福翁自伝 / 欧羅巴各国に行く・露政府の厚遇
国交際の談判は右の通りに水臭い次第であるが、使節に対する私の待遇は爾うでない。ペートルスボルグ滞在中は日本使節一行の為めに特に官舎を貸渡して、接待委員と云う者が四、五人あってその官舎に詰切りで、いろ/\饗応するその饗応の仕方と云うは頗る手厚く、何に一つ遺憾はないと云う有様。ソレで御用がない時は名所旧跡を始め諸所の工場と云うような所に案内して見せて呉れる。その中に段々接待委員の人々と懇意になって種々様々な話もしたが、その節露西亜に日本人が一人居ると云う噂を聞たその噂は、どうも間違ない事実であろうと思われる。名はヤマトフと唱えて、日本人に違いないと云う。勿論その噂は接待委員から聞たのではない。その外の人から洩れたのであるが、先ず公然の秘密と云う位な事で、チャント分て居た。そのヤマトフに遇て見たいと思うけれどもなか/\遇われない。到頭逗留中出て来ない。出て来ないがその接待中の模様に至ては動もすると日本風の事がある。例えば室内に刀掛があり、寝床には日本流の木の枕があり、湯殿には糟を入れた糟袋があり、食物も勉めて日本調理の風にして箸茶椀なども日本の物に似て居る。どうしても露西亜人の思付く物でない。シテ見ると噂の通り何処にか日本人の居るのは間違いない、明に分て居るけれども、到頭分らずに帰て仕舞いました。私の西航日記にこの事を記して、その傍に詩のようなものが一寸と書てある。 起来就食々終眠、飽食安眠過一年、 他日若遇相識問、欧天不異故郷天 今日になって一々記憶もないが、余程日本流の事が多かったと思われます。
書き下し
国交際の談判は右の通りに水臭い次第であるが、使節に対する私の待遇は爾うでない。ペートルスボルグ滞在中は日本使節一行の為めに特に官舎を貸渡して、接待委員と云う者が四、五人あってその官舎に詰切りで、いろ/\饗応するその饗応の仕方と云うは頗る手厚く、何に一つ遺憾はないと云う有様。ソレで御用がない時は名所旧跡を始め諸所の工場と云うような所に案内して見せて呉れる。その中に段々接待委員の人々と懇意になって種々様々な話もしたが、その節露西亜に日本人が一人居ると云う噂を聞たその噂は、どうも間違ない事実であろうと思われる。名はヤマトフと唱えて、日本人に違いないと云う。勿論その噂は接待委員から聞たのではない。その外の人から洩れたのであるが、先ず公然の秘密と云う位な事で、チャント分て居た。そのヤマトフに遇て見たいと思うけれどもなか/\遇われない。到頭逗留中出て来ない。出て来ないがその接待中の模様に至ては動もすると日本風の事がある。例えば室内に刀掛があり、寝床には日本流の木の枕があり、湯殿には糟を入れた糟袋があり、食物も勉めて日本調理の風にして箸茶椀なども日本の物に似て居る。どうしても露西亜人の思付く物でない。シテ見ると噂の通り何処にか日本人の居るのは間違いない、明に分て居るけれども、到頭分らずに帰て仕舞いました。私の西航日記にこの事を記して、その傍に詩のようなものが一寸と書てある。 起来就食々終眠、飽食安眠過一年、 他日若遇相識問、欧天不異故郷天 今日になって一々記憶もないが、余程日本流の事が多かったと思われます。
現代語訳
国際交渉の談判は右のとおり水くさいものでしたが、使節に対する待遇はそうではありませんでした。ペテルブルク滞在中は日本使節一行のために特別に官舎を貸し、接待委員という者が四、五人いてその官舎に詰めきりで、いろいろともてなしてくれる。そのもてなしぶりは実に手厚く、何一つ不足はないというありさまです。用事がないときは名所旧跡をはじめ、あちこちの工場のような所に案内して見せてくれました。そのうちに接待委員の人々と懇意になって、いろいろな話もしましたが、そのころロシアに日本人が一人いるという噂を聞きました。その噂は、どうも間違いない事実だろうと思われます。名はヤマトフといい、日本人に違いないという。もちろんその噂は接待委員から聞いたのではなく、ほかの人から漏れたのですが、公然の秘密というくらいで、はっきり知られていました。そのヤマトフに会ってみたいと思ったけれども、なかなか会えません。とうとう滞在中は出てきませんでした。出てこないが、その接待の様子には、ともすれば日本風のことがある。たとえば部屋には刀掛けがあり、寝床には日本流の木の枕があり、風呂場には糠を入れた糠袋があり、食べ物もなるべく日本料理の風にして、箸や茶碗なども日本のものに似ている。どうしてもロシア人の思いつくものではありません。してみると噂のとおり、どこかに日本人がいるのは間違いなく、はっきり察しはつくのですが、とうとうわからずに帰ってしまいました。私の『西航日記』にこのことを記して、そのそばに詩のようなものが少し書いてあります。 起きては食べ、食べ終えては眠り、満腹して安眠するうちに一年が過ぎた。いつか知人に会って尋ねられたら、ヨーロッパの空も故郷の空と変わらないと答えよう。 今日となっては一つひとつ記憶もありませんが、かなり日本流のことが多かったと思われます。
解説
この章句が説くこと
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