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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・駕籠に乗らず下駄、傘を買う

ソコで私が金を大事にする心掛けの事実に現われた例を申せば、江戸に参てから下谷練塀小路の大槻俊斎先生の塾に朋友があって、私はその時鉄砲洲に居たが、その朋友の処へ話に行て、夜になって練塀小路を出掛けて、和泉橋の処に来ると雨が降出した。こりゃドウも困たことが出来た、迚も鉄砲洲までは行かれないと思うと、和泉橋の側に辻駕籠が居たから、その駕籠屋に鉄砲洲まで幾らで行くかと聞たら、三朱だと云う。ドウも三朱と云う金を出してこの駕籠に乗るは無益だ、此方は足がある。ソレは乗らぬことにして、その少し先きに下駄屋が見えるから、下駄屋へ寄て下駄一足に傘一本買て両方で二朱余り、三朱出ない。夫れから雪駄を懐に入れて、下駄を穿て傘をさして鉄砲洲まで帰て来た。デその途中私は独り首肯き、この下駄と傘が又役に立つ、駕籠に乗たって何も後に残るものはない、こんな処が慎むべきことだと思たことがあります、マアその位に注意して居たから、外は推して知るべし、一切無駄な金を使たことがない。紙入に金を入れて置く、ソレは二分か三分か入れてある、入れてあるけれども何時まで経てもその金のなくなったことがない。酒は固より好きだから朋友と酒を飲みに行くことはある、ソンな時には金も入りますが、唯独りでブラリと料理茶屋に這入て酒を飲むなぞと云うことは仮初にもしたことがない。ソレ程に私が金を大事にするから、又同時に人の金も決して貪らない。ソリャ以前奥平家に対して朝鮮人を気取たのは別な話にして、その外と云うのは決して金は貪らないと、自身独立、自力自活と覚悟を極めました。

書き下し

ソコで私が金を大事にする心掛けの事実に現われた例を申せば、江戸に参てから下谷練塀小路の大槻俊斎先生の塾に朋友があって、私はその時鉄砲洲に居たが、その朋友の処へ話に行て、夜になって練塀小路を出掛けて、和泉橋の処に来ると雨が降出した。こりゃドウも困たことが出来た、迚も鉄砲洲までは行かれないと思うと、和泉橋の側に辻駕籠が居たから、その駕籠屋に鉄砲洲まで幾らで行くかと聞たら、三朱だと云う。ドウも三朱と云う金を出してこの駕籠に乗るは無益だ、此方は足がある。ソレは乗らぬことにして、その少し先きに下駄屋が見えるから、下駄屋へ寄て下駄一足に傘一本買て両方で二朱余り、三朱出ない。夫れから雪駄を懐に入れて、下駄を穿て傘をさして鉄砲洲まで帰て来た。デその途中私は独り首肯き、この下駄と傘が又役に立つ、駕籠に乗たって何も後に残るものはない、こんな処が慎むべきことだと思たことがあります、マアその位に注意して居たから、外は推して知るべし、一切無駄な金を使たことがない。紙入に金を入れて置く、ソレは二分か三分か入れてある、入れてあるけれども何時まで経てもその金のなくなったことがない。酒は固より好きだから朋友と酒を飲みに行くことはある、ソンな時には金も入りますが、唯独りでブラリと料理茶屋に這入て酒を飲むなぞと云うことは仮初にもしたことがない。ソレ程に私が金を大事にするから、又同時に人の金も決して貪らない。ソリャ以前奥平家に対して朝鮮人を気取たのは別な話にして、その外と云うのは決して金は貪らないと、自身独立、自力自活と覚悟を極めました。

現代語訳

さて、私が金を大事にする心がけを事実に現した例を申せば、江戸に来てから、下谷の練塀小路にある大槻俊斎先生の塾に友人がいて、私はそのとき鉄砲洲にいましたが、その友人のところへ話しに行き、夜になって練塀小路を出かけ、和泉橋のところに来ると雨が降り出しました。これはどうも困ったことになった、とても鉄砲洲までは行けないと思うと、和泉橋の側に辻駕籠がいたので、その駕籠屋に鉄砲洲まで幾らで行くかと聞くと、三朱だと言います。どうも三朱という金を出してこの駕籠に乗るのは無益だ、こちらには足がある。それは乗らぬことにして、その少し先に下駄屋が見えるので、下駄屋に寄って下駄一足に傘一本を買いました。両方で二朱余り、三朱には届きません。それから雪駄を懐に入れ、下駄を履いて傘をさして、鉄砲洲まで帰って来ました。その途中、私はひとりうなずきました。この下駄と傘はまた役に立つ。駕籠に乗ったって何も後に残るものはない。こんなところが慎むべきことだと思ったことがあります。まあそのくらい注意していたから、ほかは推して知るべし、一切、無駄な金を使ったことがありません。紙入れに金を入れておく、それは二分か三分入れてありますが、いつまで経ってもその金がなくなったことがない。酒はもとより好きなので、友人と酒を飲みに行くことはあります。そんなときには金も入りますが、ただひとりでぶらりと料理茶屋に入って酒を飲むなどということは、かりそめにもしたことがありません。それほどに私が金を大事にするから、また同時に、人の金も決して貪りません。それは以前、奥平家に対して朝鮮人を気取ったのは別の話として、それ以外では決して金は貪らないと、自身独立、自力自活と覚悟を決めました。

解説

雨の夜に三朱の駕籠を断り、下駄と傘を二朱余りで買って歩いて帰る。後に残るものを買ったと満足する、福沢の経済感覚がよく出ています。同じ出費でも、使い切りの駕籠より、形が残り再利用できる物のほうが得だという判断です。もちろんここでの要点は節約そのものでなく、自分の金を管理することと、他人の金を貪らないことの一対です。自立とは、収入だけでなく支出に責任を持つこと。小さな判断の積み重ねが一貫した姿勢になる、という実例です。

この章句が説くこと

駕籠下駄と傘倹約自力自活無駄遣い独立

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