福翁自伝 / 始めて亜米利加に渡る・ワシントンの子孫如何と問う
所で私が不図胸に浮かんで或人に聞て見たのは外でない、今華盛頓の子孫は如何なって居るかと尋ねた所が、その人の云うに、華盛頓の子孫には女がある筈だ、今如何して居るか知らないが、何でも誰かの内室になって居る容子だと如何にも冷淡な答で、何とも思て居らぬ。是れは不思議だ。勿論私も亜米利加は共和国、大統領は四年交代と云うことは百も承知のことながら、華盛頓の子孫と云えば大変な者に違いないと思うたのは、此方の脳中には源頼朝、徳川家康と云うような考があって、ソレから割出して聞た所が、今の通りの答に驚いて、是れは不思議と思うたことは今でも能く覚えて居る。理学上の事に就ては少しも胆を潰すと云うことはなかったが、一方の社会上の事に就ては全く方角が付かなかった。或時にメールアイランドの海軍港に居る甲比丹のマツキヅガルと云う人が、日本の貨幣を見たいと云うので、艦長は予てそんな事の為めに用意したものと見え、新古金銀が数々あるから、慶長小判を始めとして万延年中迄の貨幣を揃えて甲比丹の処へ送て遣た。所が珍らしい/\と計りで、宝を貰たと云う考は一寸とも顔色に見えない。昨日は誠に有難うと云てその翌朝お内儀さんが花を持て来て呉れた。私はその取次をして独り窃に感服した。人間と云うものはアヽありたい、如何にも心の置き所が高尚だ、金や銀を貰たからと云てキョト/\悦ぶと云うのは卑劣な話だ、アヽありたいものだ、大きに感心したことがある。
書き下し
所で私が不図胸に浮かんで或人に聞て見たのは外でない、今華盛頓の子孫は如何なって居るかと尋ねた所が、その人の云うに、華盛頓の子孫には女がある筈だ、今如何して居るか知らないが、何でも誰かの内室になって居る容子だと如何にも冷淡な答で、何とも思て居らぬ。是れは不思議だ。勿論私も亜米利加は共和国、大統領は四年交代と云うことは百も承知のことながら、華盛頓の子孫と云えば大変な者に違いないと思うたのは、此方の脳中には源頼朝、徳川家康と云うような考があって、ソレから割出して聞た所が、今の通りの答に驚いて、是れは不思議と思うたことは今でも能く覚えて居る。理学上の事に就ては少しも胆を潰すと云うことはなかったが、一方の社会上の事に就ては全く方角が付かなかった。或時にメールアイランドの海軍港に居る甲比丹のマツキヅガルと云う人が、日本の貨幣を見たいと云うので、艦長は予てそんな事の為めに用意したものと見え、新古金銀が数々あるから、慶長小判を始めとして万延年中迄の貨幣を揃えて甲比丹の処へ送て遣た。所が珍らしい/\と計りで、宝を貰たと云う考は一寸とも顔色に見えない。昨日は誠に有難うと云てその翌朝お内儀さんが花を持て来て呉れた。私はその取次をして独り窃に感服した。人間と云うものはアヽありたい、如何にも心の置き所が高尚だ、金や銀を貰たからと云てキョト/\悦ぶと云うのは卑劣な話だ、アヽありたいものだ、大きに感心したことがある。
現代語訳
さて、私がふと胸に浮かんである人に聞いてみたのは他でもありません。今ワシントンの子孫はどうなっているかと尋ねたところ、その人が言うには、ワシントンの子孫には女がいるはずだ、今どうしているかは知らないが、誰かの奥さんになっている様子だ、と、いかにも冷淡な答えで、何とも思っていない様子でした。これは不思議なことです。もちろん私も、アメリカは共和国で、大統領は四年交代だということは百も承知でしたが、ワシントンの子孫といえば大変な者に違いないと思ったのは、こちらの頭の中には源頼朝、徳川家康というような考えがあって、そこから割り出して尋ねたからです。今のような答えに驚き、これは不思議だと思ったことは、今でもよく覚えています。理学上のことについては少しも驚くことはありませんでしたが、一方の社会上のことについては、まったく見当がつきませんでした。 あるとき、メア・アイランドの海軍港にいるマッキンドゥーガルという艦長が、日本の貨幣を見たいというので、木村艦長は前からそんなことのために用意していたものと見え、新旧の金銀貨がいろいろありましたから、慶長小判をはじめ、万延年間までの貨幣をそろえて、その艦長のところへ送ってやりました。ところが、珍しい珍しいと言うばかりで、宝をもらったという考えは少しも顔色に見えません。昨日はまことにありがとうと言って、翌朝、奥さんが花を持ってきてくれました。私はその取り次ぎをして、一人ひそかに感服しました。人間というものはああありたい、いかにも心の置きどころが高尚だ、金や銀をもらったからといってきょろきょろ喜ぶのは卑しい話だ、ああありたいものだと、大いに感心したことがあります。
解説
この章句が説くこと
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