんに彼の学校の監督をお頼み申したい、斯く申すのは月に何百円とかその月給を上げるでもない、態々月給と云ては取りもしなかろうが、茲に一案があります、外ではない、お前さんの小供両人、彼のお坊ッちゃん両人を外国に遣るその修業金になるべきものを今お渡し申すが如何だろう、此処で今五千円か一万円ばかりの金をお前さんに渡す、所で今要らない金だからソレを何処へか預けて置く、預けて置く中に小供衆が成長する、成長して外国に行こうと云うときには、その金も利倍増長して確かに立派な学費になって、不自由なく修業が出来ましょう、この御相談は如何で御座ると云い出した。

新字:それに又似寄たことがある。明治の初年に横浜の或る豪商が学校を拵えて、この慶応義塾の若い人を教師に頼んでその学校の始末をして居ました。爾うするとその主人は私に親から新塾に出張して監督をして貰いたいと云う意があるように見える。私の家にはそのとき男子が二人、娘が一人あって、兄が七歳に弟が五歳ぐらい。是れも追々成長するに違いない、成長すれば外国に遊学させたいと思て居る、所が世間一般の風を見るに、学者とか役人とか云う人が動もすれば政府に依頼して、自分の子を官費生にして外国に修業させることを祈て、ドウやら斯うやら周旋が行届て目的を達すると獲物でもあったように悦ぶ者が多い。嗚呼見苦しい事だ、自分の産んだ子ならば学問修業の為めに洋行させるも宜しいが、貧乏で出来なければ為せぬが宜しい、夫れを乞食のように人に泣付て修業をさせて貰うとは扨も/\意気地のない奴共だと、心窃に之を愍笑して居ながら、私にも男子が二人ある、この子が十八、九歳にもなれば是非とも外国に遣らなければならぬが、先だつものは金だ、どうかしてその金を造り出したいと思えども、前途甚だ遥なり、二人遣て何年間の学費は中々の大金、自分の腕で出来ようか如何だろうか誠に覚束ない、困たことだと常に心に思て居るから、敢て愧ることでもなし、颯々と人に話して、金が欲しい、金が欲しい、ドウかして洋行をさせたい、今この子が七歳だ五歳だと云うけれども、モウ十年経てば仕度をしなければならぬ、ドウもソレまでに金が出来れば宜いがと、人に話して居ると、誰かこの話を例の豪商にも告げた者があるか、或日私の処に来て商人の云うに、お前さんに彼の学校の監督をお頼み申したい、斯く申すのは月に何百円とかその月給を上げるでもない、態々月給と云ては取りもしなかろうが、茲に一案があります、外ではない、お前さんの小供両人、彼のお坊ッちゃん両人を外国に遣るその修業金になるべきものを今お渡し申すが如何だろう、此処で今五千円か一万円ばかりの金をお前さんに渡す、所で今要らない金だからソレを何処へか預けて置く、預けて置く中に小供衆が成長する、成長して外国に行こうと云うときには、その金も利倍増長して確かに立派な学費になって、不自由なく修業が出来ましょう、この御相談は如何で御座ると云い出した。

書き下し

それに又似寄たことがある。明治の初年に横浜の或る豪商が学校を拵えて、この慶應義塾の若い人を教師に頼んでその学校の始末をして居ました。爾うするとその主人は私に親から新塾に出張して監督をして貰いたいと云う意があるように見える。私の家にはそのとき男子が二人、娘が一人あって、兄が七歳に弟が五歳ぐらい。是れも追々成長するに違いない、成長すれば外国に遊学させたいと思て居る、所が世間一般の風を見るに、学者とか役人とか云う人が動もすれば政府に依頼して、自分の子を官費生にして外国に修業させることを祈て、ドウやら斯うやら周旋が行届て目的を達すると獲物でもあったように悦ぶ者が多い。嗚呼見苦しい事だ、自分の産んだ子ならば学問修業の為めに洋行させるも宜しいが、貧乏で出来なければ為せぬが宜しい、夫れを乞食のように人に泣付て修業をさせて貰うとは扨も/\意気地のない奴共だと、心窃に之を愍笑して居ながら、私にも男子が二人ある、この子が十八、九歳にもなれば是非とも外国に遣らなければならぬが、先だつものは金だ、どうかしてその金を造り出したいと思えども、前途甚だ遥なり、二人遣て何年間の学費は中々の大金、自分の腕で出来ようか如何だろうか誠に覚束ない、困たことだと常に心に思て居るから、敢て愧ることでもなし、颯々と人に話して、金が欲しい、金が欲しい、ドウかして洋行をさせたい、今この子が七歳だ五歳だと云うけれども、モウ十年経てば仕度をしなければならぬ、ドウもソレまでに金が出来れば宜いがと、人に話して居ると、誰かこの話を例の豪商にも告げた者があるか、或日私の処に来て商人の云うに、お前さんに彼の学校の監督をお頼み申したい、斯く申すのは月に何百円とかその月給を上げるでもない、態々月給と云ては取りもしなかろうが、茲に一案があります、外ではない、お前さんの小供両人、彼のお坊ッちゃん両人を外国に遣るその修業金になるべきものを今お渡し申すが如何だろう、此処で今五千円か一万円ばかりの金をお前さんに渡す、所で今要らない金だからソレを何処へか預けて置く、預けて置く中に小供衆が成長する、成長して外国に行こうと云うときには、その金も利倍増長して確かに立派な学費になって、不自由なく修業が出来ましょう、この御相談は如何で御座ると云い出した。

現代語訳

それに似たことがまたあります。明治の初年に、横浜のある豪商が学校を作って、この慶應義塾の若い人を教師に頼み、その学校の運営をさせていました。するとその主人は、私に、親が自ら新しい塾に出張して監督してほしいという考えがあるように見えます。私の家にはそのとき男子が二人、娘が一人あって、兄が七歳、弟が五歳ぐらい。これも追々成長するに違いない、成長すれば外国に遊学させたいと思っていました。ところが世間一般の風を見ると、学者とか役人とかいう人が、ともすれば政府に頼って、自分の子を官費生にして外国に修業させることを祈り、どうにかこうにか周旋が行き届いて目的を達すると、獲物でもあったように喜ぶ者が多い。ああ見苦しいことだ、自分の産んだ子なら学問修業のために洋行させるのはいいが、貧乏でできなければさせないのがいい。それを乞食のように人に泣きついて修業させてもらうとは、さてもさても意気地のない奴らだと、心ひそかに憫笑していながら、私にも男子が二人ある、この子が十八、九歳にもなれば、ぜひとも外国にやらなければならないが、先立つものは金だ。どうにかしてその金を作り出したいと思うけれども、前途ははなはだ遥かで、二人やって何年間もの学費はなかなかの大金、自分の腕で出来るかどうか、まことに心もとない、困ったことだと常に心に思っているから、あえて恥じることでもなく、さっさと人に話して、金が欲しい、金が欲しい、どうにかして洋行させたい、今この子が七歳だ五歳だというけれども、もう十年経てば支度をしなければならない、どうもそれまでに金ができればいいが、と人に話していると、誰かがこの話を例の豪商にも告げたのでしょうか、ある日私のところに来て、商人が言うには、お前さんに、あの学校の監督をお頼み申したい。こう申すのは、月に何百円とかその月給を上げるというのでもない。わざわざ月給といっては取りもしないでしょうが、ここに一案があります。ほかでもない、お前さんの子供両人、あのお坊ちゃん両人を外国にやる修業金になるべきものを、今お渡し申すが、いかがでしょう。ここで今、五千円か一万円ばかりの金をお前さんに渡す。今は要らない金だから、それをどこかに預けておく。預けておくうちに、子供たちが成長する。成長して外国に行こうというときには、その金も利息が増えて、確かに立派な学費になって、不自由なく修業ができましょう。このご相談はいかがでございましょう、と言い出しました。

解説

横浜の豪商から、学校の監督を引き受ければ子供の洋行費を用意するという、願ってもない申し出がありました。福沢は官費留学を乞食のようだと憫笑する人でしたから、子供の洋行資金が足りないことを隠さず、人に話していました。恥じるところがないから堂々と語れる。しかしそれが相手に伝わり、思わぬ形で誘いになって返ってきます。経済的な悩みを隠さず話せる強さと、そこに付け込まれる危うさの両方を、一つの場面で示しています。

この章句が説くこと

豪商学校監督洋行費官費留学子供の教育申し出

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