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福翁自伝 / 暗殺の心配・一夜の危険(1)

ソレから家の始末も大抵出来て、いよ/\中津の廻米船に乗て神戸まで行き、神戸から東京までの間は外国の郵船に乗る積りで、サア乗船と云う所が、中津の海は浅くて都合が悪い。中津の西一里ばかりの処に鵜ノ島と云う港があって、其処に船が掛って居ると云うから、私はそのとき大病後ではあるし、老人、子供の連れであるから、前日から鵜ノ島に行て一泊して翌朝ゆるりと乗船する趣向にして、その晩鵜ノ島の船宿のような家に泊りましたが、知らぬが仏とは申しながら、後に聞けばこの夜が私の万死一生、恐ろしい時であったと云うは、その船宿の若い主人が例の有志者の仲間であるとは恐ろしい、私の一行は老母と姪とその外に近親今泉の後室と小児(小児は秀太郎六歳)役に立ちそうな男は私一人、是れも病後のヒョロ/\と云うその人数を留めて置いて、宿の奴が中津の同志者に使を走らして、「今夜は上都合云々と内通したから堪らない。ソコデ以て中津の有志者即ち暗殺者は、金谷と云う処に集会を催して、今夜いよ/\鵜ノ島に押掛けて福澤を殺すことに議決した、その理由は、福澤が近来奥平の若殿様を誘引して亜米利加に遣ろうなんと云う大反れた計画をして居るのは怪しからぬ、不臣な奴だと云う罪状であるから、満座同音、国賊の誅罰に異論はない。

新字:ソレから家の始末も大抵出来て、いよ/\中津の廻米船に乗て神戸まで行き、神戸から東京までの間は外国の郵船に乗る積りで、サア乗船と云う所が、中津の海は浅くて都合が悪い。中津の西一里ばかりの処に鵜ノ島と云う港があって、其処に船が掛って居ると云うから、私はそのとき大病後ではあるし、老人、子供の連れであるから、前日から鵜ノ島に行て一泊して翌朝ゆるりと乗船する趣向にして、その晩鵜ノ島の船宿のような家に泊りましたが、知らぬが仏とは申しながら、後に聞けばこの夜が私の万死一生、恐ろしい時であったと云うは、その船宿の若い主人が例の有志者の仲間であるとは恐ろしい、私の一行は老母と姪とその外に近親今泉の後室と小児(小児は秀太郎六歳)役に立ちそうな男は私一人、是れも病後のヒョロ/\と云うその人数を留めて置いて、宿の奴が中津の同志者に使を走らして、「今夜は上都合云々と内通したから堪らない。ソコデ以て中津の有志者即ち暗殺者は、金谷と云う処に集会を催して、今夜いよ/\鵜ノ島に押掛けて福沢を殺すことに議決した、その理由は、福沢が近来奥平の若殿様を誘引して亜米利加に遣ろうなんと云う大反れた計画をして居るのは怪しからぬ、不臣な奴だと云う罪状であるから、満座同音、国賊の誅罰に異論はない。

書き下し

ソレから家の始末も大抵出来て、いよ/\中津の廻米船に乗て神戸まで行き、神戸から東京までの間は外国の郵船に乗る積りで、サア乗船と云う所が、中津の海は浅くて都合が悪い。中津の西一里ばかりの処に鵜ノ島と云う港があって、其処に船が掛って居ると云うから、私はそのとき大病後ではあるし、老人、子供の連れであるから、前日から鵜ノ島に行て一泊して翌朝ゆるりと乗船する趣向にして、その晩鵜ノ島の船宿のような家に泊りましたが、知らぬが仏とは申しながら、後に聞けばこの夜が私の万死一生、恐ろしい時であったと云うは、その船宿の若い主人が例の有志者の仲間であるとは恐ろしい、私の一行は老母と姪とその外に近親今泉の後室と小児(小児は秀太郎六歳)役に立ちそうな男は私一人、是れも病後のヒョロ/\と云うその人数を留めて置いて、宿の奴が中津の同志者に使を走らして、「今夜は上都合云々と内通したから堪らない。ソコデ以て中津の有志者即ち暗殺者は、金谷と云う処に集会を催して、今夜いよ/\鵜ノ島に押掛けて福澤を殺すことに議決した、その理由は、福澤が近来奥平の若殿様を誘引して亜米利加に遣ろうなんと云う大反れた計画をして居るのは怪しからぬ、不臣な奴だと云う罪状であるから、満座同音、国賊の誅罰に異論はない。

現代語訳

それから家の始末も大抵できて、いよいよ中津の廻米船に乗って神戸まで行き、神戸から東京までは外国の郵船に乗るつもりで、さあ乗船というところですが、中津の海は浅くて都合が悪い。中津の西一里ほどのところに鵜ノ島という港があって、そこに船がかかっているというので、私はそのとき大病後でもあり、老人や子供の連れでもあるので、前日から鵜ノ島に行って一泊し、翌朝ゆっくり乗船する趣向にして、その晩、鵜ノ島の船宿のような家に泊まりましたが、知らぬが仏とは申しながら、後に聞けば、この夜こそ私にとって万死に一生の恐ろしい時だったというのは、その船宿の若い主人が例の有志者の仲間であるとは恐ろしいことです。私の一行は老母と姪、その他に近親の今泉の後室と小児(小児は秀太郎、六歳)で、役に立ちそうな男は私一人、それも病後のひょろひょろ、という人数を留めておいて、宿の者が中津の同志者に使いを走らせて、今夜は上々の都合云々と内通したのですから、たまりません。 そこで中津の有志者、つまり暗殺者は、金谷というところで集会を開いて、今夜いよいよ鵜ノ島に押しかけて福沢を殺すことに議決しました。その理由は、福沢が近ごろ、奥平の若殿様を誘って、アメリカに行かせようなどという大それた計画をしているのは怪しからぬ、不臣な奴だという罪状で、満座同音に、国賊の誅罰に異論はありませんでした。

解説

明治三年の帰京の途中、鵜ノ島の船宿で泊まった夜が、実は命の危機だったと福沢は後に聞きます。若い主人が尊攘派の仲間で、中津の同志に内通していました。理由は、旧藩の若殿を米国に遊学させようと誘っているのは不臣だ、という言いがかりです。当時の福沢には、藩主の子弟の海外留学を勧める役目もありました。知らぬ間に危険の中にいた事実と、それを回避した偶然が、続く一節で語られます。

この章句が説くこと

鵜ノ島船宿内通同志者奥平の若殿万死一生

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