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福翁自伝 / 雑記・独立敢て新事例を開く(3)

政府の略は中々行届いて居る、所が仙台の藩士が有ろうことか有るまいことか、御上使の御下向と聞て景気を催し、生首を七ツとやら持て出たので久我も驚いたと云う、そんな事まで仙台藩士が遣た。その時に松倉も大童も、居れば危ないから脊戸口から駈出して、東京まで逃げて来た、と云うのは両人ともモウちゃんと首を斬られる中に数えられて居たその次第を、誰か告げて呉れる者があって、その儘家を飛出して東京へ来て潜んで居るその中にも、仙台藩の人が在京の同藩人に対して様々残酷な事をして、既に熱海貞爾と云う男は或夜今其処で同藩士に追駈けられたと申して、私方に飛込んで助かった事さえありましたが、この物騒な危ない中にも、大童と松倉はどうやら斯うやら久しく免かれて居て、私は素より懇意だからその居処も知て居れば私の家にも来る。政府の人から見られるのは苦しくない、政府はそんな野暮はしない、そんな者を見ようともしないが、何分にも同藩の者が遣るので誠に危ない。引捕えて、是れが罪人でございと云えば、如何に優しい大目な政府でも唯見ては居られない。実に困た身の有様だと、毎度両人と話す中に、私は両人の為めに同情を表すると云うよりも、寧ろこの仙台藩士の無情残酷と云うことに酷く腹が立ちました。弱武者の意気地のない癖に酷い事をする奴だ、ドウかして呉れたいものだと斯う考えた所で、夫れから私が大童に面会して、ドウか青天白日の身になる工夫がありそうなものだ、私が一つ試みて見よう、何でも是れは一番、藩主を引捕えて談ずるが上策だろうと相談して、私は大きに御苦労な訳けだけれども、日比谷内にある仙台の屋敷に行て、藩主に御目に懸りたいと触込んで、藩主に面会した。

書き下し

政府の略は中々行届いて居る、所が仙台の藩士が有ろうことか有るまいことか、御上使の御下向と聞て景気を催し、生首を七ツとやら持て出たので久我も驚いたと云う、そんな事まで仙台藩士が遣た。その時に松倉も大童も、居れば危ないから脊戸口から駈出して、東京まで逃げて来た、と云うのは両人ともモウちゃんと首を斬られる中に数えられて居たその次第を、誰か告げて呉れる者があって、その儘家を飛出して東京へ来て潜んで居るその中にも、仙台藩の人が在京の同藩人に対して様々残酷な事をして、既に熱海貞爾と云う男は或夜今其処で同藩士に追駈けられたと申して、私方に飛込んで助かった事さえありましたが、この物騒な危ない中にも、大童と松倉はどうやら斯うやら久しく免かれて居て、私は素より懇意だからその居処も知て居れば私の家にも来る。政府の人から見られるのは苦しくない、政府はそんな野暮はしない、そんな者を見ようともしないが、何分にも同藩の者が遣るので誠に危ない。引捕えて、是れが罪人でございと云えば、如何に優しい大目な政府でも唯見ては居られない。実に困た身の有様だと、毎度両人と話す中に、私は両人の為めに同情を表すると云うよりも、寧ろこの仙台藩士の無情残酷と云うことに酷く腹が立ちました。弱武者の意気地のない癖に酷い事をする奴だ、ドウかして呉れたいものだと斯う考えた所で、夫れから私が大童に面会して、ドウか青天白日の身になる工夫がありそうなものだ、私が一つ試みて見よう、何でも是れは一番、藩主を引捕えて談ずるが上策だろうと相談して、私は大きに御苦労な訳けだけれども、日比谷内にある仙台の屋敷に行て、藩主に御目に懸りたいと触込んで、藩主に面会した。

現代語訳

政府の策略はなかなか行き届いています。ところが仙台の藩士は、あろうことかあるまいことか、お上使がご下向と聞いて景気づき、生首を七つとやら持ち出したので、久我も驚いたということです。そんなことまで仙台藩士がやりました。そのとき松倉も大童も、いれば危ないというので、裏口から駆け出して東京まで逃げて来ました。というのは、両人とももうちゃんと首を斬られる者のうちに数えられており、その次第を誰か告げてくれた者があって、そのまま家を飛び出して東京に来て潜んでいたのです。そのなかでも、仙台藩の人が在京の同藩人に対してさまざまな残酷なことをし、すでに熱海貞爾という男は、ある夜、たった今そこで同藩士に追いかけられたと言って私の家に飛び込み、助かったことさえありました。この物騒な危ないなかでも、大童と松倉はどうにかこうにか長く難を免れていて、私はもとより懇意ですから、その居所も知っていれば、私の家にも来ます。政府の人に見られても苦しくない。政府はそんな野暮はしません。そんな者を見ようともしませんが、何分にも同藩の者がやるので、まことに危ない。引き捕えて、これが罪人でございますと言えば、いかに優しく寛大な政府でも、ただ見てはいられません。実に困った身の有様だと、たびたび両人と話すうちに、私は両人に同情するというより、むしろこの仙台藩士の無情と残酷に、ひどく腹が立ちました。弱武者の意気地のない者が、ひどいことをする奴らだ、なんとかしてやりたいものだとこう考えて、それから私が大童に面会し、どうか青天白日の身になる工夫がありそうなものだ、私がひとつ試みてみよう、何でもこれはひとつ、藩主をつかまえて談判するのが上策だろうと相談して、私は大いにご苦労なことですが、日比谷内にある仙台の屋敷に行って、藩主にお目にかかりたいと申し入れ、藩主に面会しました。

解説

追われる大童と松倉に、福沢は自分の家に出入りさせ、居所を知りながら守ります。福沢の動機が、同情というより仙台藩士の無情と残酷への怒りだったと自ら述べる点は、福沢らしい率直さです。維新後の混乱で、同じ藩の者が同藩人を追い詰めるという陰惨な現実がありました。そこで福沢が選んだのは、裏で匿うだけでなく、藩主に直接談判するという筋の通った手でした。問題の解決は、決定権を持つ人に正面から会うことから始まります。

この章句が説くこと

大童信太夫松倉良助仙台藩士残酷談判藩主

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