益軒家訓 / 士業勿怠
疎かにすべからず。人の財物を借りて返さざるは、至て不義なれば、我が子孫かならず是を誡むべし。此義を能々まもるべし。また財多くば人に施すべし。吝嗇なれば仁義の道行はれず、不仁不義になるなり。夫身に奉ずる事薄きを儉約として、人に施す事薄きを吝嗇とす。儉約は善にして、吝嗇は惡なり。これ天地懸隔ならずや。愚なる人は、必此二のものを辨へず、大樣同じ事のやうにおもへり。
新字:疎かにすべからず。人の財物を借りて返さざるは、至て不義なれば、我が子孫かならず是を誡むべし。此義を能々まもるべし。また財多くば人に施すべし。吝嗇なれば仁義の道行はれず、不仁不義になるなり。夫身に奉ずる事薄きを倹約として、人に施す事薄きを吝嗇とす。倹約は善にして、吝嗇は悪なり。これ天地懸隔ならずや。愚なる人は、必此二のものを弁へず、大様同じ事のやうにおもへり。
書き下し
疎かにすべからず。人の財物を借りて返さざるは、至て不義なれば、我が子孫かならず是を誡むべし。此義を能々まもるべし。また財多くば人に施すべし。吝嗇なれば仁義の道行はれず、不仁不義になるなり。夫身に奉ずる事薄きを倹約として、人に施す事薄きを吝嗇とす。倹約は善にして、吝嗇は悪なり。これ天地懸隔ならずや。愚なる人は、必此二のものを弁へず、大様同じ事のやうにおもへり。
現代語訳
おろそかにしてはなりません。人の財物を借りて返さないのは、このうえない不義なので、私の子孫は必ずこれを戒めなければなりません。この義をよくよく守るべきです。また財が多ければ人に施すべきです。けちであれば仁義の道が行われず、不仁・不義になります。そもそも、自分の暮らしにかけることを薄くするのを倹約といい、人に施すことを薄くするのを吝嗇といいます。倹約は善であり、吝嗇は悪です。これは天と地ほどの隔たりではありませんか。愚かな人は、きまってこの二つを区別せず、だいたい同じことのように思っています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四財を惜みて、人に施さざるは吝嗇といふ、しはきことなり。しはきは、仁義の道にそむきて悪事なり。愚なる人は、倹約と吝嗇との別を知らずして、倹約をも吝嗇なりとて、譏りわらふ。又、吝嗇にして、みづから倹約なりと思ひ誤る人あり。二ながら非なり。いにしへの聖賢、いづれも倹約ならざるはなし。是善徳なり。倹約なれば俗人そしる。俗人のそしりを顧みず、つとめ行ふべし。俗人の譏りを顧みおそれては、倹約は行はれず。されども、せはしく鄙細なるは倹約にあらず。人に対して寛恕なるべし。
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『家道訓』巻之五・用財中一倹約にして財をつひやさざるは尤良法なり。然れども、倹約を行ふに事よせて、財ををしみて礼義を欠き、仁愛をほどこさざるは鄙狭と云ふべし。倹約にあらず、是吝嗇なり、不徳なり。礼義をつとめて財を用ふべく、あたふべき時ならば、財ををしまずしていさぎよかるべし。又貧窮をすくふにおいては、財ををしむべからず。我が身には倹約にして、人に施すには財ををしまざるは、是善なり。我が身にはおごりつひやして礼義を欠き、人にほどこしめぐまざるは不徳なり。財ををしみては善を行ひがたしと、古人いへり、むべなるかな。又無益のことに財をつひやしてをしまざる人あり。愚なりと云ふべし。無益のことに財を用ふるは、淵に捨つるに同じ。是善を行ひ人を救ふ道をしらず、其の志なき故なり。
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『益軒家訓』士業勿怠一平生財用の節なく、侈り費す事多ければ、財不足する故に、貧窮を救はずして不仁に流る。廉恥の心も自ら薄く成て、義理を失ひ、親戚朋友の交簡略にして礼に背き、人の財物を借りても、償ふ事ならずして信を失ひ、軍用乏しくしては不忠となる。財を用ふる事宜にかなはざれば、財不足して悪しきこと如斯多し。常に身に奉ずる事倹約にして、財を用ひ過さず、奢を抑へ、費を省き、入る事を量りて出す事をなし、余財を存じて困窮を救ひ、不虞に備へ、軍用を助くべし。古人三年耕作して一年の食あり。其禄を四に分ちて、三を以て一を残す。是古財を制するの法なり。又変災なくば人の財を借らざれ。借らば強く倹約を行ひ、常に心にかけて早く返すべし。
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『家道訓』巻之六・用財下一衆人は、倹約の善なることを知らず。倹約なれば、吝嗇なりとてそしりわらふは、世俗のならひなり。愚なる人は、世俗のそしりを誠と心得て雷同す。世俗のそしり信ずべからず。世俗のそしりをおそれて、倹約を行はざるは力量なし。されども倹約の道を知らで、心鄙細にして、財を惜むこと過ぐれば、心せはしく、あたふべき物をあたへず、用ふべき財を用ひずして、仁愛をうしなひ礼義にそむくゆゑ、人の和を失ひて、人おもひつかず、何事を行ふもはかゆかず。
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『家道訓』巻之六・用財下一倹約は人の美徳なり。いにしへより、いみじき聖賢明王、皆倹約を行ひ給へり。よき人の倹約ならざるはなし。俗人は、皆倹約をきらひて鄙吝なりとす。倹約は、我が身に俸養する事をうすくして、おごらざるを云ふ。是善徳なり。吝嗇とは、をしむともやぶさかとも読む。財ををしみてあたふべき人にあたへず、用ふべき事にも用ひざるを云ふ。是は悪事なり。此わかちを知るべし。愚人と下部は、倹約を吝嗇と思へり。一君子はみだりに財を費さざる故、余財ありて人を救ひめぐみ、財を用ふべき事には惜まず、小人はおごりて、濫に財を費せども、人をすくひ恵むことには、財ををしみて施さず。故に奢りてみだりに財をつひやす者は、必ず財ををしみて人をすくひ恵まず。
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『慎思録』巻之一君子の其の財を棄てて、貧窮を救ふ者は、其の財を愛せざるに非ず。其の財を愛すること甚だしくして、之を徳義に用ひんと欲するなり。故に能く貧窮を賑恤する者は、其の平日財を用ふるを視るに、必ず倹約にして妄りに費やさざるの士なり。貧窮を救ふこと能はざる者は、必ず驕奢妄費の人なり。
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