福翁自伝 / 始めて亜米利加に渡る・磊落書生も花嫁の如し
都てこんな事ばかりで、私は生れてから嫁入をしたことはないが、花嫁が勝手の分らぬ家に住込んで、見ず知らずの人に取巻かれてチヤフヤ云われて、笑う者もあれば雑談を云う者もあるその中で、お嫁さんばかり独り静にしてお行儀を繕い、人に笑われぬようにしようとして却てマゴツイて顔を赤くするその苦しさはこんなものであろうと、凡そ推察が出来ました。日本を出るまでは天下独歩、眼中人なし怖い者なしと威張て居た磊落書生も、始めて亜米利加に来て花嫁のように小さくなって仕舞たのは、自分でも可笑しかった。夫れから彼方の貴女紳士が打寄りダンシングとか云て踊りをして見せると云うのは毎度の事で、扨行て見た処が少しも分らず、妙な風をして男女が座敷中を飛廻るその様子は、どうにも斯うにも唯可笑くて堪らない、けれども笑ては悪いと思うから成るたけ我慢して笑わないようにして見て居たが、是れも初めの中は随分苦労であった。
書き下し
都てこんな事ばかりで、私は生れてから嫁入をしたことはないが、花嫁が勝手の分らぬ家に住込んで、見ず知らずの人に取巻かれてチヤフヤ云われて、笑う者もあれば雑談を云う者もあるその中で、お嫁さんばかり独り静にしてお行儀を繕い、人に笑われぬようにしようとして却てマゴツイて顔を赤くするその苦しさはこんなものであろうと、凡そ推察が出来ました。日本を出るまでは天下独歩、眼中人なし怖い者なしと威張て居た磊落書生も、始めて亜米利加に来て花嫁のように小さくなって仕舞たのは、自分でも可笑しかった。夫れから彼方の貴女紳士が打寄りダンシングとか云て踊りをして見せると云うのは毎度の事で、扨行て見た処が少しも分らず、妙な風をして男女が座敷中を飛廻るその様子は、どうにも斯うにも唯可笑くて堪らない、けれども笑ては悪いと思うから成るたけ我慢して笑わないようにして見て居たが、是れも初めの中は随分苦労であった。
現代語訳
すべてこんなことばかりで、私は生まれてから嫁入りをしたことはありませんが、花嫁が勝手の分からぬ家に住み込んで、見ず知らずの人に取り巻かれてちやほやされ、笑う者もあれば雑談を言う者もあるその中で、花嫁さんばかりが独り静かに行儀を整え、人に笑われまいとしてかえってまごついて顔を赤くする、その苦しさはこんなものであろうと、およそ推察ができました。日本を出るまでは天下独歩、眼中人なし、怖い者なしと威張っていた磊落な書生も、初めてアメリカに来て、花嫁のように小さくなってしまったのは、自分でもおかしいことでした。それから向こうの婦人や紳士が集まって、ダンスとかいって踊りをして見せるというのは、たびたびのことで、さて行って見たところが少しも分からず、妙な格好で男女が座敷じゅうを飛び回るその様子は、どうにもこうにも、ただおかしくてたまらない。けれども笑っては悪いと思うから、なるべく我慢して笑わないようにして見ていましたが、これも初めのうちはずいぶん苦労でした。
解説
この章句が説くこと
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