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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・百五十両を掠め去る

その二、三ヶ条を云えば、小幡その外の人が江戸に来て居て、私が一切引受けて世話をして居るときに、藩から勿論ソレに立行く丈けの金を呉れよう訳けはない。ドウやら斯うやら種々様々に、私が有らん限りの才覚をして金を造た。例えば当時横浜に今のような欧字新聞がある、一週に一度ずつの発行、その新聞を取寄せて、ソレを飜訳しては、佐賀藩の留守居とか仙台藩の留守居とか、その外一、二藩もありました、ソンな人に話を付けて、ドウぞ飜訳を買て貰いたいと云て多少の金にするような工風をしたり、又は私が外国から持て帰た原書の中の不用物を売たりして金策をして居ましたが、何分大勢の書生の世話だからその位の事では迚も追付く訳けのものでない。所でその時江戸の藩邸に金のあることを聞込んだから、即案に宜い加減な事を書立て、何月何日頃何の事で自分の手に金の這入る約束があると云うような嘘を拵えて、誠めかしく家老の処に行て、散々御辞儀をして、斯う/\云う訳けですから暫時百五十両丈けの御振替を願いますと極手軽に話をすると、家老は逸見志摩と云う誠に正しい気の宜い人で、暫時のことならば拝借仰付けられても宜かろうと云うような曖昧な答をしたから、その笞を聞くや否やすぐにその次の元締役の奉行の処に行て、今御家老志摩殿に斯う云う話をした所が、貸して苦しくないと御聞済になったから、今日その御金を請取りたいと云うと、奉行は不審を抱き、ソレは何時の事だか知らぬがマダその筋から御沙汰にならぬと妙な顔色して居るから、仮令い御沙汰にならぬでもモウ事は済んで居ます、唯金をさえ渡して下されば宜しい、何も六かしい事はないと段々説た、所が家老衆が爾う云えば、御金のないことはない、余り不都合でもなかろうとその答も曖昧であったが、此方はモウ済んだ事にして仕舞て、その足で又その下役の元締小吟味、是れが真実その金庫の鍵を持て居る人であるその小吟味方の処へ行て、只今金を出して貰いたい、斯う/\云う次第で決してお前さんの落度になりはしない、正当な手順で、僅か三ヶ月経てば私の手にちゃんと金が出来るからすぐに返上すると云て、何の事はない、疾雷耳を掩うに遑あらず、役人と役人と評議相談のない間に、百五十両と云う大金を掠めて持て来たその時は、恰も手に竜宮の珠を握りたるが如くにして、且つその握た珠を竜宮へ返えそうなんと云う念は毛頭ない。誠に不埒な奴さ。夫れで以て一年ばかり大に楽をしたことがあります。

新字:その二、三ヶ条を云えば、小幡その外の人が江戸に来て居て、私が一切引受けて世話をして居るときに、藩から勿論ソレに立行く丈けの金を呉れよう訳けはない。ドウやら斯うやら種々様々に、私が有らん限りの才覚をして金を造た。例えば当時横浜に今のような欧字新聞がある、一週に一度ずつの発行、その新聞を取寄せて、ソレを翻訳しては、佐賀藩の留守居とか仙台藩の留守居とか、その外一、二藩もありました、ソンな人に話を付けて、ドウぞ翻訳を買て貰いたいと云て多少の金にするような工風をしたり、又は私が外国から持て帰た原書の中の不用物を売たりして金策をして居ましたが、何分大勢の書生の世話だからその位の事では迚も追付く訳けのものでない。所でその時江戸の藩邸に金のあることを聞込んだから、即案に宜い加減な事を書立て、何月何日頃何の事で自分の手に金の這入る約束があると云うような嘘を拵えて、誠めかしく家老の処に行て、散々御辞儀をして、斯う/\云う訳けですから暫時百五十両丈けの御振替を願いますと極手軽に話をすると、家老は逸見志摩と云う誠に正しい気の宜い人で、暫時のことならば拝借仰付けられても宜かろうと云うような曖昧な答をしたから、その笞を聞くや否やすぐにその次の元締役の奉行の処に行て、今御家老志摩殿に斯う云う話をした所が、貸して苦しくないと御聞済になったから、今日その御金を請取りたいと云うと、奉行は不審を抱き、ソレは何時の事だか知らぬがマダその筋から御沙汰にならぬと妙な顔色して居るから、仮令い御沙汰にならぬでもモウ事は済んで居ます、唯金をさえ渡して下されば宜しい、何も六かしい事はないと段々説た、所が家老衆が爾う云えば、御金のないことはない、余り不都合でもなかろうとその答も曖昧であったが、此方はモウ済んだ事にして仕舞て、その足で又その下役の元締小吟味、是れが真実その金庫の鍵を持て居る人であるその小吟味方の処へ行て、只今金を出して貰いたい、斯う/\云う次第で決してお前さんの落度になりはしない、正当な手順で、僅か三ヶ月経てば私の手にちゃんと金が出来るからすぐに返上すると云て、何の事はない、疾雷耳を掩うに遑あらず、役人と役人と評議相談のない間に、百五十両と云う大金を掠めて持て来たその時は、恰も手に竜宮の珠を握りたるが如くにして、且つその握た珠を竜宮へ返えそうなんと云う念は毛頭ない。誠に不埒な奴さ。夫れで以て一年ばかり大に楽をしたことがあります。

書き下し

その二、三ヶ条を云えば、小幡その外の人が江戸に来て居て、私が一切引受けて世話をして居るときに、藩から勿論ソレに立行く丈けの金を呉れよう訳けはない。ドウやら斯うやら種々様々に、私が有らん限りの才覚をして金を造た。例えば当時横浜に今のような欧字新聞がある、一週に一度ずつの発行、その新聞を取寄せて、ソレを飜訳しては、佐賀藩の留守居とか仙台藩の留守居とか、その外一、二藩もありました、ソンな人に話を付けて、ドウぞ飜訳を買て貰いたいと云て多少の金にするような工風をしたり、又は私が外国から持て帰た原書の中の不用物を売たりして金策をして居ましたが、何分大勢の書生の世話だからその位の事では迚も追付く訳けのものでない。所でその時江戸の藩邸に金のあることを聞込んだから、即案に宜い加減な事を書立て、何月何日頃何の事で自分の手に金の這入る約束があると云うような嘘を拵えて、誠めかしく家老の処に行て、散々御辞儀をして、斯う/\云う訳けですから暫時百五十両丈けの御振替を願いますと極手軽に話をすると、家老は逸見志摩と云う誠に正しい気の宜い人で、暫時のことならば拝借仰付けられても宜かろうと云うような曖昧な答をしたから、その笞を聞くや否やすぐにその次の元締役の奉行の処に行て、今御家老志摩殿に斯う云う話をした所が、貸して苦しくないと御聞済になったから、今日その御金を請取りたいと云うと、奉行は不審を抱き、ソレは何時の事だか知らぬがマダその筋から御沙汰にならぬと妙な顔色して居るから、仮令い御沙汰にならぬでもモウ事は済んで居ます、唯金をさえ渡して下されば宜しい、何も六かしい事はないと段々説た、所が家老衆が爾う云えば、御金のないことはない、余り不都合でもなかろうとその答も曖昧であったが、此方はモウ済んだ事にして仕舞て、その足で又その下役の元締小吟味、是れが真実その金庫の鍵を持て居る人であるその小吟味方の処へ行て、只今金を出して貰いたい、斯う/\云う次第で決してお前さんの落度になりはしない、正当な手順で、僅か三ヶ月経てば私の手にちゃんと金が出来るからすぐに返上すると云て、何の事はない、疾雷耳を掩うに遑あらず、役人と役人と評議相談のない間に、百五十両と云う大金を掠めて持て来たその時は、恰も手に竜宮の珠を握りたるが如くにして、且つその握た珠を竜宮へ返えそうなんと云う念は毛頭ない。誠に不埒な奴さ。夫れで以て一年ばかり大に楽をしたことがあります。

現代語訳

その二、三か条を言えば、小幡その他の人が江戸に来ていて、私が一切引き受けて世話をしているとき、藩からもちろんそれに見合うだけの金をくれるはずはありません。どうにかこうにか、種々さまざま、私があらん限りの才覚をして金を作りました。例えば、当時、横浜に今のような欧字新聞があり、一週に一度ずつの発行で、その新聞を取り寄せてそれを翻訳しては、佐賀藩の留守居とか仙台藩の留守居とか、そのほか一、二の藩がありましたが、そんな人に話をつけて、どうぞ翻訳を買ってほしいと言って、多少の金にする工夫をしたり、あるいは私が外国から持って帰った原書の中の不用物を売ったりして金策をしていましたが、何分大勢の書生の世話なので、その程度のことではとても追いつくわけのものではありません。ところでそのとき、江戸の藩邸に金のあることを聞き込んだので、即座に、いい加減なことを書き立てて、何月何日ごろ、何のことで自分の手に金が入る約束があるというような嘘をこしらえ、本当らしく家老のところに行って、さんざんお辞儀をして、これこれこういうわけですから、暫時、百五十両だけお振り替えを願いますと、ごく手軽に話すと、家老は逸見志摩という誠に正しい気のいい人で、しばらくのことならば拝借を仰せ付けられてもよかろうというような、曖昧な答えをしたので、その答えを聞くやいなや、すぐにその次の元締役の奉行のところに行って、今、ご家老志摩殿にこういう話をしたところ、貸して差し支えないとお聞き済みになったから、今日そのお金を受け取りたいと言うと、奉行は不審を抱き、それはいつのことだか知らないが、まだその筋から沙汰にならないと、妙な顔色をしているので、たとえ沙汰にならなくても、もう事は済んでいます、ただ金さえ渡してくだされば結構、何も難しいことはないと、段々説きました。ところが、家老衆がそう言うなら、お金のないことはない、あまり不都合でもなかろうと、その答えも曖昧でしたが、こちらはもう済んだことにして、その足でまたその下役の元締小吟味、これが真にその金庫の鍵を持っている人ですが、その小吟味方のところへ行って、ただ今金を出してもらいたい、これこれこういう次第で、決してお前さんの落ち度にはならない、正当な手順で、わずか三か月経てば私の手にちゃんと金ができるからすぐに返上すると言って、何のことはない、疾雷耳を掩うに遑あらず、役人と役人が評議相談しない間に、百五十両という大金を掠めて持って来たその時は、あたかも手に竜宮の珠を握ったようで、かつその握った珠を竜宮へ返そうなどという気持ちは毛頭ありません。誠に不埒な奴さ。それで一年ばかり大いに楽をしたことがあります。

解説

江戸の書生の世話を一手に引き受けた福沢は、藩邸の金を嘘の約束で引き出します。家老の曖昧な了承を、次の奉行に、そのまた次の金庫の番人に、既成事実として次々と伝え、役人たちが相談する前に百五十両を持ち出す。手口は巧みですが、返す気はなく、福沢自身も不埒と認めます。承認の連鎖の隙を突く方法は、現代の組織でも内部統制の弱点です。承認が曖昧なまま実行されることのないよう、手続きの明確さが必要だと教えてくれます。

この章句が説くこと

藩邸百五十両家老承認の連鎖金策不埒

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