福翁自伝 / 緒方の塾風・弁天小僧
それから一度は斯う云う事があった。私と先輩の同窓生で久留米の松下元芳と云う医者と二人連で、御霊と云う宮地に行て夜見世の植木を冷かしてる中に、植木屋が、「旦那さん悪さをしてはいけまへんと云たのは、吾々の風体を見て万引をしたと云う意味だから、サア了簡しない。丸で弁天小僧見たように拈繰返した。「何でもこの野郎を打殺して仕舞え。理屈を云わずに打殺して仕舞えと私が怒鳴る。松下は慰めるような風をして、「マア殺さぬでも宜いじゃないか。「ヤア面倒だ、一打に打殺して仕舞うから止めなさんなと、夫れ是れする中に往来の人は黒山のように集まって大混雑になって来たから、此方は尚お面白がって威張て居ると、御霊の善哉屋の餅搗か何かして居る角力取が仲裁に這入て来て、「どうか宥して遣て下さいと云うから、「よし貴様が中に這入れば宥して遣る。併し明日の晩此処に見世を出すと打殺して仕舞うぞ。折角中に這入たから今夜は宥して遣るからと云て、翌晩行て見たら、正直な奴だ、植木屋の処だけ土場見世を休んで居た。今のように一寸も警察と云うものがなかったから乱暴は勝手次第、けれども存外に悪い事をしない、一寸この植木見世位の話で実のある悪事は決してしない。
書き下し
それから一度は斯う云う事があった。私と先輩の同窓生で久留米の松下元芳と云う医者と二人連で、御霊と云う宮地に行て夜見世の植木を冷かしてる中に、植木屋が、「旦那さん悪さをしてはいけまへんと云たのは、吾々の風体を見て万引をしたと云う意味だから、サア了簡しない。丸で弁天小僧見たように拈繰返した。「何でもこの野郎を打殺して仕舞え。理屈を云わずに打殺して仕舞えと私が怒鳴る。松下は慰めるような風をして、「マア殺さぬでも宜いじゃないか。「ヤア面倒だ、一打に打殺して仕舞うから止めなさんなと、夫れ是れする中に往来の人は黒山のように集まって大混雑になって来たから、此方は尚お面白がって威張て居ると、御霊の善哉屋の餅搗か何かして居る角力取が仲裁に這入て来て、「どうか宥して遣て下さいと云うから、「よし貴様が中に這入れば宥して遣る。併し明日の晩此処に見世を出すと打殺して仕舞うぞ。折角中に這入たから今夜は宥して遣るからと云て、翌晩行て見たら、正直な奴だ、植木屋の処だけ土場見世を休んで居た。今のように一寸も警察と云うものがなかったから乱暴は勝手次第、けれども存外に悪い事をしない、一寸この植木見世位の話で実のある悪事は決してしない。
現代語訳
それからまた一度は、こんなことがありました。私と、先輩の同窓生で久留米の松下元芳という医者と二人連れで、御霊という宮地に行き、夜見世の植木を冷やかしているうちに、植木屋が、「旦那さん、悪さをしてはいけまへん」と言ったのは、私たちの風体を見て万引きをしたという意味ですから、さあ承知しません。まるで弁天小僧のようにからみ返しました。「何でもこの野郎を打ち殺してしまえ。理屈を言わずに打ち殺してしまえ」と私が怒鳴ります。松下は慰めるような風をして、「まあ殺さぬでもいいじゃないか」。「やあ、面倒だ、一打ちに打ち殺してしまうから止めなさんな」と、あれこれするうちに、往来の人は黒山のように集まって大混雑になってきたので、こちらはなお面白がって威張っていると、御霊の善哉屋で餅搗きか何かをしていた相撲取りが仲裁に入って来て、「どうか許してやってください」と言うので、「よし、貴様が中に入れば許してやる。ただし明日の晩ここに店を出すと打ち殺してしまうぞ。せっかく中に入ったから今夜は許してやる」と言って、翌晩行ってみたら、正直な奴で、植木屋の所だけ土場見世を休んでいました。 今のように一寸も警察というものがなかったから、乱暴は勝手次第でした。けれども存外に悪いことはしない。ちょっとこの植木見世くらいの話で、実のある悪事は決してしません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
福翁自伝・緒方の塾風・料理茶屋の物を盗む前に云う通り御霊の植木見世で万引と疑われたが、疑われる筈だ、緒方の書生は本当に万引をして居たその万引と云うは、呉服店で反物なんど云う念の入た事ではない、料理茶屋で飲だ帰りに猪口だの小皿だの色々手ごろな品を窃と盗んで来るような万引である。同窓生互に夫れを手柄のようにして居るから、送別会などゝ云う大会のときには穫物も多い。中には昨夜の会で団扇の大きなのを背中に入れて帰る者もあれば、平たい大皿を懐中し吸物椀の蓋を袂にする者もある。又或る奴は、君達がそんな半端物を挙げて来るのはまだ拙ない。乃公の獲物を拝見し給えと云て、小皿を十人前揃えて手拭に包んで来たこともある。今思えば是れは茶屋でもトックに知て居ながら黙って通して、実はその盗品の勘定も払の内に這入て居るに相違ない、毎度の事でお極りの盗坊だから。
-
福翁自伝・緒方の塾風・チボと呼ばれる私が一度大に恐れたことは、是れも御霊の近処で上方に行われる砂持と云う祭礼のような事があって、町中の若い者が百人も二百人も灯籠を頭に掛けてヤイ/\云て行列をして町を通る。書生三、四人して之を見物して居る中に、私が如何いう気であったか、何れ酒の機嫌でしょう、杖か何かでその頭の灯籠を打落して遣た。スルトその連中の奴と見える。チボじゃ/\と怒鳴り出した。大阪でチボ(スリ)と云えば、理非を分たず打殺して川に投り込む習わしだから、私は本当に怖かった。何でも逃げるに若かずと覚悟をして、跣になって堂島の方に逃げた。その時私は脇差を一本挟して居たから、若し追付かるようになれば後向て進で斬るより外仕方がない。斬ては誠に不味い。仮初にも人に疵を付ける了簡はないから、唯一生懸命に駈けて、堂島五丁目の奥平の倉屋敷に飛込でホット呼吸をした事がある。
-
福翁自伝・緒方の塾風・喧嘩の真似それから時としては斯う云う事もあった。その乱暴さ加減は今人の思寄らぬことだ。警察がなかったから云わば何でも勝手次第である。元来大阪の町人は極めて臆病だ。江戸で喧嘩をすると野次馬が出て来て滅茶苦茶にして仕舞うが、大阪では野次馬は迚ても出て来ない。夏の事で夕方飯を喰てブラ/\出て行く。申合をして市中で大喧嘩の真似をする。お互に痛くないように大造な剣幕で大きな声で怒鳴て掴合い打合うだろう。爾うするとその辺の店はバタ/\片付けて戸を締めて仕舞うて寂りとなる。喧嘩と云た所が唯それだけの事で外に意味はない。その法は同類が二、三人ずつ分れて一番繁昌な賑やかな処で双方から出逢うような仕組にするから、賑やかな処と云えば先ず遊廓の近所、新町九軒の辺で常極りに遣て居たが、併し余り一箇所で遣て化の皮が顕れるとイカヌから、今夜は道頓堀で遣ろう、順慶町で遣ろうと云て遣たこともある。信州の沼田芸平などは余ほど喧嘩の上手であった。
-
福翁自伝・緒方の塾風・芝居見物の失策それに引換えて此方から取られたことがある。道頓堀の芝居に与力や同心のような役人が見廻りに行くと、スット桟敷に通て、芝居の者共が茶を持て来る菓子を持て来るなどして、大威張りで芝居をたゞ見る。兼てその様子を知て居るから、緒方の書生が、気味の悪い話サ、大小を挟して宗十郎頭巾を冠て、その役人の真似をして度々行て、首尾能く芝居見物して居た。所が度重なれば顕われるの諺に洩れず、或る日、本者が来た。サア此方は何とも云われないだろう、詐欺だから、役人を偽造したのだから。その時はこねくられたとも何とも、進退谷まり大騒ぎになって、夫れから玉造の与力に少し由縁を得て、ソレに泣付て内済を頼で、ヤット無事に収まった。そのとき酒を持て行たり肴を持て行たりして、何でも金にして三歩ばかり取られたと思う。この詐欺の一件は丹後宮津の高橋順益と云う男が頭取であったが、私は元来芝居を見ない上に、この事を不安心に思うて、「それは余り宜くなかろう、マサカの時は大変だからと云たが肯ない。「何に訳けはない、自から方便ありなんてヅウ/″\しく遣て居たが、とう/\捕まったのが可笑しい所か一時大心配をした。
-
福翁自伝・大阪修業・書生を懲らしめる(2)ソレカラ一月経ち二月、三月経って、此方もチャント塾の勝手を心得て、人の名も知れば顔も知ると云うことになって当り前に勉強して居る。一日その今の男を引捕まえた。引捕まえて面談、「お前は覚えて居るだろう、乃公が長崎から来て始めて入門したその日に何と云た、酒を飲みに行こうと云たじゃないか。その意味は新入生と云うものは多少金がある、之を誘出して酒を飲もうと斯う云う考だろう。言わずとも分て居る。彼の時に乃公が何と云た、乃公は酒は飲みたくて堪らないけれども金がないから飲むことは出来ないと刎付けて、その翌日は又此方から促した時に、お前は半句の言葉もなかったじゃないか。能く考えて見ろ。憚り乍ら諭吉だからその位に強く云たのだ。乃公はその時には自から決する処があった。お前が愚図々々云うなら即席に叩倒して先生の処に引摺て行て遣ろうと思ったその決心が顔色に顕れて怖かったのか何か知らぬが、お前はどうもせずに引込んで仕舞た。如何にしても済まない奴だ。斯う云う奴のあるのは塾の為めには獅子身中の虫と云うものだ。こんな奴が居て塾を卑劣にするのだ。以来新入生に遇て仮初にも左様な事を云うと、乃公は他人の事とは思わぬぞ。直ぐにお前を捕まえて、誰とも云わず先生の前に連れて行て、先生に裁判して貰うが宜しいか。心得て居ろと酷く懲しめて遣た事があった。
-
福翁自伝・暗殺の心配・疑心暗鬼互に走る(2)「コリャ困た、今から引返すと却て引身になって追駈けられて後から遣られる、寧そ大胆に此方から進むに若かず、進むからには臆病な風を見せると付上るから、衝当るように遣ろうと決心して、今まで私は往来の左の方を通て居たのを、斯う斜に道の真中へ出掛けると、彼方の奴も斜に出て来た。コリャ大変だと思たが、最う寸歩も後に引かれぬ。いよ/\となれば兼て少し居合の心得もあるから、如何して呉れようか、これは一ツ下から刎ねて遣りましょうと云う考で、一生懸命、イザと云えば真実に遣る所存で行くと、先方もノソ/\遣って来る。私は実に人を斬と云うことは大嫌い、見るのも嫌いだ、けれども逃げれば斬られる、仕方がない、愈よ先方が抜掛れば背に腹は換えられぬ、此方も抜て先を取らねばならん、その頃は裁判もなければ警察もない、人を斬たからと云て咎められもせぬ、只その場を逃げさえすれば宜しいと覚悟して、段々行くと一歩々々近くなって、到頭すれ違いになった、所が先方の奴も抜かん、此方は勿論抜かん、所で擦違たから、それを拍子に私はドン/\逃げた。どの位足が早かったか覚えはない、五、六間先へ行て振返て見ると、その男もドン/\逃げて行く。如何も何とも云われぬ、実に怖かったが、双方逃げた跡で、先ずホッと呼吸をついて安心して可笑しかった。双方共に臆病者と臆病者との出逢い、拵えた芝居のようで、先方の奴の心中も推察が出来る。コンな可笑しい芝居はない。初めから此方は斬る気はない、唯逃げては不味い、屹と殺られると思たから進んだ所が、先方も中々心得て居る、内心怖わ/\表面颯々と出て来て、丁度抜きさえすれば切先の届く位すれ/\になった処で、身を飜して逃出したのは誠にエライ。こんな処で殺されるのは真実の犬死だから、此方も怖かったが、彼方もさぞ/\怖かったろうと思う。今その人は何処に居るやら、三十何年前若い男だから、まだ生きて居られる年だが、生きて居るなら逢うて見たい。その時の怖さ加減を互に話したら面白い事でしょう。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る